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2006年4月20日 (木)

山田耕筰

現代芸術論の第2回「山田耕筰再考」

史実に「たら」「れば」を問うことの愚かさを承知の上で、やはりこの作曲家、日本における西洋音楽受容と啓蒙、そして創作の道を拓いた山田耕筰の年譜を見ていると、どうしても様々な「もしも・・・」を考えてしまう。

1912(明治45)年、ベルリン留学中に作曲した「序曲ニ長調」、そして同年引き続き書かれた交響曲「かちどきと平和」は、それぞれ日本人が最初に作曲した管弦楽曲、交響曲となった。ドイツ古典派、もしくは前期ロマン派をお手本に書かれたこれらの作品は、青春の大作にふさわしい輝きとみずみずしさを持っている。そして、これは誰もが言うことだろうが、翌年の交響詩「暗い扉」「曼陀羅の華」は、様相がすっかり違っている。この曲で思い浮かぶのはベートーヴェンやシューベルトではなく、リヒャルト・シュトラウスなど後期ロマン派のスタイルだ。彼は1年間の間に、まるで100年を駆け抜けたような様式上の変化を遂げた。そしてそれは、単に彼にとってのアイドルが入れ替わったというだけではない。この疾走を経て、彼は作曲家としての個性を獲得したのだった。

一時帰国のつもりが、第一次大戦勃発のためドイツに戻ることができなくなる。もしも、ドイツに戻ることができたら、ドイツで作曲活動を続けることができたら、彼はどんな作曲家になっていただろうか・・・。おそらく、第二の、あるいは第三の交響曲が生まれただろう。もっと大規模な交響詩が何曲も構想されただろう。北原白秋をはじめとする様々な詩人とのたくさんの歌曲は生まれなかったかも知れないが、国際的に活躍する最初の日本人作曲家になったことは、間違いないように思う。帰国後の山田耕筰が作曲した管弦楽曲の多くは国粋主義的標題を持つもので、現代では顧みられる余地がない。美しい歌曲を次々と作曲しながらも、彼は戦争に向かってエスカレートしていく政局に歩調を合わせ過ぎてしまった。無論ドイツに留まったとしても、ナチスの台頭にもっともっとファナティックに反応したかも知れない。それとも、彼のナチスに対する傾倒は、留学によって国の事情を熟知していたドイツへの恋心ゆえか。もしもドイツに留まり続けていたら、全体主義に対して彼はどのような態度を取っただろうか。

道の開拓者として、山田耕筰がああしたからこうなった・・・ということが、先駆者に責任をなすりつけるようだが、現代の音楽界にも多くある。日本歌曲というジャンル、グランドオペラを志向するオペラ界、そして、戦争中音楽家の元締めとして果たした彼の立場も、先駆者ゆえの毀誉褒貶にまみれている。たくさんの名作歌曲を、これらの文脈と完全に切り離しては考え難いところに、山田耕筰理解の複雑さがある。

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コメント

ひばりちゃん、すごかったです!
序曲も交響曲も、さわやかで好印象です(笑

この間の授業で、山田耕筰のイメージがガラッと変わりました!!『かちどきと平和』を聴いた時、スメタナの『モルダウ』に似てるところがあるなぁと思いました。私は『序曲二長調』が好きでしたが、まだ彼の個性は薄いかなぁと感じます。(偉そう^^;)普段日本人の作曲家のことって、あまり調べたりしないので、すごく新鮮です☆冗談抜きで。(←なんの引用かわかります?/笑)

滝廉太郎のところで書こうと思っていたコメントですが、「荒城の月」の山田耕筰による改変は〈花の宴〉のところの有名な音の変更以上に、アンダンテをレントにしたうえで曲の音価をすべて倍にしたことのほうが曲の雰囲気を大きく変えてしまっている(私としては、むしろ「曲を損ねた」と言いたい)とかねがね思っていました。この「君が代」にも通じる荘重な曲想は、「西洋臭をぬけきらぬ点があまりにも際立って見える」という山田の言葉とともに、彼の国粋主義者としての態度が垣間見えるような気がします。

tomoちゃん、し~ちゃん、どーもです。
美空ひばりの歌う山田耕筰歌曲、久しぶりに聴きましたがやはりとんでもないものですね。音程の正確さ、歌詞表現の的確さ、そして、その歌い方はベルカントで無理やり日本語を歌うのではなく、邦楽の唄い方にも繋がる、日本語を歌うのに最も相応しい発声をしていると思います。
「序曲ニ長調」は、たしかに試作品という域を出ていません。けれど、曲想は本当にみずみずしいですね。若い彼の前には、洋々たる前途が開けている・・・そんな昂りを感じされる作品です。

ん?あーむ、一体何の引用だい?

りっきいさん、コメントありがとう!まったく同感です。
「荒城の月」の寂寥感は、山田版によって、栄華を偲び今は滅びたものへの忠誠心と一体化への渇望のために、思わずその場で切腹しちゃいたくなっちゃうような心情へと変質されていると思います。そしてまた、そんな荘重な曲想が好きで好きでたまらなくて、聴いているとぷるぷる震えてしまう・・・といった種族の人が、この国には常にいるのかしら。そうとでも考えない限り、ある種の人たちの「君が代」への異常な執着は説明できないような気がするのです。
私は正直言って、山田耕筰よりも次週この授業で取り上げる予定の橋本國彦の方がずっと素敵に感じます。(もしかしたら、りっきぃさんもそうかも知れませんね。)

やっぱりわかんないですよね~(笑)『キャッチャー・・・』の、ホールデン君の口癖です。

おや、そうだったかな?私は君に歴史を教えたスペンサー先生だが何か用かね?あーむ?

ははは・・・。やっぱりその「あーむ」だったんですね(笑)さすが先生♪すっごい読みやすい本ですね!私、外国の学生が主人公の話って、あんまり好きになれなかったんですけど、これはすーっと入ってきます。今半分くらいです。

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