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2006年5月18日 (木)

1936年~1938年の管弦楽曲

現代芸術論第5回

ナクソスレーベルから日本作曲家選輯なるシリーズが次々と発売されて、日本人作曲家の、特に戦前の作品に俄然光があたるようになった。定価1,000円のこのシリーズは、発売されるたびに大手CD店のクラシック部門売り上げ上位となり、日本人作曲家に多少とも興味がある人たち、それも結構若い人たちの間で話題を呼んでいるようだ。毎回、片山杜秀さんの詳細極まる解説がついていて大変有り難いのだが、そのためにブックレットはぶ厚くなり、活字は細かくなり、老眼が進みつつある眼を悩ます。

カンタータ「人間をかえせ」などで知られる作曲家大木正夫に、「日本狂詩曲」(1938)なる作品があることを知ったのは、ごく最近のことである。交響曲第5番「ヒロシマ」(1953)を収録したナクソスCDの余白に収められたかたちの「日本狂詩曲」は、異様ともいえるほどの活気を帯びて、同名の題を持つ伊福部昭のデビュー作(1935)と対照をなす。福島県の盆踊り唄と「木曾節」が素材となっているとのことだが、元唄から連想できるようなそんなのどかさはどこにもない。まるで狂乱のカーニバル、ということはつまり「狂詩曲」本来の意味を踏まえているというわけか。

深井史郎「パロディ的な四楽章」(1936)は、日本的な素材とはおよそ無縁で、その無縁ぶりが興味深い。そして各楽章には、パロディの元になったとされる作曲家の名前がつけられていて、作曲者はご丁寧にそれぞれの作曲家に宛てた手紙のような文体でプログラムノートさえ残している。しかし、聴き手がそれに振り回されるのは、どうも考えものであるようだ。第1楽章は「ファリャ」と記され、確かに「スペインの庭の夜」を思わせる響きはする。けれども、だからこれはファリャのパロディであると言い切ってみても、この曲に近づいたことにはならない。第4楽章「ルーセル」などは、初期稿では「バルトーク」だったのだ。作曲者は、謎解きをするようなふりをして、実はさらなる謎を積み上げてほくそ笑んでいるかのようだ。であるならば、こちらもその謎解きは斜に眺めて、音楽そのものを楽しませてもらうのが良かろう。
昭和11年。この曲が書かれたのは、若い人たちにとってはもちろんのこと、私にとってさえ時代劇のように古いむかしだ。だが、そんな時代に、これほどにもモダンで洒落た作品が書かれていたことに驚嘆してしまう。

驚嘆といえば、大澤壽人という、今ではほとんどその存在を忘れられている作曲家が、「ピアノ協奏曲第3番変イ長調」というタイトルの作品を戦前に書いていることを知ったときも、かなり驚いた。交響曲は、日本でも山田耕筰以来少しずつ書かれていたが、協奏曲、しかもピアノ協奏曲を昭和13年までに3曲も書いていたという作曲家は、他に思いつかないのだ。そして、当時の日本人作曲家の作品には標題音楽的な題名が多い中、この堂々たるネーミングである。オーケストラ・ニッポニカと野平一郎さんによる「おそらく初演以来65年ぶりの蘇演」の録音を聴いて、またぶっ飛んだ。3楽章から成り演奏時間は約25分、曲の構成、独奏とオーケストラとの関係、オーケストレーション、そして曲想から湧きあがるファンタジーなど、どれを取っても見事なコンチェルトで、こんな怪物のような作品を生んだ作曲家の存在が長い間忘れられていたことに、時が過ぎゆくことの酷薄さを思い知らされるのだ(大澤壽人を、昭和のファンタジスタと呼ぼうか)。どこかジャズ的な雰囲気が漂うこともありながら、やはり全体を振り返れば剛速球の直球勝負。さらに、この作品には、「糠味噌臭い」ようなところが微塵もない。作曲者の名前を伏せて聴けば、誰も日本人作曲家の作品だとは思わないだろう。近代フランスあたりの作曲家かしらと思うだろうか。あるいは、プロコフィエフにもう1曲ピアノ協奏曲があったのかと思われるだろうか。

これらの3曲からは、上気して火照っているかのような熱気、熱風が共通して感じられる。それは単なる偶然だろうか。「皇道派青年将校が挙兵、閣僚らを殺害(すなわち2.26事件)」「蘆溝橋で日中軍が衝突」「日本軍が南京で大虐殺事件を起こす」「国境紛争が起こり、日ソ軍衝突」・・・1936年~1938年の年表を見ていると、こんなきな臭い事項が列挙されているのがわかる。音楽作品から感じる熱気と歴史的事件とを安易に結びつけることは慎まなければならない。だが、音楽の沸騰ぶりと政情の急傾斜ぶりが完全に無関係であるのかどうかもまた、わからない。

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コメント

お久しぶりです、こんばんは!相変わらず狂った生活リズムで生きていたため、しばらくパソコンを開く気力も無くなっていました(笑)
結構前ですけど、この前はCDを貸していただきありがとうございました♪授業で聴いた時は日本狂詩曲に惚れたんですが、聴き直したらピアノ協奏曲の方が好きになりました。特に第三楽章。あのジャズっぽい響きとか、テーマが半音ずつ上に向かっているところとか・・・しびれます☆びりびり。

ぐーちゃん、どうもです。狂ったリズムで生きているわりには、学校では涼しい顔してるよね、偉いね。でも、それとパソコン開くのとどう関係あるの?(笑)
この2枚を借りていったのは、いかにもぐーちゃんらしいです。どちらも大きく分けると、おもちゃ箱ひっくり返し系の音楽かも知れないね。

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