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2006年6月28日 (水)

悲しい夜

彼は、ムーミンと呼ばれていた。雰囲気や性格が、トーベ・ヤンソン作のキャラクターに似ていたわけではない。ちょっと珍しいその名前から、自然についた呼び名だった。彼は、私が勤める大学の卒業生だ。

ムーミンことムミくんが亡くなったという知らせを聞いて仰天した。事故でも事件でもなく病気らしいのだが、体調を崩しているという話さえ聞いていなかった。寝耳に水の知らせだった。

通夜に参列し、遺影を見て、僧侶の読経を聞きながらも、一体今目の前で起きていることが何なのか、わからなかった。おそらく、参列した大半の人が同じ思いだっただろう。はじめは、「悲しい」というより、「苦い」顔をした人々ばかりだった。

後で聞いたところによると、血液系統の病気をかかえていたために、ここ数年は入退院を繰り返し、しばらく仕事も休んでいたのだが、もうまもなく復帰という予定だった、前日まで普通に生活をしていたが、頭が痛むとかで病院へ行き、そのまま昏倒し帰らぬ人となった。あっという間のできごとだったという。

彼は、仙台市内で小学校の先生をしていた。享年29歳。

たくさんの同級生や、近い学年の卒業生たちが来ていた。卒業以来初めて会う顔も多い。本当なら、やぁ~元気かい!と、大声で再会を祝いたいところだが、誰もそんなことはできない。目を合わせ、お互いに深々と頭を下げる。

訃報を聞いて、すぐに「あねっこ」のことが頭に浮かんだ。彼とあねっこは、学生時代からのカップルで、事実上の許婚者と言ってもよい。卒業後も、音楽会などに仲良く二人で来ていた。
あねっこが親族席に座っているのを見て、変な話だが「良かった」と思った。あれだけ長い付き合いなのに、一般参列者と同じ席では、あまりにも哀れすぎる。だが、式が終わり、私や私の同僚の顔を見た途端に、それまで堪えていたものが切れた。私たちにはかける言葉が見つからなかった。

モトイシノさんは、先月お父様を亡くしたのだそうだ。その時に、同級生としてみんなに連絡を回してくれたのが、彼だったのだという。

自分に病があることを引き受けて、あと10年は生きられないかも知れない・・・と言っていたという話もある。だが、いくらなんでも29歳は早すぎる。自分より年若い人を送らなければならないのは、腰が砕けるような心地がする。

大学の教師をしていると、卒業生が活躍しているという噂を聞くのはとても嬉しい。反面、こういう事態に立ち至ると、何という因果な仕事なのだろうと思う。私の研究室の学生だったわけではないが、小さな専攻だから、誰もが密接に付き合ってきた。だから、私たち教師にとっては、すべての卒業生が宝物なのに・・・。

斎場の隅に電子ピアノが置いてあって、彼の愛用のものを運んできたのだという。何か弾いてやってください、とお父様がしきりにおっしゃるので、Kぐちさんが伴奏を弾いて、みんなで「翼をください」を歌った。歌い始めた途端に、胸がいっぱいになった。

少し照れ屋で、どちらかというと口数は多くなかったが、にこやかに冗談を言って、相手も笑わせ自分も笑っていた。そんな表情が思い出される。亡骸のお顔は、穏やかで、ほんのちょっとだけ眠っているだけという様子、今にも起きてきそうだった。

ただただご冥福をお祈りする。

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