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2006年8月15日 (火)

晩翠草堂

晩翠草堂(ばんすいそうどう)、仙台の歴史的建造物のひとつ。もう十年以上仙台に縁があるのに、そしていつも近くを通っているのに、恥ずかしながら詳しいことを知らなかったので、近くまで行ったついでに見学してみた(8月8日)。

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仙台駅から西に向かってまっすぐ伸びるメインストリート青葉通り沿って、「晩翠草堂前」というバス停のすぐ前、ホテルや会社のビル、マンションなどが立ち並ぶ仙台のビジネス街の一角。だが門の前に立つと、そこだけしーんと静まりかえっているような感じがある。

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土井晩翠は、明治4年生まれの詩人、英文学者。何といっても名高いのは「荒城の月」(瀧廉太郎作曲)の詩「春高楼の花の宴・・・」である。島崎藤村と並び称せられた詩人として、「天地有情」という詩集が代表作ということになるだろう。英文学者としては、大正15年にバイロン「チャイルド・ハロウドの巡礼」を全訳出版したほか、ホメーロスの二大英雄叙事詩、「イーリアス」を昭和15年に、「オヂュッセーア(オデュッセイアー)」を昭和18年に、ともに原語から訳出し出版している。
仙台に生まれ、東京帝国大学に学んだ。夏目漱石とも親交があり、初めて二人が会ったのは菖蒲田海水浴場(現在七ヶ浜町)だったという。また、二人は留学中のイギリスでも会っているとのこと。明治33年に旧制二高の教授に着任してからは仙台に住み、執筆、研究活動を続けた。日本芸術院会員に迎えられたほか、仙台市名誉市民に推され、昭和27年には文化勲章を受賞、文人としては充実した生涯を送ったが、妻や娘に先立たれるなど、家庭的には必ずしも幸福な晩年とは言えなかったようだ。

そして晩翠草堂とは、

「戦災で住居と蔵書を失った晩翠のために、教え子など市民有志が中心となり、昭和24年、旧居跡に建設。晩翠は昭和27年に満80歳で亡くなるまでの数年をここで過ごした。」

とのこと(晩翠草堂のパンフレットより)。入場無料で見学させてもらえる。散歩の途中などに立ち寄ってみるとよい。日本家屋の清々しさが心地よい。こういう造りの建物は、冷房がなくてもどことなく涼しさを感じさせる。
手入れの行き届いた庭も、決して華美な作りではないが、塀の向こう側はビジネスマンが行きかう忙しい街であることを一時忘れさせてくれる。

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コメント

友達のおじいちゃんが高校時代に
晩翠先生に習ったそうです。
で、友達のうちに晩翠先生の色紙があるみたいです。
こうやってみてみると、
最近の人だったんだなあって思いますよね。

なるほどねぇ~。やっぱり身近に教えを受けた人がいるんだね。そして、晩翠先生の色紙はお宝ですね。そうやって聞いてみると、あらためて仙台に縁の深い人だったんだなぁって思います。

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