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2006年8月25日 (金)

琉球カチャーシー~金井喜久子の音楽

金井喜久子(1906~86)という沖縄(宮古島)出身の作曲家について、今年生誕百年ということもあってか、再評価の動きがある。一般にあまり知られていない、日本の(特に物故)作曲家の作品に触れる機会が増えるのは、とても良いことだ。
「琉球カチャーシー~金井喜久子ピアノ曲全集」(ピアノ=高良仁美、キングインターナショナル)というCDを見つけたので、メモしておこう。

金井喜久子は、沖縄から出た最初の本格的なクラシック系の作曲家。女学校時代、学校の音楽室のピアノで沖縄民謡を弾いていると、教師から「そんな下品な沖縄民謡など弾いてはいけません」と注意された。この衝撃をきっかけとして湧き起こった「沖縄音楽の真価を世の中に知らしめたい」という心情は、彼女の音楽活動の原点となった。創作活動以外にも、1954年には「琉球の民謡」という本を著している。これは民謡を採譜した楽譜と研究論文からなるもので、毎日出版文化賞を受賞し、現在は復刻本が刊行されている。

少し前に、1939年に作曲された「交響曲第1番」の初演(1940)の録音を復刻したという珍しいCDが出たので聴いてみたが、習作の域を出ないもので、「日本の女性作曲家が作った最初の交響曲」という触れ込みには興味を惹かれるけれど、この作曲家の特徴を聴き取ることはできなかった。
「ピアノ曲全集」(CD1枚)に収められている曲は、十二音技法を試したという「アダージョとアレグロ」と、初期の交響曲第1番「未発表のフィナーレ(ピアノスケッチ)」以外はすべて民族色の濃いもので、タイトルも、バレエ音楽「龍神の祭り」序曲、「琉球カチャーシー」、「琉球譚詩曲」「琉球狂詩曲」といった具合。もうひとつ、「ブラジル・ラプソディ」という曲もある。

琉球色の強い作品は、いずれもピアノのヴィルトゥオージティに裏打ちされており、構成にはいささか取りとめのなさも感じられるけれど、独自の語法を拓こうとしていることはわかる。ひとつひとつの曲の作曲年代は違っているが、年代による作曲上のスタイルの大きな差異はなさそうだ。共通して意識されているのは、アルベニスやファリャあたりだろうか。惜しむらくは、これらのピアノ曲が一連のまとまった連作にはならなかったことだ。もし連作として、もっと違ったタイプの楽想も取り込みながらまとめられていたら、琉球版アルベニス「イベリア」もこの作曲家には可能だっただろう。

いずれにしても、今どき沖縄民謡を下品と言い捨てる音楽教師はいないだろうし、いささかのエキゾティシズムを伴ってではあるとしても、沖縄文化はごくあたりまえに受容されている。私たちは、さまざまな沖縄音楽に触れる機会を日常的に持っているし、先島諸島も含めて沖縄への観光も盛んだ。だが、それはほんの最近の傾向に過ぎない。1970年のLPレコード「母と子の沖縄のうた」で音楽監修をつとめた金井は、わらべうたの歌詞を、沖縄語のまま吹き込むべきか標準語に直すべきか迷った末、標準語に直している。「花のかざぐるま」などと歌われるその録音は、すでに「花ぬかじまや」という「原語」を聴き慣れている耳にはかえって違和感もあるが、「本土」の人たちに少しでも内容を伝え、愛唱してもらいたいという金井の願いの重さを記録したものと言えるだろう。
沖縄音楽普及の先駆者である金井喜久子の役割を、生誕百年を期に、あらためて記憶しておきたいと思う。

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