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2006年9月26日 (火)

「風神雷神図屏風」

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頭の栄養が足りなくなってきたなぁ・・・と感じたので、久しぶりに美術館をハシゴしてきた。

まずは、出光美術館で国宝「風神雷神図屏風」。

今回の展示のポイントは、江戸初期の俵屋宗達によるオリジナルと、江戸中期尾形光琳による模写、さらに幕末期酒井抱一による光琳屏風からの模写の3点が揃えられたということだ。この3作品が一堂に会するのは、実に66年ぶりとのこと。

俵屋宗達によるオリジナルは、光琳によって見い出され、敬意を持って模写された。さらに抱一は、俵屋宗達によるオリジナルを知らぬまま、信奉する光琳の屏風を模写したという。いずれにしても、絵師たちはそうやって模写することで、尊敬する先達の技法や図案を学んでいったのだ。

正直な感想を言えば、光琳も抱一も歴史に名が残る絵師であり、それぞれ厳密に模写しようとしているのだけれど、ほんの少し違うだけでも、全体はものすごく違うものになってしまうなぁということ。 比べてみることによって、かえって宗達のすばらしさが浮き立つ。

例えば左側の雷神(白)には、振り上げている右手の肘に、画面左上方から引っ張られているような力が感じられ、その反作用として画面右下方に向かって、左手と左足が勢いよく伸びている。つまり、画面の左上と右下との間に強い張力が感じられる。また、右側の風神(緑)の足は、画面右から左に向かって駆けながらも、空の上に浮かんでいる浮遊感がある。 しかし、こうしたことが2種類の模写からはほとんど伝わってこない。

宗達の雷神は、画面左上にはみ出しそうなくらい片寄っている。光琳の雷神は、微妙に位置が下で、それだけでも勢いがそがれているようだ。

光琳、抱一では、風神、雷神の目玉がお互いを見ているような位置になっているために、屏風の上だけで空間が閉じて完結してしまっているように見える。宗達では、視線の先がそれぞれ別の方向(つまり地上にか?)に向けられているために、風神と雷神のいる空の広さは果てしなく感じられる。

かように光琳、抱一の悪口ばかり言っているようだが、勉強のために模写されたものであり、それぞれ模写される作品への熱い敬意は伝わってくる。そして、これらを比べてみるのはとても面白い。おそらく作曲でも同じだと思うけれど、尊敬する曲を真似してみると、必ず模写しきれない部分があって、そのはみ出したものこそがオリジナリティなのだ。だから、作曲でも、恐れずに尊敬する曲を模写したまえ・・・と、このブログを読んでくれている学生くんたちについでに言っておこう。

出光美術館のページ→http://www.idemitsu.co.jp/museum/index.html

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コメント

は~いわかりました。でも、模写すること自体も結構難しいですよね。どうすればお手本に近づくのかっていう知識や、真似するテクニックも必要になりますよね。あ、でももしかしたら、模写できたという結果より、それまで考えたりいろいろ試してみる過程が大事なのかな。

そうですね。本物と見紛うような贋作の傑作を描く人は、ものすごいテクニシャンですね。ただ、勉強のためであれば、いろいろ考えて、考えすぎて何が何だかわからなくなっちゃう前に、とにかく模写してみなさい・・・っていうことはあるでしょうね。

見に行かれたんですか~。いいですね。東京だとなかなか簡単には見に行けないのが悲しいです。仙台ではやらないものが、たっくさんあるのに。

たしかに仙台から東京に行くのは交通費がかかりますが、土日キップとか使うとすごく安いし、日帰りだって結構いろいろなところへ行けますから、諦めずに計画を練ると良いと思いますよ。

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