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2006年10月 8日 (日)

作曲試演会

1008_1 10月8日の午後、仙台で作曲をしている若い人たちの新作試演会があった。仙台作曲界の大御所H先生の計らいとご尽力によって実現したもので、キャパシティ80名くらいの客席はほぼ満員になった。

7名の出品者のうち5人までが、私もお付き合いしたことのある(または今もお付き合いしている)人たちなので、半分は私の研究室発表会みたいになってしまって居心地は微妙だが、なかなか楽しかった。

しかし、私の居心地などはともかくとして、若い人のたちの作品を聴いていると、なんだかんだ言っても作曲するのは面白いことだと思えてくる。どの作品にも共通した美点として、彼らの作品からは、ある種の含羞のようなものが漂ってくるのを感じる。おそらくそれは、「瑞々しさ」と一体の関係にあるものなのだろう。そして、(大学での授業発表を聴いていても思うことだが)技術でカバーできない分だけ、作曲者の心根が顕わになるものだ。

無論、それぞれに今後の課題は残している。例えば、全体に感じるのはフォルムの問題。自分が書こうとしている曲は、一体どんな形式を取りたがっているのか、そして、全曲の中で例えばこの部分はどのくらいの長さが必要なのか、短すぎたり長すぎたりしないだろうか・・・といった時間構築のバランスを取っていくことは本当に難しくて、プロの作曲家だって破綻をきたすことは往々にしてある。さらに、均整が取れていることだけが良いわけではないということもある。けれども、フォルムに対する意識が薄いと、ぐずぐずと独り言を聞かされているような感じになりがちで、説得力が薄くなってしまう。

・・・などというようなことをエラそうに言うのは、教師根性に汚染されてきているためかも知れないが、彼らを批判する意図ではなくて、半分は自分に向けて言っているのである。

10082_1

書きかけているものを教室で見せてもらっているときと、公的な場所で演奏されるときとでは、微妙に印象が変わることがある。それは、当たり前のようなことだが、作品と演奏者と私たちの間に聴衆がいて、会場の空気を作ってもらっているためだ。プロフェッショナルによる大きなホールでの演奏会以上に、こういった会場での作品演奏会では、聴衆の息遣いがとりわけ大きな後押しをしてくれるのである。聴衆におもねる必要はないが、人に集まってもらう以上は、どんなに若い作曲者、演奏者であっても、聴衆とともに演奏会を作るのだという意識は常に持っておくべきだろう。

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