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2006年12月30日 (土)

ああ、空へと去ってしまった愛よ!(F. G. ロルカ)

Photo_4 「岸田今日子 一九八七・一月・・・・」とある。(写真はクリックで大きく表示)

1987年1月、青山円形劇場で行なわれたヴァイオリニスト清水高師さんのリサイタル。私はこのコンサートのために、スペインの詩人・劇作家フェデリコ・ガルシーア・ロルカが収集したスペイン民謡の数編を、ヴァイオリンとピアノのために編曲した。そして、岸田さんによるロルカの詩の朗読がこれに加わった。写真は、その時朗読された詩の原稿。岸田さんがご自分で訳し、読みやすいように清書されたもので、自筆のコピー。コンサートが終わった時に、記念にサインをしていただいたのである。

「大切なのはあなたの腕、夜じゅうあたしを抱いてくれる、あなたの腕だけが欲しいのよ。」(「ソロンゴ」)

エロスを求める激しく厳しい情熱。ロルカは、岸田さんの重要なレパートリーのひとつだった。

1980年3月1日放送、ステレオドラマ「星型の闇」、私がラジオドラマの音楽を作曲した最初の作品、そしてそれは、岸田さんの声に私の音楽をあてた最初の作品となった。しかし実際にお目にかかってお話するようになったのは、87年のこのリサイタルの時からだったと思う。

放送演出家の斎明寺以玖子さんが、私の音楽を引き立ててくださったこともあって、その後、岸田さんに関わるさまざまな音楽を書く機会を与えていただいた。ラジオドラマは、「星型の闇」の他に、長編の「悪童日記」や「額田王と壬申の乱」、朗読CDが「ポルトガル尼僧の手紙」、「向田邦子作品集」(全14枚)、「岸田今日子自作選」(全3枚)そして「風野又三郎」(全2枚)。舞台朗読劇「はぐらかされたわが幸せ」、軽井沢と東京での谷川俊太郎さんやアンサンブル・コンソナンツとの朗読と音楽の会。

どの仕事も忘れ難い。それは、岸田さんの朗読や台詞が圧倒的な存在感を持っているからだろう。この国で、この国の言葉で、朗読芸術というものが成立するとすれば、それは岸田さんから始まる・・・と、私は信じていたし、今もそれは変わらない。

もうひとつの繋がりがあった。

伝説となったピアノ調律師、故・原田力男さんが岸田さんとは古くからの知己で、私のことを盛んに喧伝していたらしい。原田さんからよくお話を聞きました・・・と、後で岸田さんは私におっしゃった。

原田さんの遺稿集を若い友人たちが苦労して作った。その披露パーティーにお招きしたら、いらしてくださって、スピーチをしてくださった。岸田さんのスピーチは、優雅でユーモアがあって、相手への親しみ、細やかな気遣いが溢れていて、とても素敵だった。

その席で、私の勤める大学でお話をしてくださいませんかと、当たって砕けるつもりで伺ってみた。当時私は、その講演会を企画する役目を命じられていたのだ。

この世の中には、夢物語のようなことが実現する時もある。岸田さんは、2003年11月、私たちの大学で講演と朗読をしてくださることになった。「正規の」ギャランティをお支払いできないという事情をお話しすると、その日は「休暇」ということにしますから・・・とおっしゃって、仙台まで来てくださったのである。

今は卒業して社会人になっているまゆさんは、当時は学生で、その日花束係を任されていた。12月20日、岸田さんの訃報が伝えられた晩に、彼女は自分のブログにその時のことを書いている。

「講演のあと岸田さんのもとに歩み寄って
おじぎをして
ありがとうございましたって言って
お花渡して
握手して
またおじぎをしました

岸田さんはとてもきれいでした
芸能人をあんな間近でみましたっていう
そういうオーラもあるけど

…美しかった

ただの花束係のあたしにも
「ありがとうございました」って
岸田さんから握手をして下さいました

優しくほほえんで
丁寧におじぎをしてくださいました
(>_<)

とても美しい人です 」

大学の事務官のイワモー君が、「こちらへどうぞとご案内しただけなのに、にっこりなさって『どうもありがとう』と言ってくださったんです」と、感激の面持ちで言っていたのを思い出す。芝居などの終演後に楽屋をお訪ねすると、あらぁ!来てくださったの!?と、満面の笑みで迎えてくださった。その笑顔は、本当に優しくて美しかった。その時の幸せな気分を経験しているから、彼らが感激の面持ちになるのも理解できる。

大女優なのに、偉ぶるようなところが微塵もない方だった。普通に一人で電車に乗って仕事へ出かけた。一度、地下鉄の駅で偶然バッタリお会いしたことがある。そういうところでこういう人とバッタリ出くわすと、かなりびっくりする。

若い役者が、共演の若い女優のわがまま加減に辟易して岸田さんに訴え、問うた。岸田さんは怒ったりすることはないんですか?岸田さんは、「えぇ、私、腹を立てたりすることないの」とふんわりとおっしゃったとか。その力の抜け具合に接して、若い役者の苛立ちも静まったことだろう。

10年ほど前のことだが、仙台で芝居の公演があった。観に伺いますとお約束していたのに、私は体調を崩して入院してしまった。芝居の制作者にお詫びの連絡をしたら、数日後、突然岸田今日子と名前の入った花束が届いた。小さな整形外科病院はびっくりしてザワザワするし、私はすっかり恐縮してしまった。後から聞いたら、岸田さんはお見舞いに行くと言ってくださったのを、制作が思い止まらせたのだそうだ。本人が現われたりしたら、病院はちょっとした騒ぎになってしまったに違いない。

初めに書いた朗読CDのうち「風野又三郎」は、実はまだ発売されていない。九月頃発売予定だったものが、諸般の事情で遅れていて、発売は来春になるらしい。見本はもうだいぶ前に届いたので、私が書いた(岸田さんのためのおそらく最後の)音楽も、きっと聴いていただけたことと思うのだが、どうなのだろう。それから、秋にお届けしたラ・フランスは、召し上がっていただけただろうか・・・。

「一九八七・一月・・・・」

サインに書いてくださった「・・・」は何だろう。これからお付き合いが始まりますね・・・という印だったのか。そういう意図であったかどうかわからないけれど、実際はそのようになった。

しかし、「・・・」の最後に「ニ〇〇六・十二月」と書き加える必要はない。岸田さんの声、そして笑顔を、これからもずっと忘れることはないのだから。

Photo_5 岸田さん、ありがとうございました。。。

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コメント

こんにちは。
私のところに毎月送られてくるThe CD Clubという冊子(それを見て通販でCDを注文できる)があります。今月号に斎明寺以玖子さんが書いた岸田今日子さんの追悼文が載っていました。その中に吉川先生のお名前や朗読CDが紹介されていましたので、ご存知かなと思い書かせていただきました。
岸田さんといえば私が幼少の頃「おはなししてよおかあさん」という岸田さんと娘さんの朗読(当時は)LPを擦り切れるくらいまで聞いた記憶があります。
何故か「殻を破れ」を3番まで完璧に歌えるようになってしまったウチの息子のために岸田さんのCDを何枚か注文しました(もちろん吉川和夫音楽も含む)。
「風の又三郎」の発売の際は是非ご一報ください。

>masaさん
わ!The CD Clubを受け取ってる人が、こんな近くにいるとは!
先日、斎明寺さんが送ってくださったので知っていました。「おはなししてよおかあさん」は、名曲「パンツのはきかた」も収録されているものですね。CDにもなっていますね。
ご子息のために(?)発注してくださって、ありがとうございます!私の音楽はともかく、岸田さんの朗読が素晴らしいので、少しでも多くの方々に聴いていただきたいです。

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