まっぷたつのなりゆき(19)
4人の作曲家による共同作曲について、メモしておこう。
共同作曲は、私たちの共通の友人、知人たちに、どの場面を誰が作曲したのか推理する楽しみ(?)を提供したようだった。作曲の分担については、無料配布されたシートにも、公演パンフレットにも書いてあるから、秘密ではないのだが。
楽士の常連であるYさんは、ほとんどわかったと言う。さすがというか、私たちの音楽を多く弾いてくれているYさんには簡単なクイズだったかも知れない。だが、そういうマニアックな遊びは大半のお客様にとっては無縁だし、重要なことではないだろう。
場面ごと違う作曲者に受け渡されていくことについて、その繋ぎ目には違和感を感じなかったという感想が多かったけれど、内情を知り、繰り返し何度も聴いてきた者としては、4人の違いがかえってわかって面白かった。もちろんそれは、違和感というのとは違うけれど。
共同作曲の結果については、「どの場面も音楽が豊かだった」という感想と、「それぞれが力をこめて作曲しているために、息を『抜ける』場面がなくて疲れた」という意見と、まっぷたつに分かれた感じがある。だが、一人で作曲すれば息が抜けるところができるかというと、必ずしもそうは思わない。「ヴォツェック」や「モーゼとアロン」に、どこか息の抜けるところがある?「息が抜けない」のは、必ずしも共同作曲に原因があるのではなく、むしろ作劇上の問題なのではないかな。
これに直接答えるものではないが、24日マチネ終演後に行なわれたファンクラブ向けトークの中での一節をメモしておこう。
「それぞれの場面の曲想や繋ぎ目について、4人の間で打ち合わせなどはしたのですか」という質問に答えて光先生曰く、
「たとえば、ぼくらの上に『親玉』がいて、『この場面はこういう曲想で』とか『ここはこんなテンポで』とか指示するやり方もあるだろうけど、この中には『親玉』がいないから(そういう打ち合わせはやっていない)。」
そう、『親玉』になってもらえそうな先生は、一番初めに書き上げて涼しい顔をしていたもんなぁ。
萩さんが言った。「でも、もしそんなふうに『親玉』が指示をしたら、みんな『職人』に徹しちゃって面白くなくなったと思う。」
おそらくそのとおりだろう。『職人』になって、それぞれ自分だけの仕事場に閉じこもることを、今回誰もしなかった。ある場面の前後や全体の中での位置は、作曲者が各々で考えながら計っていった。他の3人を意識し、いわばライバル心を燃えあがらせて作曲するなどということは、少なくとも私はなかった。私一人で作曲したとしても、同じ場面には同じ音楽を書いただろう。他の3氏の存在は、ライバルではなくむしろ血を分けた分身の兄弟として存在していた。
オネゲル、ミヨー、プーランクらによる「エッフェル塔の花嫁花婿」を除けば、林-萩によるこんにゃく座のシェイクスピア作品、間宮-コルテカンガスによる「木々のうた」など、共同作曲の前例はそれほど多くない。けれどもこの創作方法は、今回の進め方が最善であったかどうかは別にしても、さまざまな可能性を秘めていると、今さらながら思う。
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