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2007年3月24日 (土)

仙台フィル第218回定期

沼尻竜典指揮による、仙台フィル第218回定期演奏会を聴く。

ウェーベルン「パッサカリア」、武満徹「系図」、そしてショスタコーヴィッチの交響曲第10番という、20世紀音楽のみによるプログラム。

ウェーベルンの作品1「パッサカリア」の冒頭、3管編成オーケストラの管楽器が居並ぶ前、ヴァイオリンからチェロまでの弦全員が ppp という弱奏のピチカートで8小節のパッサカリア主題を提示する。スコアを見ているだけではそれほど特異にも感じないのだけれど、生演奏の場に立ち会うと、後年の十二音技法による作品を思わせる張り詰めた緊張感が視覚的にも実感できる。

パッサカリア主題を丁寧に追いながら、しかし細切れではなく、次第にスケールの大きなドラマが立ち上がってくる。パッセージが複雑にからみあっても、決して音が濁らない。厳しく潔癖な造り、抽象的で美しい構築。

武満徹「系図」(1992)は、変則3管編成の大オーケストラに加えられるアコーディオン、スチールドラム、ヴィブラフォン、チェレスタ、それに膜質を排し金属だけで構成した打楽器群が作品の音色を決定づけている。そして、それらの音色と独特のオーケストレーションでお化粧されているが、芯になっているのは通俗的とも言える旋律である。副題が「若い人たちのための音楽詩」とされていて、「郷愁(ノスタルジー)で調性(トナリティ)を択んだのではない」と作曲者は書いているけれども、私には、60~70年代を感傷的に振り返っているように思えてしまう。調性を使っているからではなく、この曲が表現するもの自体がそう思わせるのだ。そういう見方でいえば、この音楽はウェーベルンとはほとんど接点がない。

だが私は、批判してそう書くのではない。「人間社会の核になるべき家族」がまだ存在していた時代について語ろうとするからそうなるのか、あるいは私自身が武満さんを振りかえるとき、つい感傷的になってしまっているからか。

この作品では、音楽とともに、谷川俊太郎「はだか」の中の6編の詩が朗読される。「12歳から15歳位の少女」によって読まれる・・・と作曲者は記している。今夕のように、朗読者に少しばかり演劇経験がある20代タレントさんを起用するのは、おそらく人選も容易だろうし、受ける側もメリットがあるだろうが、作品本位で考えると結局一番難しいと思う。少女か、あるいは完全にプロフェッショナルな朗読者でないと、詩のリアリティが薄れてしまうからだ。少しばかりの経験が邪魔をして、思春期から覗く世界の見え方を作り物にしてしまう危険がある。この日の朗読者が良くなかったというわけではないのだが。

ショスタコーヴィッチの第10交響曲は、本当はどう読めば良いのか難しい作品だ。スターリンの死を受けて超スピードで書かれたとか、独裁の圧制をあらわしたらしいとか、第2楽章はスターリンの肖像だとか、第4楽章は作曲者の自画像だとか、わかるようでわからない情報がありすぎる。作曲者の名前から取られた d-es-c-h という音名象徴が盛んに使われるから自画像だと言われても、どんな自画像で、それが前の楽章とどう繋がるのか明確に説明できるのだろうか。ただ、演奏に53分を要するこの長大にして壮大な交響曲が、謎と魅力に満ちていることだけは確かだ。そして、ショスタコーヴィッチの他の交響曲と同じく、アレグロ楽章はデモーニッシュで恐ろしく、息が詰まりそうになる。

沼尻さんの指揮は、どの曲も緻密に整理されていて的確な解釈がされていたが、とりわけショスタコーヴィッチでは、音楽を渋滞させないテンポと曲想のコントロールで、緊張感とバランスを途切れることなく見事に維持させた。また、「系図」で共演した大田智美のアコーディオンがとても印象に残った。

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コメント

こんにちは。
私も金曜日行きました。仙フィルはもしかしたら「仙台の作曲家」以来かも・・・。沼尻さん非常によかったです。先生のご批評どおり「緻密に整理され・・・」という部分と、(いい意味で)「謙虚」な部分も感じられ好きでした。
武満の「系図」も結構演奏されているせいか、余裕を持って聴けた感じがしました。アコーデオンいいですねぇ。このアコーディオンに関して私は、「少年の頃シャンソンを聴いて音楽に目覚めた武満さんが、晩年またここに戻ってきたのか・・・」という感想を持っております。
私の生徒でちょっとした天才クン(将来は大作曲家か!?)がいるのですが、タダ券が手に入ったので聴きにいかせたところ、武満作品からは得たものが多かったようでした(ショスタコは寝ていたらしいが・・・)。これからの人たちは「系図」あたりが武満初体験になるのでしょうか。

masaさん、天才クンって誰のことかな?何となく想像はつきますけどね。
そう、「系図」は武満入門としても紹介されていますね。それはそれで結構なんだけれど、口当たりの良さそうな曲や映画音楽ばかりを紹介しても、必ずしも武満さんの音楽を体験することにはならないと思うんだけどねぇ。

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