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2007年3月 8日 (木)

「日本の作曲・21世紀へのあゆみ」

コンサート・シリーズ「日本の作曲・21世紀へのあゆみ」最終回に行く。東京・紀尾井ホール

このコンサート・シリーズは、1940年頃から2000年までの日本の作曲家による(管弦楽やオペラを除く)作品を回顧するもので、1998年にスタート。以来9年間、全40回のコンサートにおいて、119名の作曲家による220曲の作品が演奏されるという大プロジェクトになった。音楽評論家の秋山邦晴氏と寺西春雄氏の尽力により実現した企画だったが、お二人とも最終回に立ち会うことなく、すでに逝去されている。

昨年行なわれた第35回で私の作品も演奏され、昨年3月1日にこのブログにもメモしている。119名の中に入れていただいたのは嬉しいことだったけれど、アンソロジーとして扱われるのは、ちょっと妙な気分でもあった。

それはともかく、戦中・戦後の作曲家たちが何を考えてきたかについて、かつてない規模で振り返る企画だったわけである。題名だけは知っていても実際に聴いたことのないたくさんの作品が演奏されて、(特にひと昔前の)邦人作品に興味がある私としてはリストを見ているだけでわくわくしてくる。だが残念なことに、私はそのほとんど聴きに行くことができなかった。平日、それも週の真ん中に東京でコンサートを聴くのは、地方の大学で宮仕えをしている身分では至難の技なのだ。

幸い25回までのコンサートはCD化されているが、これまた残念なことに、26回以降の記録は資金難のためにCD化のメドが立っていないのだという。

最終回のプログラムは、武満徹「ガーデン・レイン」、間宮芳生「KIO」、柴田南雄「金管六重奏のためのエッセイ」、林光「苦行・・・1974」、池辺晋一郎「ストラータⅤ」。1960~90年代の名作ばかりで、間宮・林作品は初演を聴いた記憶があるし、武満作品は初録音のLPレコードを持っている。その頃のことをいろいろ思い出すと同時に、当時とは印象の違う作品もあって、何がそう感じさせるのか考えると面白い。

だが、私のようにわくわくする人はそれほどはいないとみえて、客席は最終回の今日ですら空席が目立つ。そもそも聴衆動員力が強いとは言えない音楽活動だが、30年前の客席はもう少し活気があった。

戦後の日本文学がかつてほど読まれなくなったように、戦後の音楽作品も、現代の聴衆との間に少しずつ距離が開いてきた。だが一方には、NAXOSの日本の作曲家シリーズCDが成功しているという現象がある。その距離は思ったほどではないという音楽も必ずあるし、プロモートの仕方にも一考の余地があるだろう。

残る作品と残らない作品という残酷な峻別は、当然なされていくだろう。だがそれにしても、ほとんどの作品が初演されてすぐに眠ってしまうような現状は、砂嵐の真ん中にオアシスを作ろうとし続ける営為のようにさえ思える。

作曲家個人の努力だけで何とかなることではないが、このコンサート・シリーズが終わった後、日本の作曲家の作品はどのように紹介されていくべきかについて真剣に考え実現する頭脳が出てこないと、今後日本の作曲家の作品は本当に顧みられなくなってしまうのではないか。

どうせ要らないようなことをやっているのだから、顧みられなくなったって当然じゃないかという見方もあるかも知れない。だが、いいのかそれで、この国の文化は本当にそれでいいのか?と、期せずして作家の特集をしている二つの雑誌を書店で手にとりながら思う。ひとつの雑誌は、わかりやすく感動できるということで評判の若い人気作家を特集、もうひとつの特集は吉行淳之介。若い人気作家に批判的であるつもりはないけれど、私はためらわず、吉行の方を持ってレジに向かう。

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