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2007年4月 8日 (日)

ピアノレスナーたちの嘆き

小中学生対象であるピアノ・コンクールの実行委員になっている。

前年度の本選が終わったので、先日反省会を兼ねた打ち上げがあった。集まったのは、子どもにピアノを教えている先生たち。

運営に関して、こちらでは想定できなかった申し立てが参加者の親からあり、トラブルにはならなかったけれど、そういった場合の対処についてなど話し合っているうちに、ピアノを習いに来る子どもの「保護者」たちに対するグチで盛り上がってしまう。

レッスンの約束日時をそちらの都合で変更したのに、それをまた変えてくれと、いとも簡単に言ってくる(たくさんの生徒を抱えている先生は、時間調整がひと苦労なのに)。

子どもがレッスンを受けている間じゅう、携帯をいじっている親。レッスン中に先生がペットボトルのお茶を飲んだとクレームをつけてくる親(レッスン中、子どもは飲めないのに先生だけ飲むのは不公平だと言いたいらしい)。

学校で行なわれる合唱コンクールの伴奏の座を自分の子どもに得させたいために、ライバルの子の家庭にいじわるの電話をする。ウチの子はもう弾けるようになりましたよ・・・とか言ってプレッシャーをかけるのだそうだ。

月謝というものは、できるだけきれいなお札を準備して月謝袋や封筒に入れて、ありがとうございましたと渡すのがモノを教わる側の礼儀であり良識である・・・と、少なくとも私たちは思っている。だが、ついぞ見たこともないほどクシャクシャのお札を出す、お釣をくださいと言う、財布から直に出して渡す・・・そんな親は多いのだという。

某先生、レッスンは1時間という約束だが、いつも1時間半くらい熱心にやっている。ある時どうしても用事があって、ごめんね今日は少し早く終わらせてねと50分くらいでやめたら、親は後ろを向いて、封筒から短縮時間分のお金を抜いたそうだ。1時間の約束を30分延長しても、もちろん超過分を払うはずはない。

この手の話は枚挙にいとまがないと思われるが、学校現場の先生たちから聞こえてくる話は、もっと深刻である。

勉強が少し遅れている子どもに、放課後に勉強を見てあげていると、授業時間の中で教えられないお前が悪い、帰らせろとねじこんでくる。何時間も引き止めているのならばともかく、たかだか15分程度のことなのだが。

授業参観では、授業中の教室なのに、親同士がグチャグチャしゃべってうるさい。これはもはや特別珍しい話ではないようだ。そういう場所でも、つまり授業中であるのと同じ合唱祭の演奏中に、携帯をカチャカチャやっている母親を私は目撃したことがある。

友だちをちょっといじめてしまうようなことがありましたと連絡すると、ひとこと目に、ウチの子は今までそんなことを言われたことはないと突き放して、話をまともに聞こうとしない。今までどうだったかではなくて、今日あったことを親に知らせておくべきだろうと判断して連絡しているのに。

学校を見下ろせるマンションから監視していて、何かというと電話をしてくる。子どもがうるさいとか、あの叱り方は何だ・・・とか。「地域とともに育て」ているつもりだろうか?給食費払わないという「保護者」が増えていることは、ニュースでも取り上げられているから広く知られてきた。

放課後の先生は忙しい。教材の準備をする、プリントの添削をする、クラスの便りを書く、職員会議もあるし、研究授業や行事の準備や打ち合わせはひっきりなしだ。学外での出張や研修も少なくない。通信表を書く時期には、とりわけナーバスになる。

そんな中で、埒もないクレームにも対応しなければならない。義務・責任と権利はセットになっているのに、権利だけを主張する「保護者」。相手が「保護者」ゆえに、先生たちは強いことを言えない。この時代、学校の教諭がいかにストレスフルな仕事であるか、容易に想像できる。

「教え子を戦場に送るな」という言い方がある。もちろん、これは戦争忌避のスローガンだ。だが、「将来の先生を育てる」大学に勤め、たくさんの学生や卒業生たちと接している一方でこういう話を聞くと、彼らをそんな現場に送り出して良いのかと、思わず首を傾げてしまう。未来を育てる仕事だよと、希望に満ちていそうな言葉をかけて送り出す先は、実は精神を消耗させる凄惨な戦場ではないのか。「先生に育て」てしまったために、彼らを不幸な人生に落としてはいないのか。

先般、某アンケートの結果で、「教育は悪い方向に行っている」と感じる人が多いと報じられていた。そして今、大きな流れは、学校現場が悪いことになっている。指導力のない教員の多いことが、現場が荒れる原因だと。

本当にそうなのか?「保護者」だって、ここに書いたような人ばかりではない。大半は常識人だ。同様に、大半の学校教諭は真面目に懸命に仕事をしている。

アンケート結果に異議を申し立てるつもりはないし、基本的には私も同感だが、悪い方向に向いている原因が何なのか、教育行政、学校現場、保護者そして教員養成機関がそれぞれの立場で振り返る必要がある。悪いのはそちらだ…と他人のせいにして、他人事のような教育論をぶちあげ、偉そうに珍妙な提案をするばかりでは、教育の再生など決してあり得ない。

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コメント

お久しぶりです。
先生の書かれた学校現場のこと、ホントその通りです、と思ってしまいました。
家庭と学校と地域と一体となって
子どものよりよい成長のために
みんなで協力して教育していきたい、という考えは間違っているのでしょうか。
子どもにとって今必要なことは何なのか
考えてしまうときがあります・・・。

おがちさん、しばらくでした。
学校現場には、言いたくても言えないこと、きっとたくさんあるでしょうね。

そう、おがちさんが書くように、「子どもにとって今必要なことは何なのか」、これが一番優先されるべきことですよね。そのためにすべきことが、道徳を教科に「格上げ」して評価したり、教員の給料を査定制にすることだとは、私には到底思えないのです。

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