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« マーラーの交響曲についてのごく些細なメモ | トップページ | 神奈川ダービー »

2007年5月 3日 (木)

季節の変わり目

何気なくしゃがんだ途端、腰に痛みが走った。

毎日研究室へ大量に押し寄せてくる不要な書類を資源回収に出すために、ヒモで括ろうとした瞬間だった。金曜日の朝のことだ。重い束を持ち上げたわけでもなく、力を入れたわけでもないのに、まったく情けない。ただ、実は数日前から腰に違和感があったのだ。やはり年度初めは、仕事、主に授業のサイクルに身体がついていかないらしい。

幸いひどく傷めたわけではなさそうなので、翌々日くらいからはほとんど平常通りにしている。しかし、まだ背中から腰にかけて筋肉が突っ張っていて不快感がある。そこで、仙台で時々お世話になる接骨院に行くことにした。曇り空だった。

出かけようとして車にエンジンをかけたら、雨が落ちてきた。ありゃ、降ってきたなと思う間もなく、大雨になった。傘を持たずに道を歩いている人が、びしょ濡れになっている。車で15分ほど走って接骨院に着いた時には、小降りになっていた。

「気温上がってきたねぇ・・・。あぁ、蒸すと思ったら湿度66パーセントもあるよ。」院長先生が、誰かと話しているのが聞こえる。私は、背中と腰に刺さった鍼に電気を通されているので、うつ伏せのまま顔を上げることもできない。昨日は寒くて石油ストーブを焚き続けていたのに、今日は仙台でも20℃を超える予報なのである。

1時間半ほどして接骨院を出た時には、空は晴れあがっていた。気温も湿度も、本当に上がってきたらしい。だが、車を中島丁の家に置き、駅に向かうバスに乗ったら、また降りだした。今日の天気は一体何がしたいのだろう。

駅で、食事をするために店に入ったら、向こうの方の席で本を読みながら注文した品を待っているのは、同じ大学の先生じゃないのか。だがこの人とは、まったく話をしたこともなければ挨拶さえしたこともないのだ。親しい相手ならば、おやおやこんなところで!と声をかけようものだが、何とも微妙である。意味もなく気恥ずかしく、こちらに気づいてくれなければいいと思ってしまう。大学の食堂だったら何とも思わないのに、おかしなことだ。

新幹線で、前から気になっていながら読んだことのない作家を読み始める。ちくま文庫の「石川淳短編小説選」。まずは「マルスの歌」。

従妹の帯子が「ねえさん、死んだんです」と泣き崩れた。何も見ていないけれど死んだに違いないと言う。ところが、本当に姉は死んでいた。自殺の真似をしているうちに、本当に死んでしまったらしい。悲嘆に暮れる姉の夫・三治の元に、「ザラ紙のような薄い赤色の紙切れ」が届けられる。「硝煙のにおいがするはるか遠方の原野へ狩り立てるところの運命的な紙切れ」だ。葬儀の翌日、三治と帯子が伊豆の長岡へ発った。その知らせを受け様子を見に出かけていく「わたし」を包囲するように聞こえてくる、軍神マルスを称える歌・・・。

昭和13年、この作品の掲載誌は発禁になったそうだ。くねくねと長く続く文章、どこまでが現実なのか、どこからが幻想なのか判然としない風景。新幹線では、時折睡魔に襲われて眠ったり、目を覚まして読んだり、また眠ったりしたものだから、ますますこの奇妙な世界が沁み込んだ。読み終えた時には、東京に着いていた。

東京駅のホームは、いつになく混雑している。連休の合間だから、子ども連れが多い。東京駅の駅員は、こう言ったはずだ。「23番線に停車中のやまびこ号は、すぐにはご乗車になれません。」

折り返し運転する車両はこれから車内清掃しますよと知らせる、聞き慣れた放送である。しかし私には、確かにこう聞こえたのだった。

「23番線に停車中のやまねこ号は、すぐにはご乗車になれません。」

大丈夫かしらん、自分。35ページほどなのに、この小説の破壊力はすごいな。

寄り道をするために山手線に乗ったら、冷房が入っていた。昨日セーターを着て震えていたのは外国だったのか?

用を足すために歩き回って疲れたし、無性に珈琲が飲みたくなったので、喫茶店に入ろうと思った。大げさな店でなくても、タリーズかドトールでいいのだが、その手の店は探そうとすると見つからないものだ。汗ばみながらさらに歩き回り、ようやく1軒の専門店を見つける。

蝶ネクタイをした中年男が慇懃にお辞儀をしたので、少し面倒な予感がしたのだが、やっぱりそうだったか。メニューを見ると、ブレンド珈琲1,050円である。昨日の夕食も今日の昼も外食をしたが、勘定は1,000円未満だった。ほっけ炭火焼き定食よりも珈琲が高いのは、怪しからんとまでは言わないが釈然としない思いは残る。美味しかったさ、そりゃ。

とりあえず静かな店だったので、13ページほどの「黄金伝説」を読む。

焼跡で、三つの探し物をする「わたし」。一つ目は、狂ってしまった時計を直す職人。二つ目は帽子を売っている店。愛用の帽子は焼いてしまい、手元には戦闘帽しか残ってないのだ。三つ目は、空襲で生き別れになってしまった隣家の未亡人。「わたし」は彼女に、ひそかに恋をしていたのだった。夫人の消息についての手がかりは一向につかめない。だが、恋の思いも薄れてきた頃、思わぬかたちでその人は現われた・・・。

江戸の戯作者から野坂昭如に至る戯作的な文体、安部公房に引き継がれる不条理なシチュエーション。そして、どうやら漢籍にも通じていたらしい。まだ2作を読んだだけだが、この人はとてつもない作家なのではないか。

横浜のバラック店の、コーヒーとたばこのけむりの中に、探し求めていた夫人は現われる。だが、現実の私の前には誰も現われるはずもなく、向こうのテーブルでは中年の男女が静かに珈琲を飲んでいるだけだ。彼らが如何なる関係なのか知ったことではない。私は1,050円払って店を出る。蝶ネクタイがまた慇懃にお辞儀をした。人形のようだった。

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コメント

すっかり日記が小説風で、
先生の生活もどこから夢なのか現なのか分かりませんでした。

たまねぎぼうやさんに賛成です…。先生毎日ファンタジーの世界で生きてるのかと思いました。妖怪とか、ご近所に住んでませんか?

>たまねぎぼうや&Kすけ
妖怪?なんかよーかい?・・・あ、ごめん・・・。

まぁね、わたしの生活や頭ん中は、こんなふうだよ。だいたいいつも。
ただね、ここに書いたことは全部実際にあったことだよ。実際に起こらなかったのは、東京驛の驛員がたぶん「やまねこ号」とは言わなかっただろうということくらいだな。

わああ、凄い・・・ (T o T)。
ご近所に妖怪がいるというよりく(←Kすけさんコメント)、先生ご自身が妖怪なのだと思えてきました。先生、人間界へようこそ。

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