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2007年5月22日 (火)

シェーンベルクとガーシュイン

現代芸術論第4回(5月15日分

シェーンベルクと・・・と言ったらウェーベルンかベルクか、つまり「新ウィーン楽派」と続くのが普通だが、ガーシュインと続けてみるのが、この授業のひねくれているところ。

シェーンベルク「ピエロ・リュネール(月に憑かれたピエロ)」は、20世紀最大の問題作であり傑作のひとつだが、しばらくぶりに引っ張り出してみて、あらためてその感を強くした。だが、今の若い人たちはこの曲をどう聴くのだろう。

感想を聞いてみると、意外に想像を裏切るものではなくて、あの歌い方、シュプレッヒシュティンメが醸し出す雰囲気に対する不安、不気味さといったものが真っ先に出てくる。それは、私などが学生の頃に初めて聴いてびっくりしたこととほぼ同じで、つまりシェーンベルクが1912年に取ったこの表現主義的な書法が、今なお有効に鮮度を保ち続けているということの証なのだろう。

では、十二音技法はどうか。これまた久しぶりに聴き直す「ピアノ組曲 作品25」も、やはり色褪せたとは思えない。和声的進行に依存する代わり、対位法的書法で変幻自在に操られたリズムは、古典組曲を模した確信犯的構成とあいまって、この曲を活気づかせている。この後、凡百の追従作品が現われては消えていった1世紀だったが、「元祖」は強いぞ。

今こそシェーンベルクを、20世紀後半の頭の痛くなるような「現代音楽」の始祖としてではなく、文芸キャバレーの出し物のように、もっと気楽に愉快に楽しむことはできないだろうか。カフカの作品が、仲間内では爆笑しながら読まれていたように。作品24「セレナード」の冒頭楽章など、相当にぶっ飛んでいて面白いと思うのだが。

シェーンベルクが、初めて完全な十二音技法で「ピアノ組曲 作品25」を書くべく苦闘していたのは1923~25年。ちょうど同じ頃、1924年、アメリカではガーシュインが「ラプソディ・イン・ブルー」のオリジナル(ポール・ホワイトマン・オーケストラ)版を作曲していた。ピアノの「3つの前奏曲」が1926年。

ほとんど同時期に、これほど違うことがウィーンとニューヨークで起こっていたというのが面白い。当時は、まだお互いのことを知る由もない。だがこの二人の仕事は、クラシック音楽の語法、領域を大きく広げることになった。シェーンベルクは音を組織化するための新しい方法によって。同時に、対位法を磨くことで生みだされる斬新なリズムによって。ガーシュインは、こちらもリズム、だがシェーンベルクとは出自のまったく違うリズムが音楽を推進させる、その音楽的スタイルによって。同時代の音楽語法の変革者は、彼らのほかには、古代旋法を持ち込んだドビュッシーと、民衆音楽を解体、再構成したストラヴィンスキー、バルトークの名前を挙げておけば良いだろう。

本来ならば出会うはずのなかった二人の作曲家が、実際に出会うという奇跡が起こる。いや、奇跡というよりアクシデントと言うべきかも知れない。少なくともシェーンベルクにとって、二人が出会うことになった経緯は不本意なことだったのだから。

ナチスに追われた亡命ユダヤ人シェーンベルクは、カリフォルニアでガーシュインと出会う。対するロシア系ユダヤ人の移民の息子は、その頃ハリウッドの仕事をしていたのだった。

二人がテニス友だちだったことは、割合よく知られている。テニスの腕前はガーシュインの方が上手だったようだが、24歳若い分だけ当然かも知れない。だが、彼らの交友はテニスだけにとどまるものではなかった。シェーンベルクはガーシュインの音楽を認め、ガーシュインはシェーンベルクの音楽を一生懸命勉強していたという。

交友は長くは続かなかった。ガーシュインの早世によって断ち切られてしまったからだ。短い生涯の中では到底活かしきることのできなかった優れた才能について、シェーンベルクは哀惜に満ちた小論を発表している。

「多くの音楽家はジョージ・ガーシュインを芸術作曲家と見なさなかった。しかしわれわれは、彼が、芸術か否かにかかわらず作曲家つまり音楽の人間であり、芸術か否かにかかわらずあるいは深遠か浅薄かにかかわらず、音楽を通してすべてを表現したということ、そしてそれは音楽が彼の母国語だったからだということを理解しなくてはならない。(中略)・・・私は、彼が芸術家であり作曲家であることを知っている。彼は音楽の観念を表現した。そしてその観念は、表現した方法と同様、斬新であった。」(「もうひとつのラプソディ~ガーシュインの光と影」ジョーン・ペイザー著、小藤隆志訳、青土社)

シェーンベルクとガーシュインを並べて語るのは奇異に思われるかも知れない。だが、それによって、ある時代の諸相が見えてくるのもまた確かなことだと思う。

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コメント

こんにちは。
講義シリーズを拝見していると、非常に質の高い講義をタダで受講しているようで、得した気分になってしまいます。
里山の青葉もきれいですね。

masaさん、いつもありがとうございます。
いやいや、いつも勝手なことを書き散らしているだけなので、そんなふうに言っていただくと恐縮です。
授業では、今まであまりにも言いっぱなしにしてきたので、少しくらいメモを残しておこうかなと思って書き留めています。

本当にタイムリーなお話をありがとうございます。
あれからCDをガンガン聞きまくっております。
本もまだまだ読まなくちゃなぁ、という感じ。
どうかまた色々ご指導くださいますようよろしくお願いモウシアゲマス。
イヤホンでシェーンベルクを聞きながら一人で食べるご飯はイマイチでした。

きほつん、こんばんは。きほつんがシェーンベルクのことを知ろうとしている時だとは、偶然のタイミングでしたね。あ、でも、ご指導とか言うのはやめれ!
がんがん聴きまくるのはいいけど、ご飯時はちょっとな。前に、バルトーク(それも「青ひげ」かなんか)を聴きながら電車に乗っていたら、すごい変な気分になった。とんでもない事件が目の前で起こりそうで。イヤホンで聴く時は、選曲に気をつけましょう。

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