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2007年6月 2日 (土)

キヨトのこと

Photo_34 久しぶりに精養軒に行こうとしたら、道に迷ってしまった。

毎日この公園を、自分の庭のように思って歩いていたのに情けない次第だが、考えてみれば、あの頃上野の学生にとって精養軒は高級なレストランだから、食事に行ったりすることはほとんどんなかったのだ。それに、長い年月の間に木々が育ち、葉が鬱蒼と繁って、建物や昔風の看板が見えにくくなった。

精養軒に向かったのは、旧友規世人の27回忌に出席するためである。

友人以外で、高木規世人の名前を知る人はほとんどいないだろう。学生の頃から、アマチュアのオーケストラや合唱団などの指揮はしていたものの、卒業後まもなく、H. リリンク氏を慕ってドイツに留学。まだまだ修行中の身だったからだ。しかしあの日がなければ、今頃はベテラン指揮者として世界的に名の知れた存在になっていただろうと、彼を知る誰もが思っている。26年前のあの日さえなければ・・・。

1981年6月2日、シュトゥットガルトからフランクフルトへ向かうアウトバーンで、事故は起こった。突然左後輪が外れ、車は道路から飛び出して横転。2人の楽友とともに、規世人は帰らぬ人となった。享年27歳。同乗していた楽友のひとりは、有名なチェリストとなったミッシャ・マイスキーのお兄さんだったと、最近になって知った。

ご両親や兄上、姉上の心遣いで、区切りごとに規世人を偲ぶ集いが催されてきた。23回忌の集まりの後で話が盛り上がって、3年前にはメモリアルコンサートと銘打って、有志による演奏会が開かれた。学年オーケストラの復元(?)もあり、卒業後初めて会う懐かしい顔がたくさん集まってきた。会場は、旧奏楽堂。旧と言っても私たちが学生だった頃には現役の音楽ホールだった。その日は、7月に入ったばかりだというのに真夏を思わせる暑さで、冷房のない奏楽堂は蒸し風呂のよう。汗で肌に張りついたシャツを脱ぐのが一苦労だった。でも、こういう中でオレたち授業受けてたんだよな・・・と誰かがポツンと言った。

そして今日、27回忌にも、同級生を中心に25名ほどが集まった。久しぶりに会う顔ばかりで、この集まりでしか会えない人も多い。

規世人が初めて指揮をしたのは大学の芸術祭。トロンボーン4人が会場のあちらこちらに散らばって演奏するという私の作品もあって、規世人は客席の中央で指揮をした。今日は、当時トロンボーンを吹いてくれた一人であるヨシダ君とも再会した。あんなことがあったから、こうやって(専攻を超えて)集まれるんだよねぇ・・・と、ヨシダ君は言う。

よくさぁ、ソルフェージュ教室の後でキヨトに飲みに誘われたよ・・・と、ユキカズが言う。鮨屋で飲もうとかって。おい、勉強帰りに鮨屋で飲む受験生ってどうなのよ・・・。キヨトとユキカズには、二人でビールをワンケースとウィスキー1本半、一晩で空にしたという武勇伝がある。

不思議なことだが、規世人と実際に付き合ったのはたかだか6~7年に過ぎない。彼がいなくなってからは26年、つまり彼がいなくなってからの方がずっと長いわけだが、その間の時間は凍結してしまったように、思い出は未だに鮮明だ。私一人がそうなのではなく、おそらく友人たちみな同じように思っているだろう。

もし彼が元気だったら、今のように彼のご家族と親しくさせていただくことはなかっただろう。同級生が集まる機会もなかったかも知れない。オレはいないけど、みんな仲良くやれよな!と言ってくれているような気がして仕方がない。

だが、50歳も過ぎた面々が集まると、老眼が進んだだの血糖値がどうだの、話題が爺臭くていけない。

規世人はどうなっていたかな?あいつは人が良かったから、指揮者としては大成しなかったかも・・・。わからんぞ、大成するような嫌な奴になっていたかも知れないじゃないか。太ったと思う、うん、それに禿げてたね、絶対。一人だけ若いまま、毅然とした表情をしているのはずるい・・・と、それぞれ規世人の写真に向かって毒づいている。

2_13 上野駅はずいぶん変わって、小ぎれいな店もたくさんできた。だが、ガード下に無理やり設けたようなオープンカフェから、道の向こう側を見上げると、古いビルがあの頃のまま残っている。真ん中の枠にあった、ピンク映画の毒々しい看板はなくなっているけれど・・・(「ピンク映画」という言葉自体、すでに死語だな)。

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コメント

アランフェス協奏曲を聴きながらこの記事を読んでいました。私はキヨトさんのことは全然知らないけれど、キヨトさんが元気だった頃、突然の事故、そして今キヨトさんを思って集まるみなさんの様子がなんとなく想像できた気がするんです。先生の文章はいつもすてきですね。

いえいえ・・・すてきな文章を書きたいとは思っているんですが、ダメですねぇ。なかなかうまくいきません。
キヨトを知らない人にも、ぼくらの「青春」を想像してもらえたら嬉しいです。

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