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2007年8月

2007年8月29日 (水)

近況

またまた更新が滞っていて、せっかく訪れてくださっているのに申し訳ないです。

前の記事「還燈会」前後、何をやっていたかというと、何もやっていないんですよね。特別に書いておこうというようなことは。

いえ、もう少し正確に書けば、15日には、以前の同僚である友人のAせんせと、等々力のフロンターレ vs Fマリノスに行きました。ナイトゲームですが、17時半くらいから座っていました。西日が直撃で暑かった。

Fマリノスは、以前は贔屓のチームだったけれど、いろいろあって今は応援するのをやめています。結果は1-2でフロンターレの敗戦。うーん・・・内容は決して悪くなかったんだけど・・・。こういうのって、今の彼女が元カノにいじめられてるみたいで、他のチームに負けたより悔しいなぁ。

某日は、近くのスポーツクラブにビジターとして行って、プールで歩いてきました。生まれて初めて(!)減量を命じられているのです。もう少し頻繁に行けたらいいのだけれど。

そしてまた、別の某日には指圧の先生のところへ行って、毎月1回の身体のメンテナンスをしました。

26日の夕方から28日までは、会議など学校の用事で仙台でしたが、8月上旬以降、ここに挙げた以外の時間は、ほとんど自宅で自己軟禁状態。作曲する器械と化しています。外は猛暑だから、家の中にいるのが賢明とはいえ、どこやらの横綱みたいに、一歩も外に出ない日が続くと足腰が弱らないものか、ちょっと心配になったりもする。

今日も、そして明日からも基本的にはこういう生活が続きます。

いずれ詳細なお知らせを書きますが、現在、抱えている作品が三つあるのです。先週末まで二つを平行してやっていましたが、ようやく一つは一応手放しました。9月の下旬に初演予定です。

一つは、ものすごく大変な合唱劇。公演は10月ですが、まだ全然道半ば。9月一杯はかかるでしょう。あと一つは、まだほとんど手付かずです。初演予定は11月、そろそろ考え始めなければ・・・。

そんなわけで、書きたいことはいろいろあるものの、なかなか手が回らなかったりしています。どうぞお許しを。

Photoだから、目新しい写真もないんだな。私の仕事部屋から見える景色でもお目にかけましょう。ここには、お墓は写っていません。

2007年8月19日 (日)

還燈会

神奈川の家のすぐ北側には、墓地が見えます。

墓地といっても、ひとつの丘陵をまるごと拓いた公園墓地ですから、総面積は20万平方メートル、大変広大です。ここは著名人のお墓も多く、文学者に限って言えば、柳田國男のほか、尾崎士郎、坪田譲治、横溝正史といった人たちも眠っているそうです。柳田國男氏の墓所はわかりやすいので、散歩の途中にお参りしたりします。

宗教・宗派不問の墓地ですが、運営母体は浄土真宗のお寺で、毎年この時期になると法会が営まれます。 場内には、ささやかながら、ワタ飴売りや金魚すくいなどの屋台が並びます。夜8時からの野外の法要の前には、献灯(送り火)、ゲストの演奏や芸能の舞台などもあったようでした。この後催される花火大会がお目当てですが、ちょっと覗きに行ってみました。

Photo_4法要は、小規模ながら雅楽が生演奏され、僧侶によって唱えられる聲明が流れる厳粛な雰囲気。だけどね、時折、そう、ちょうど雅楽の太鼓がドウと打つタイミングで、大音響とともに、スピーカーの上に置かれたバズーカ砲のような筒から、会衆に向かって花吹雪が飛び出すのですよ。ものすごくびっくりしました。

もしかして、これって散華の代わり?散華というのは、諸仏を供養するために、僧侶が聲明を唱えながら、花、もしくは蓮の花をかたどった色紙を撒く静かな儀式なのですが。うーん・・・。

法要の後は、花火大会。

15分か20分間くらいの量ですが、何しろ目の前の真上に上がるので、かなりの迫力です。この行事が済むと、あぁ夏もそろそろ終わりに向かっているなぁと思います。・・・いやいや、まだ夏が終わっては困る!夏休みの作曲が、まだまだたくさん残っているのだから(焦)。

1 2 3 5 花火の写真を撮るのは難しいですね。どうしても火事か爆撃みたいになっちゃうんだな。

2007年8月14日 (火)

15番と17番、など。

Photo12日(日)午後、創る会の演奏会に行く。四谷区民ホール。

創る会は、会員である合唱愛好家が拠出する会費によって、作曲家に合唱作品を委嘱し、会員の手で初演する。演奏に参加する人たちは全国から集まって、演奏会のために集中練習をするそうだ。今までに、17曲の新作が発表されている。

今年の委嘱によって生まれたのは、間宮芳生「合唱のためのコンポジション第17番」。8月12日付けの記事で林光「原爆小景」について書いたけれど、「合唱のためのコンポジション」の記念すべき第1番が書かれたのも、「原爆小景」と同じ1958年なのである。

プログラムは、まずはモンテヴェルディの3曲のマドリガーレ。間宮合唱作品の出発点は、日本民謡と同時にマショーやモンテヴェルディなどルネサンス合唱作品にある。間宮先生自身「モンテヴェルディと並んで私の書いた音が鳴るのは、大きな幸福です。」と、プログラムに書いておられる。

2曲目は、合唱のためのコンポジション第15番「空がおれのゆくところについてくる」。これは、2002年に児童(女声)合唱のために書かれたものだが、今回は「おじさん、おばさんが歌ってもいいことにした」と作曲者がふざけておっしゃるように、大人の合唱によって歌われた。つい最近楽譜が出版されて、送ってくださったのを見ながら聴く。隣席には作曲者。開演前に遠くから会釈をしたら、わざわざ席を移ってこられたのだ。

15番の歌詞は、アメリカ先住民族と古代アルメニアの口承詩。児童合唱で歌われたら、キラキラ輝いて素敵だろうなぁと思う。だが、大人にとってはそれほど難しい音ではないし、長い曲でもないから、「おじさん、おばさんが歌ってもいい」のならば、コンポジション入門として最適だ。簡素な音使いでありながら、とてもコンパクトに引き締まった佳品。

さて、初演された17番は、混声合唱のための作品で、「七戸」「宇曾利」「牡鹿」の3曲からなる。テキストは3曲とも、菅江真澄が著した、今はフシが失われてしまった民謡の詞章と、旅日記の文章。世界規模の口承詩が歌われたいくつかのコンポジションとは違い、日本の東北(青森と宮城)に題材を得ていることもあってか、構成的にも音楽的にも落ち着いた作品という印象。かつて16番の初演を聴いて、私は思わずぶっ飛んだが、それとは違い、モンテヴェルディに通じる響きの美しさ、色っぽさがある。

最後のステージは、「合唱のためのエチュード」。間宮作品を歌うためのエチュードであると同時に、さまざまな歌や響きのスタイルを勉強するのに最適な演奏会用エチュードである。現在までに8曲が書かれている。いずれも長くないそれぞれの曲にはテーマが決まっていて、「風流」「リズムエチュード・唱歌」「ハーモニー」等という具合。コンポジションのスケッチを垣間見ているような楽しさ。

全ての指揮は、田中信昭先生。会費で委嘱料をまかない、会員が演奏して初演するというこのなかなか困難なプロジェクトを支え続けているのは、合唱創作への信昭先生の熱意にほかならない。ただ、演奏会としての宣伝が行き届いていないのか、夏休みのど真ん中と言え、客席が寂しいのが残念だった。

写真は、四谷区民ホールのロビーから撮ったもの。あまりにも天気が良すぎて、新宿御苑の森が真っ暗になってしまった。

2007年8月12日 (日)

夏、川のほとりで

Photo 8月9日、「林光・東混 八月のまつり」を聴くために、第一生命ホールに行く。

以前の第一生命ホールは日比谷にあり、二十数年前、私の最初のオペラが初演された会場でもあった。歴史を感じさせる建物で、どっしりと落ち着いた雰囲気が懐かしい。今は、隅田川沿いの晴海トリトンスクエアという今風なコンプレックスの中に移っている。

「八月のまつり」は、毎年、林光さんの合唱曲「原爆小景」を東京混声合唱団が演奏する催しで、今年でもう28回目になるそうだ。この時期、まだ仙台にいることも多いが、神奈川の家に戻っている時は聴きに行くようにしている。今年も指揮は、作曲者の林光さん。

原民喜の詩による「原爆小景」は、1958年に第1曲「水ヲ下サイ」が発表されて、大きな反響を起こした後、1971年に「日ノ暮レチカク」「夜」が書き継がれ、2001年「永遠(とわ)のみどリ」で完結した。「今後百年、草も生えないだろう」と言われたという焼跡の広島で書かれた「ヒロシマのデルタに 若葉うづまけ」という言葉が音楽になるのには、40年以上の歳月が必要だった。

やはりこの作品は、私たち日本人にとって「特別な作品」であると、あらためて思う。全4曲が書き継がれるのに要した40年の歳月は、林さんのその間の作曲スタイルの変化をも反映しているが、それにも関わらず、いやそれゆえに、詩と音楽とが向き合ってきた歳月の重みが伝わってくる。また演奏も、回数を重ねて十分に練られているだけに、端正にして透明。一時の感傷や安直なプロパガンダではなく、この厳しいテーマの深みに芸術的に迫る。

かねてから思っていたことだが、誰でも少なくとも一度は、広島と長崎の原爆資料館を訪ねるべきだし、丸木夫妻の絵画を見て、林光「原爆小景」を聴くべきだと思う。「誰々はこのようにすべき」というような口調は好まないが、このことだけは特別だ。

2005年に書かれ、2007年に新たな章が加わって完結した「とこしへの川」は、竹山広の短歌を詞として、ナガサキを扱う。合唱が響かせる音の帯、もしくは音の川のあわいに、ヴァイオリンとピアノが浮かび上がる。山田百子さんと寺嶋陸也さんの分をわきまえた演奏が、曲の流れを的確に引き締める。

プログラムの後半に演奏された「四つのイギリス民謡」は、岩田宏さんが自由訳で訳詞を付けたもので、1962年の編曲とのこと。私は初めて聴いた。とても素敵な編曲だ。こういう曲があまり歌われてこなかったとすれば、もったいないことだ。

最後は、中山晋平生誕120周年を記念しての「中山晋平歌曲集」で、新編曲も含めて6曲。「シャボン玉」は、詩人・野口雨情の、生まれて間もなく逝った愛娘への思いに添うように、儚く美しい編曲。「鞠と殿様」の意表を突くピアノ・パートといい、いつもながら林さんの職人技に感嘆させられる。「カチューシャの唄」と「ゴンドラの唄」は、「日本叙情歌曲集」の中で既に発表されていたものだが、このように中山晋平作品がまとめられるのは嬉しい。実は私は、結構晋平ファンなのである。

2007年8月 8日 (水)

バルサ!バルサ!バールサ!

昨日(8月7日)、アジアツアー中のFCバルセロナと横浜Fマリノスの親善試合を観に、横浜の日産スタジアムへ行く。

同じ組み合わせの試合は2005年以来のこと。なぜかその年、FCバルセロナは2度来日。横浜Fマリノスと2度対戦して、2度とも観に行った。1度目はロナウジーニョは来日せず、ちょっとがっかりだったけれど、デコの技術に目を瞠った。2度目は、後半からロナウジーニョが登場して、目にも止まらぬ足捌きに魅了された。

このたびの来日には、新たにチームに加わったフランス代表・アンリも参加。スタメンが発表されると、ボルテージが一気に上がる。

GK バルデス  DF ザンブロッタ、テュラム、シウビーニョ、オリゲール
MF シャビ、イニエスタ、ロナウジーニョ、トゥーレ・ヤヤ
FW エトー、アンリ

デコがいないのが残念だなぁ、メッシも見たかったなぁ・・・とかあるけれど、しかし何と、ロナウジーニョ、エトー、アンリが揃ってスタメンだ!

Photo開始直前のセレモニー。

クリックすると大きく表示されますが、スーパースターたち、見えますか?見えませんね、残念ですねぇ。

もちろん親善試合だから、本来のスピードではないはずだけれど、攻撃が速い。本当に速い!ワン・タッチ、ツー・タッチでどんどんパスが流れていって、お?意外なところにパスが出たなと思った瞬間、そこへ思わぬところから猛然と走りこんでくる選手(例えばアンリ、ある時はエトー)がいて、ゴール前は一気にピンチになる。ロナウジーニョは、ノールック・パスなんて、いつでも普通にやるんだねぇ・・・。

マリノスのディフェンスはよく凌いでいたけれど、ロナウジーニョ、エトーと回ったパスを、後半、アンリに代わって途中出場した18歳、ジョバニ・ドス・サントスが決めた。美しいすばらしいゴールだった。このメキシコ出身の新鋭の潜在能力は、ロナウジーニョ並み・・・と言われているそうだ。

結局、ロナウジーニョは88分までプレイ。スタジアムが割れそうな大歓声に送られてピッチをあとにした。

2 結果は1-0でバルサの勝利。中央でインタビューで受けているのはロナウジーニョ。見えない?そうだよねぇ・・・。望遠のカメラではないから、悪しからずお許しを。せめて、モニターテレビの画像だけでもお目にかけましょう。

Photo_2 美しくテンポの良い、世界一流のサッカーを堪能しました。

2007年8月 7日 (火)

暑中お見舞い申し上げます

Photo ほぼ一ヶ月ぶりの更新になってしまいました。

あまりにも放置され続けているので、どうかしちゃったんじゃないかと、何人もの方からご心配いただいてしまいました。どうもすみません!

病気でも旅行中でもなかったのですが、7月は、新しい譜面を待ってくださっている方が複数おられるのに加えて、学校の仕事がメチャクチャに忙しく、夜遅く帰ってくるとすぐにベッドにヘタレこんでしまうような生活でした。

今年の春まで、現職教諭の身分のまま大学院の学生として来ておられたSさんが私の様子を見て、「ダイガクのせんせって、こんなに忙しいとは思いませんでした」と目を丸くしていました。

週8コマもの授業を持っていましたから、そのすべてとは言わないまでも、いくつかの授業については事前の準備が必要で、それだけでも一週間がフルになるのに十分ですが、加えて二つの委員会、特にひとつは大学の広報を受け持つ委員会の実働隊長を命じられています。

このほぼ一ヶ月の間に、「大学案内」と「大学院案内」の二つの冊子を発行し、秋に刊行する広報誌のプランを立てて原稿を依頼し、駅前のスクリーンで流れているオーロラビジョンCM番組更新を手配し、大学のホームページと大学案内DVDのリニューアル計画を進め・・・と、これらの仕事を期限に追われながら、リーダーである副学長先生と4人の委員の先生、2人の事務官とでこなすのですから、頭の中がメモリー不足でフリーズ寸前でした。

私が卒業した某大学のように、(今はどうかわかりませんが、当時は)7月になると授業もまばらになって、なし崩しに長い夏休みに突入というのと違って、7月の最後まで授業はあるし、その後もオープンキャンパス、成績提出と、やるべきことがテンコ盛りです。

ようやく二つの冊子は出来上がり、夏休み前に手配すべきことはすべて済ませました(たぶん)。8月1日からは1泊2日の人間ドック、4日からは認定講習。

認定講習というのは、現職の小中学校の先生が免許の種類をグレードアップするために、教育委員会から依頼されて開く講座です。3日間で10コマ、指定されている科目は、「音楽理論、作曲法(編曲法を含む)及び音楽史(日本の伝統音楽および諸民族の音楽を含む)」です。こんな長ったらしい免許科目名の求めるすべてができるわけはありません。ざけんなよ。

10人の受講者の方々には、最終的には三部形式の作曲をしてもらい、それぞれとてもいい曲を作ってくれて楽しかったけれど、仙台では珍しく、最高気温34度なんていうのが続く中、冷房のない教室で(!)勉強するのは楽ではないです。

二週間仙台に居続けましたが、昨晩神奈川に戻ってきました。これからしばらくは、まだまだ譜面を待っている方々のために、作曲優先の生活を送るつもりです。

仙台では、昨日から「仙台七夕」が始まりました。仙台市民は、この期間はジッと家にとじこもって、できるだけ街には出ないようにすると言います。道路は観光バスで渋滞するし、ものすごい人出だし。

そうはいうものの、仙台が一年で一番活気溢れる日ですから、帰りがけにちょっと街に出て写真を撮ってきました。

5 仙台駅コンコースの竹飾りは、一週間くらい前から飾られています。

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4 仙台七夕は8日まで。http://www.sendaitanabata.com/

ちなみに、この記事トップの写真は秋保大滝です。幅6m、高さ55m。「日本の滝 百選」のひとつです。少しだけ涼しげな気配をお届けできたら幸いです。

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