父のこと~こんにゃく問答
私が駆けつけてからの数日、父の容態は一進一退だった。厳しい状況を伝えられた翌日は妙に機嫌が良く、このまま快方に向かってくれないかと思っていると、その翌日にはまたひどく咳き込み、熱も下がらなかった。
父は、主治医の先生から話しかけられると医学者の口調になり、看護師さんからの呼びかけには、「はーーい」と、小学生の男の子のような返事をする。熱が少しおさまっている時には、自分から饒舌に話しかけてくる。しかし、私たち家族との会話では、大抵の場合主語がなく、内容はトリップしている。父との会話は、ほとんど「こんにゃく問答」になった。
父「慌ててねぇ。」
私「慌てて?」
父「雪の中を。」
私「そりゃ危ないねぇ。」
父「うん、うん。」
私「滑っちゃって危ないわ。」
父「うん、うん!」
父は、言おうとしていることが通じたと思うと、とても大きな声でうなずく。だが、私が答えている言葉は、あてずっぽうなのである。私も、次第にこのこんにゃく問答を楽しむようになっている。
父「急いでかきこんだんでしょう。」
私「そりゃいかんね。」
父「うん、うん。」
これらの言葉に前後はない。突然、こういうことだけを話し出すのだ。誰が何をかきこんだのか皆目わからない。
父「6月くらいまで、おじいさんがおらっせたけど」
私「おじいさん?どこのおじいさん?」
父「栃木県!」
私「栃木県?」
父「うん、栃木県!」
栃木県におじいさんの知り合いはいないはずなのだが・・・。
かと思うと、「アメリカ人は、栄養過多だなあ」と、えらくまともに直球を投げてくることもあれば、「もう少ししっかりしたものが出んと売れんなあ」と嘆いてみたり、「いかんなあ、こういう食べ方は。しっかり食べにゃ」と諭してみたりする。「なぁにやっとる。いい気なもんだ。ははは」などと笑う時は、かなりご機嫌なのだろう。
言葉がはっきりしないことも多い。
父「・・・・・・だ。」
私「え?」
父「・・・・・・・・・だ。」
私「そうか、大変だね。」
父「何がぁ?」
何がぁとか、いきなりマジに問い返さないでほしい。私はあてずっぽうを言ってるだけなのだから。
それにしても、この人は今、一体どんな夢を見て生きているのだろう。そして、なぜこんなに饒舌なのか。元気な時は、自らしゃしゃり出て座を仕切るというようなことは一切なく、みんなが話しているのを聞きながらにこにこしている、どちらかといえば口数は多くない人だったのに。
私自身は、ボケるのは嫌だ、ボケるくらいなら、さっさといなくなってしまった方がいい・・・と思っていた。だが、それは命の危機を間近にしたことのない無邪気な言い様だと思い知らされる。頭がはっきりしていて身体が辛そうなのと、多少ボケていても元気なのと比べたら、家族としては、少しくらいボケていてもいい、一日でも長く生きてほしいと切実に思うのだ。













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