フォト

-天気予報コム-
2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

友人のページ

こんなページを見つけました。

無料ブログはココログ

« 壊し屋 | トップページ | 遠野へ(2) »

2007年12月23日 (日)

遠野へ(1)

12月8日の記事にあるように、私が1981年に作曲したバレエ「おしらさま」が、遠野で10年ぶりに再演されることになった。遠野へ行くのも10年ぶり。

仙台を朝9時の新幹線に乗って約1時間で新花巻。釜石線に乗り換えるために、約1時間待合室で待つことになる。付近にはほとんど店もないのだ。そして、やはり仙台よりも寒い。

Photo 単線、2両編成、ワンマン。1日10本しかない。今までに何度も何度も乗っているのに、そんなに不便な路線だったかなぁ・・・と今さらながら思うのは、私の余裕がなくなっているせいかも知れない。

仙台からだったら、車で移動した方がずっと楽だろうと思うけれど、こういう季節は雪や道路の凍結が怖い。

車内アナウンスは、女性の声のテープ。かつて、男性の車掌さんの案内放送、「下りる人が済んでからご乗車ください。」というのが「おぢる人がしんでから(落ちる人が死んでから)・・・」と聞こえるというジョークは本当なんだなぁと、感心(?)したことがあった。今はそんなことはない。

そんなことはないけれど、何やら妙なことを言っている。

Photo_3駅に停車して、わかった。前に何かで読んだことがあったけれど、岩根橋駅付近の眼鏡橋が、「銀河鉄道」のイメージに重なることから、いつからか釜石線は「銀河ドリームライン」という呼び名がつけられている。そして、各駅にはエスペラント名がついていて、それもアナウンスしているのである。「次は、ガラクシーア・カーヨ、宮守でございます。」という具合。駅にも、その愛称を記した標識が立っている。ちなみに、ガラクシーア・カーヨとは、「銀河のプラットホーム」という意味の由。「ガラクシーアかよ!」というツッコミはやめてね。

12時過ぎ、遠野に着く。

Photo_4 しばらく来なかったから、駅前の景色などもずいぶん変わっているだろうなぁと思っていたのだが、何とも恐ろしいくらいに変わっていない。数件、店が変わったりはしているけれど、私が初めて遠野に来た1980年の頃と、ほとんどまったく同じなのだ。びっくりしたような、安心したような、呆れたような。

市民センターは、歩いて5分ほど。昼食の部屋に案内されると、教育長さん、センター長さん、父母の会の会長さん、社会教育課の方々が大歓迎してくださって恐縮。そしてその中に、台本作者の岡野さんや、当時職員だった濱田さん、岩手日報の杉田さんの懐かしい顔も見える。間もなく、遠野の音楽のリーダーである斉藤さんもやってきて、気分は一気に遠野モードに切り替わる。

« 壊し屋 | トップページ | 遠野へ(2) »

コメント

落ちる人が死んでから乗るんですねー(笑)ひゃっひゃっひゃ~

>し~ちゃん
昔ね、そういう悪いジョークを言ってた漫談だか漫才だかがあったんだよ。ある時、本当にそう聞こえたので、びっくりしました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 壊し屋 | トップページ | 遠野へ(2) »