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2008年1月12日 (土)

それから

Photo 父が逝ってから10日が経った。

7日間の忌引きの間は、さまざまな手続きのために奔走する。けれども、まだ少しも片づいた感じがしない。財産はないけれど借金もあるわけではないから、話はかなり単純なはずだが、やはり生きていくための多くの配線を複雑に身にからませながら、一人の人間として存在していたのだと思い知らされる。隠居の身とはいえ「一家の主」だったのだから尚更である。

できれば、生きているうちに身のまわりの配線をすべてきれいに外して旅立てれば良いのだろうけれど、なかなかそんなことはできない。後始末は、遺された者たちに委ねられることになる。

昔のように、いちいち御用聞きが集金に回ってくる時代ではないから、ライフラインの使用料などはすべて銀行引き落としで、ふだんは実に便利に暮らしているわけだけれど、ひとたびその根幹となる口座の立場が怪しくなると、その配線をひとつひとつ外して付け替えていかなければならない。その手間暇だけでも相当なものだ。この新聞の料金は、引き落としではなくて毎月集金に来ているよと聞いただけで、ほっとしたりする。しなければならない手続きがひとつ減るからである。

8日目から大学に出る。翌日には授業も再開した。ひと通り挨拶も終えて、溜まっている大学の仕事を片づけなければならないなぁと思うのだけれど、調子が出ない。

私より少しだけ年上のYさんが電話で、「頭で了解していても、身体がついていくまでには少し時間がかかるよ。」と言ってくれた。どうもそのとおりらしい。

食欲はあるし睡眠もやや不足気味ながら取れている。体調は悪くない。情緒不安定ということもない。けれども私の中に、やはりどこか言うことを聞かない器官があるかのようだ。これはきっと同様の経験をした誰でもが感じることなのだろう。私にとっては、暇ではないけれど超多忙というわけでもない時期だったということが、救いかも知れない。みんなが集まりやすい正月三が日の最後が命日になったことといい、「子孝行」な父だなぁと思う。

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コメント

細かいこと、とても大変みたいですね。

私は祖母の百ヵ日、無事に終わりました。
けれども銀行口座(遺産?)は手付かず、です。
生きていた最後の月の年金が振込まれる関係で、処理が手間取り、結局父はそのままにしてしまっています。
口座解約のために、戸籍謄本が必要とかで…。

両親の意志疎通もうまくいかず、そばにいる私が破裂したことが何度もありました。

先生の日記の「身体がついていかない」という一言。
父はまさにそうで、それを母がもどかしく見ている。
とても納得しました。

できる範囲で、両親をサポートしていければな、と改めて思いました。

先生も、どうかご無理はなさらずに、お身体とお心を養生なさってください。

>ひめさん

ありがとうございます。
そう、細かいこと一つ一つが、時々どうしようもなく嫌になるのです。お父上の場合も、例えば戸籍謄本を取ってくるのは、役所に行きさえすれば簡単なことなんですが、ひとたび勢いを失うと、どうしてもそこに身体が向かないというか。よくわかります。
ひめさんも、できる範囲でサポートしてあげてくださいね。

頭と体は緊急事態に反応して常に興奮状態で、眠っているときもどこかが覚醒しているよう。
次から次へとやらなければならないことに追い立てられて、自分の心の中を覗き込む余裕すらなくて。

私の場合、自分の仕事が音楽という、関わっている時間はある意味、現実逃避のできてしまうものを扱う仕事であったことに感謝でした。
ぽっかりと風穴があいたような寂しさは、多忙の隙間をついてきます。でも、悲しみは振り払わねばならないものではなくて、大切に抱きしめてよいものなんだ、と母、兄と別れて4年程になる今、思います。
お仕事も始まり、本当にたいへんですが、がんばってくださいね。

>ライナスさん

「緊急事態に反応して常に興奮状態で・・・」っていうのは、まさに「喪主」であった期間がそうでした。次から次へと追い立てられて・・・。でも、それが衝撃を緩和するための一種のリハビリにもなっているのだろうと思います。
そして少し落ち着いた今、ふとした時に寂しさに襲われます。あぁ、もうあの足音は聞くことはできないんだな・・・と。

振り払うのは身体に良くないだろうなと思っていました。大切に抱きしめる・・・。いい言葉ですね。

どうもありがとう。

どれだけ時間が経ってもさみしさはふとした時にやってくるもの。

でもさみしさはあっても、私はもっと近くに父の存在を感じる事ができるようになったと思います。
なんかどっかで見ているような気がして、うかつに変な事ができなくなりました(笑)

そして、生きていることへの感謝の気持ちも生まれたかも。

体も心も完全復活するには長い時間がかかると思いますが、どうぞ無理なさらないよう日々過ごしてくださいね!

kihokoさん、ありがとう。
孝行したい時に親はなし・・・と言いますが、たしかにもっとああすればよかった、こうしたかった・・・と、いろいろ考えます。でも、現実にはできなかった理由もあるし、いろいろしたとしても、やっぱり「孝行したいときに・・・」と感じただろうなと思います。

うかつに変なこと・・・たしかにできないな。でも、きっとまたするんだろうな(笑)。

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