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2008年2月13日 (水)

どうするの、そんなに上手になって

2月10日と11日、二日にわたって100以上の団体の歌を聴いてきた。合唱アンサンブルコンテストの審査員を務めたのである。

アンサンブルコンテストは、合唱コンクールと違って、2人以上16人までの重唱と室内合唱で5分以内という制限がある。以前、管打楽器のアンサンブルコンテストを覗いたことがあるけれど、そちらは指揮者なし、パートが重複してはいけないということになっているそうだ。だが合唱の場合は、指揮者がいることもパートの重複も妨げない。16人にもなれば立派な合唱である。

全体に、レベルの高さに驚いた。とりわけ一般の合唱団は、メンバーの入れ替わりも少ないだろうから、技術が安定している。大合唱団がいくつかに分かれてチームを作り、少人数のアンサンブルに挑戦するというのは、技術と度胸アップのために有効だろうと思う。ここで得た経験は大合唱に戻った時にも活きるだろう。

高校生のグループは、まともに青春しているから、結果発表の反応が面白い。良い成績が発表されると大きな歓声が上がり、感極まってみんなで泣き出してしまったりする。上手になって少しでも上をめざしてみんなで頑張ろう!という「目標は甲子園!」的モチベーションが高いのだろう。

思わず考え込んでしまうのが、小学校の部だった。ここには、合唱が優秀であると定評のある数校だけが、それぞれいくつかのチームに分かれて出場していた。参加した学校が少なかったのは問題だ・・・と、主催者側も思っているようだ。しかし、たくさんの学校が出場しているのならば別だが、もし一つか二つだけがあの中に紛れ込んで出場していたら、ちょっと浮いてしまったのではないか。

それほどにその数校は「上手」なのである。小学生のプロ合唱団と呼びたいほど。そして、他の学校は、到底敵わないと怖気づいて出場辞退してしまったかと邪推させるほど。

児童合唱団という団体はいくつか存在して、高い技術を磨いている。メンバーは、ある程度の期間、そこに固定して所属するのだろうから、上手になっていくのも理解できる。しかし、コンテストに出場しているのは公立小学校の普通の生徒たちなのだ。それなのに、どうしてこんなに「上手」になることができるのだろうか。

来年にはまた違ったメンバーでグループが組まれるのだろう。短い期間でここまで高い技術を身につけさせ、優秀校との評判を定着させている先生方は大したものだと思うし尊敬もする。

だが、ここが問題なのだが、その子どもたちが歌っている姿はちっとも楽しそうでなく、表情も生き生きしていないのだ。教えられたことを、寸分の隙も間違いもなく執り行うことだけに神経を尖らせているかのように見える。笑顔さえも、指示通りに作られているかのようだ。

どうするの?そんなに上手になって。

思わずそう尋ねたくなってしまう。上手になることってそんなに大切なのだろうか。子どもって、もっとやんちゃではいけないのか?

楽しくて飛び跳ねんばかりに歌っている子どもは見当たらない。練習が休みだとみんなに会えなくて淋しいといってベソをかくほど歌うのが好きで、みんなと一緒にいるのが嬉しくて仕方がないという子ども。そんな子どもたちの目の輝きに、私は感動する。その上で上手に歌えたら言うことはないだろう。

目の輝きが先か、上手に歌うことが先か。上手になりたいのは、本当に子どもたちなのだろうか。

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