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3月26日、仙台から名古屋に飛ぶ。父が遺したものの整理のためである。しばらくの間、まだ春の気配薄い仙台に閉じこもっていたために、季節はもう春なのだということを忘れていた。
同じことを経験した人は誰もが言うのだけれども、遺されたものの整理はとても大変だ。父には借金も財産もなかったが、わずかばかりの貯金を解除することひとつ取っても、複雑な手続きが必要なのである。
27日、父の出生から死去まですべての戸籍謄本が必要ということで、午後急遽静岡県の磐田に向かう。磐田市役所へ行って、古い戸籍を発行してもらうためである。もちろん今どきは郵便でも送ってもらえるけれど、これがないと28日までの名古屋滞在中に何も進められないので、実家でボーっとしているより行ってきた方がいいという判断だ。
磐田には、浜松まで新幹線で行って在来線に乗り換える。ここには墓所があるので、今までも何度か訪れている。用件は簡単に終わって、すぐには判読できないほど劣化している手書きの古い戸籍謄本が出てきた。
戸籍に「衝撃の新事実」などあろうはずもなく、しかし知らなかったこともあったりして、古い戸籍を見るのはなかなか面白かったが、内容は省略。
磐田という地名、誰も知らないような時代もあったけれど、ジュビロ磐田ですっかり知られるようになった。駅の近くには、こんなシンボルがある。
また、舗道には、ジュビロの選手やスタッフの足型や手型がはめこまれている。これはオフト監督の足型だから、1994年頃のものかな?
ちょっと心配になってしまうのは、駅前にまったく活気がないことだ。商店街はシャッター通りになってしまっているし、人がほとんど歩いていない。郊外型のスーパーができてから駅前は寂れてしまいました・・・と、当地に住む親戚から聞いたのは、もうずいぶん前のことだ。ヤマハスタジアムに向かって、アウェイチームも含め、たくさんのサポーターが駅前を通っていくだろうに。
駅前の大きなクスノキ。樹齢は推定700年で、静岡県指定天然記念物になっている。かつてここはお寺の境内だったが、再開発によってお寺は郊外に移転してしまい、木だけがとどまった。子どもの時から、お墓参りに来るたびに眺めていたから、よく覚えている。祖父の妹たちがまだ子どもだった頃に、この木を囲んで写したという写真がどこかに残っているらしい。700年もの間ここに立っているのだから、様々な人々や物事の往来を見てきたことだろう。そして、これからも見続けていくことだろう。
祖父はもちろん、その妹たちも天寿をまっとうして、今は鬼籍に入っている。
私たちの大学では、正式には学位記授与式と呼ぶ。
今年の会場は、大学の講堂ではなく、市内の国際会議場を借りきって行なわれた。大学講堂は収容人数が限られているから、父兄の方々が入れない。別室で中継画面を観てもらうことになっていたのが、何とかならないものかと申し入れがあったのだそうだ。この国際会議場ならば、父兄にも会場内で式に立ち会っていただけるというわけだ。
私などは、
入学式も卒業式も、両親同伴の方がむしろ珍しかった時代の育ちだから、隔世の感がある。
入学式はともかく、卒業式は長年通った校舎から見送ってあげたいという心情が残るし、式の後、音楽棟の前で、それぞれ写真を撮って・・・というようなことはできなくなった。そのかわり、音楽を専攻した卒業生さんたちと式に出席した先生たちとで、舞台を占領して記念写真を撮る。
そんなわけで、教師側は会場変更については賛否両論あるけれども、専攻やサークルの後輩たちが会場の外で待っていて、出てきた卒業生を囲み、寄せ書きやプレゼントを渡したり、胴上げしたりという光景が今年も見られたのは良かった。
夜は、ホテルのレストランでの謝恩会。今年の二つの専攻の卒業生たちは、とてもいい感じのスタンスで繋がっている。そんな学年色が、最後の楽しい時間にも表れていた。
それぞれ分かれて二次会に行く。深夜も近い頃、夜行バスで東京へ発つI美さんを見送るために、専攻が再びみんな集まった。秋田出身のI美さんは、4月から横浜で小学校教員になるのである。私たちが流れていた二次会会場は、大人っぽい雰囲気のバー。卒業したら連れて行こうと決めているお店だ。話が弾んで店を出るのがちょっと遅れたために、バス時間が迫ってしまい、みんなで仙台駅構内を爆走する。湿っぽい別れを交わす暇もなく、I美さんはバスに乗り込み、みんな車窓の閉じられたカーテンに向かって手を振る。
深夜1時過ぎ、家に戻った私の携帯にメールが入ってきた。I美さんだった。
「ありがとうございました。・・・バスに乗ってからずっと泣いています。涙がなかなかとまってくれません・・・仲間って本当に大切なのですね!横浜での新生活も頑張っていきたいと思います。」
それぞれの新しい生活が明日から始まる。安堵と綯い交ぜの寂しさを感じる一日。
宮城県芸術協会主催ピアノコンクールの実行委員になっているので、2月に行なわれた予選に引き続き、お手伝いをする。
初級、中級、上級と分かれて、小学生、中学生が参加するこのコンクールのユニークなところは、本選課題曲のひとつに、書き下ろし新曲が課せられていることだろう。そして審査委員長を、毎回著名なピアニストの方にお願いしている。
書き下ろし新曲は、毎回協会会員の作曲家が交替で作曲してきた。今年も、初級と中級は岡崎光治さんと八島秀さんが作曲してくださった。しかし、限られた会員が持ち回りで担当するばかりでなく、新風を吹き込んだらどうだろうという提案が認められて、今年は寺嶋陸也さんが上級の課題曲を作曲してくださることになった。寺嶋さんは、もちろん協会とは直接的な関係はない。
寺嶋さんが書いてくださった曲は、「アラベスク」というタイトル。コンクールの課題曲という当初の目的を果たしたあとも、演奏会用小品として十分に通用する、とても素敵な曲だ。みなさん、ぜひ弾いてください。
今年の審査委員長は、寺嶋さんのピアノの師である辛島輝治先生が引き受けてくださったこともあって、スタッフのささやかな慰労会は、短い時間だったけれども、和やかなものとなった。
このコンクールのために書かれた新作課題曲は、もう数十曲になっている。すべてとは言わないまでも、精選して世に送っていく方法があれば良いのになぁと思う。実現すれば、子どものためのちょっとしたボリュームの小品集になるはずだ。
渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで、ルノワール+ルノワール展を観る。
画家ピエール=オーギュスト・ルノワールと映画監督である息子ジャン・ルノワールの両方を紹介する父子展という珍しい趣向。他の画家では実現不可能な企画だ。
父子展といっても、展覧会場で催される限り、画家である父に重点が置かれる。絵画と映画、どちらも光を扱う芸術だとはいえ、空間の構築である絵画と、時間芸術である映画とを対等に置くことは困難だからだ。映画は、スチール写真で紹介されるほか、あちらこちらに置かれた小さめのスクリーンに、作品の抜粋が映されている。
映画監督ジャンが、いかに父の影響を受けているか、絵画と映画を並置してあるのが面白い。父が描いた<ラ・グルヌイエール>の水辺の風景や<ぶらんこ>遊びと息子の映画『ピクニック』でのボートのシーンやぶらんこのシーン、<田舎のダンス>の振り向く女と『恋多き女』のダンスシーンなど。父の作品を絵コンテにするのようにして、動く絵画としての映画を、息子は作る。
それにしても、どんな絵画でもそうだが、とりわけルノワールの絵画の凄さは実物の前に立たないとわからない。描きこまれた光によって浮き立つ人物や風景の質感は、鬼気迫るほどにリアルだ。写真で観るルノワールも「きれい」だけれど、そこに見えるのは、実物の前で見えるものの半分にも満たないと思う。
展覧会の常であるしーんとした会場ではなく、あちらこちらで映されている映画から、台詞や音楽が、音量は抑えられているとはいえ、聞こえてくる。純粋に絵画鑑賞をするのには邪魔になりそうなざわめきだが、それがかえって、ルノワール絵画から漂ってくる幸福感を強調しているように思える。そう、この父子の作品には、どこか何ともいえない幸福感が感じられるのだ。
Bunkamuraザ・ミュージアムでは5月6日まで。その後は京都国立近代美術館に巡回する。
横浜のみなとみらい線、馬車道駅のすぐそばに、大きな洋館がある。元は銀行だったもので、現在は東京芸大大学院映像研究科となっている。
実に立派で美しい建物だが、ここで「野田暉行退任記念・作品コンサート パートⅡ」があった。過日、新奏楽堂で行なわれたパートⅠは行けなかったので、今回は出かけていく。
なぜ映像研究科で退任コンサートかというと、野田先生が副学長として、映像研究科の設置に尽力されたことから、映像研究科スタッフよりの御礼の意味が込められているのである。
そして、映像研究科を束ねる科長の藤幡正樹さんは、私とは大学の同級生。すっかり偉くなっておられるわけだが、お互い、美校、音校の数少ない友人のひとりだっただけに、昔一緒に遊んだ記憶は鮮明だ。「あれぇ!?こんなところで会えるとは~!」と、私を見つけて声をかけてくれたフジハタくんの、何ともいい感じの自然体は、学生の頃と全然変わっていない。
コンサートは、芸大の学生さん、大学院生さん中心の演奏。作曲者の指揮で女声合唱曲「湘南讃歌」が歌われたあと、ピアノ曲「オード・カプリシャス」、編曲集「日本のメロディ」より。冒頭には、野田先生と藤幡さんのプレトークがあり、休憩時間には野田先生の音楽によるアニメーション「まつりご」が上映された。密度の高い、そして演奏難度も高い作品ばかりだが、いずれも、大変に好演。決して広くはないけれど、天井が高く残響が多い、素敵な雰囲気の会場。充実した、とてもいいコンサートだった。
受験から大学を通してお世話になった作曲家の野田暉行先生が、この3月で芸大を定年退任されるとのことで、門下生中心のお祝いの会があった。フォーシーズンズホテル椿山荘。
野田先生は、特にエクリチュールの師匠としては完璧な方で、でもこちらの能力の無さから、いくばくかのものすら受け継がせていただくことができていないなぁと思う。ただ、私が大学教師稼業で、曲がりなりにも和声学なぞを偉そうに長年にわたって担当していられるのは、まぎれもなく先生のおかげなのである。
大学院を修了されてすぐ、1967年に助手として芸大にお勤めになられてから実に40年、芸大一筋。私が、先生のレッスンに通うことを許されたのが1971年ごろのはずだから、もう35年以上も前だ。100名近い関係者がお祝いに駆けつけた会場は、意外にも若い人が多いなぁと思ったのだけれど、計算してみれば、私たちの世代は比較的初期の弟子ということになるのだから当然かも知れない。
乾杯の音頭を取られた松尾楽器の松尾治樹社長は、最初期のお弟子さんとのことだが、一番最初のお弟子さんは加古隆氏なのだそうだ。門下生の系列、私などは末席もいいところだが、私の上には、新実徳英さん、野平一郎さん、糀場富美子さん、西村朗さんらがおられ、少し下には南聡さん、安良岡章夫さん、国枝春恵さん、徳山美奈子さん、だいぶ若いところでは夏田昌和さんらが活躍している。とりわけ異色なのはウィーンでコレペティトゥアの仕事を続けている三ツ石潤司さんが一時帰国中で、ユニークなスピーチに大笑いした。
お弟子さんではないが、関わりの深いピアニスト渡邉康雄さん、規久雄さんご兄弟や、作曲の西岡龍彦さん、小鍛冶邦隆さん、佐怒賀悦子さん、山本純ノ介さん、山内雅弘さんといった方々とも、久しぶりにお会いできて楽しかった。同級だった山本泰久さんなどとは大学卒業以来ではないだろうか。
私自身は、べつに反逆したつもりもなかったが、ふと気がついたら、ありゃ「芸大アカデミズム」とはかなり離れたところに立っているぞという具合で、いささか敷居が高いのだけれど、集まってみれば単なる同窓会。先生の風貌も以前と少しもお変わりないから、和声課題で連続5度を直されたり、落とした臨時記号を大きく書かれたりしていたころから30数年経ったと言われても、何だか変な感じがするばかりなのだ。
現音の音楽展、作曲の若い友人門脇治さんの新作モノオペラの上演に出かける。東京文化会館小ホール。
登場人物は一人、「ピエロ・リュネール」と同じ楽器編成のアンサンブル、それに、あらかじめ録音された音などがかぶる。
台本は、アルゼンチンの作家ボルヘスの、だが特定の作品を題材にしたものではなく、数作品が混合されて作られたとのこと。出演:松平敬、台本:村上茂伯、演出:飯塚励生、指揮:松尾祐孝の諸氏。上演時間は30分ほど。
精緻で、高いテンションが維持されて作曲されたと思える作品。テクスチュアもよく工夫されている。もう少しメリハリがあっていいだろうけれども。そのあたり、やはりかなり真面目な作品という感じがある。
残念なのは声と楽器のバランスが最悪で、しばしば声が楽器にかき消されることだ。そのため、すべての言葉が聴き取れたとしても(おそらく)全部はわからないであろう抽象的な内容が、ますます断片的にしか伝わって来なくて、もどかしい。せめて、どのくらいわからない内容なのかくらいは、わかりたかった。
原因は、書法や唱法にもあろうが、会場と、アンサンブルのコントロールの問題が大きいように思われる。東京文化会館小ホールは、この作品の上演にふさわしい雰囲気を持っているけれども、もう少し工夫をしないと厳しいものがある。増幅された音響を伴なったりもする部分もあるので、なおさらだ。
素材はいかにも門脇さんらしいものだし、しっかりした作品を書いたなと思う。環境を変えての再演の機会が待たれる。
たまたま隣の席に座ったAOIの大坂さんはどうだったかわからないが、このあと上演された別の作曲家の約1時間かかる作品に、私はどうしても馴染むことができなかった。ただ、終演後の帰り道で、作曲家の北爪やよひさんや高嶋みどりさんにお会いできたので良しとしよう。高嶋姐さんは大学の同級生だが、実に数年(数十年?)振りの再会だった。
せんだいメディアテークで。この日が最終日。
午前中近くで用事があったので、ほんのわずかの時間を盗んで、メディアテークに飛び込んで観る。
キャノンが、新人写真家発掘・育成・支援を目的に行なっている文化支援プロジェクト。1991年から続いているとのこと。
選者が荒木経惟、森山大道、飯沢耕太郎といった人たちで、この人たちの仕事を多少なりとも知っていると、それぞれ、いかにもだなぁと思える作品を推しているのが興味深い。個人的には、青山裕企という人のフェティッシュっぽい雰囲気の作品が面白かった。
だが、ゆっくり楽しむ時間がなかったのが残念。そんなふうに、こっそりとしか息抜きの時間が確保できないのだ。結局この日は、この後、午後から教授会と公聴会が夕方まで、食事をする間もなく同僚の先生たちとの勉強会、その後参加者は飲み会に行ったけれど、残念だが私は辞退して、そのまま翌日の会議のための書類作り。結局学校を出たのは23時近かった。それでも仕事は片づかなくて、成績提出やらシラバス入力やらの締め切りが迫っていたりする。ここのところ、ずっと仙台に居続けているのに、遊ばず休まず仕事しているつもりなのに、ちっともはかどらない。
せめて、こうしてわずかの時間に反逆して展覧会に飛び込んだりして、そのことを記録しておかないと、雑用の忙しさのために感性が粉砕されてしまいそうなのである。
仙台に拠点を置いて活躍しているマリンバ奏者星律子さんのコンサート。仙台市戦災復興記念会館。
いろいろな場面での出演は多いけれど、個人リサイタルは久々なのかな?これを機会に、またもうひとつステップアップするようにがんばろう・・・といった意気込みに溢れたコンサート。
曲の間に星さん自身がお喋りをはさんでいく。照明を駆使し、PAも入っていて、ちょっとディナーショーのよう。
以前に神谷百子さんのために編曲した武満さんの「小さな空」。星さんもとても大切に弾いてくださっていて、今夕も素晴らしい演奏で聴かせてくださった。
それから、「庭の千草」をマリンバ3台のために新しく編曲したものが初演された。曲も編成も、星さんからのご要望。菊地みずえさんと渡辺峰子さんが共演。
トレモロみまれでボワボワした音にしたくなかったので、トレモロは極力抑え、コロコロした音で、この懐かしい旋律を飾れないかなと思って編曲した。編曲に関しては、少し改訂する余地があるかも知れないが、まぁまずまずの出来かな。演奏はとても良かった。
満席の会場は、このホールで行なわれるコンサートの多くとは、ずいぶん違う雰囲気だった。
ちなみに、「春の庭に小鳥がうたう」というのは、このコンサートのサブタイトル。
ひとつ前の記事の続きです。
卒業発表をした人たちが、学内の試験の時と比べて、みんな大きく「化け」ることに驚かされます。
試験が行なわれるのは、だだっ広い講堂。散らばっているのは難しそうな顔をした先生たち。寒いし、公開だけど拍手はないし。そんな雰囲気とは全然違う。街のきれいなホール、ステージ衣装も着る。そして何よりも、後輩たちと一般のお客さまの応援がある。でも、「化け」られるわけは、それだけではないでしょう。
すべての演奏が終わったところで、全員が舞台に上がり、今年度で「卒業」される先生に歌をプレゼントするというサプライズ企画。学生くんたちが選んだ歌は「森は生きている」でした。
以下に、前の記事同様、某掲示板に書いた私の「日記」と、それに対するコメントを載せさせてもらいます。
[きっきぃ 2008年03月02日23:24]
立ち去り難く、けれども、方向の近い人たちと一緒にタクシーで帰ってきました。
音楽大学だったらオーディションとかがあったりして、卒業演奏会に出られるのはごく限られた人だけだよね。でも、ウチの学校は希望すれば全員出られる。 そして、その運営、裏方も表方も、すべてを後輩たち全員で支えている。もちろん、教員も全員でバックアップする。こんなすごいことをやっている。しかも、それが30年以上続いているんだから、本当にすごい。
そして終わった後は、ご予約のお客さま八十数名様という、年一度の大レセプション。音楽科の学生と先生方が勢ぞろいする。さすがに壮観だ。こんなにたくさんの人がいたら、半分くらいは知らない人だろうなんて思うのだけれど、よく見ると全員知ってるんだよねぇ。実はこんなにたくさんの学生くんたちと付き合っていたのかと思うと、不思議な感じだな。ぼくの授業の教室の中には20人ずつくらいしかいないからね。
レセプションの時間は全然足りなくて、誰しも立ち去り難く、解散の声がかかってもなかなかバラケなかった。気持ちはみんな同じだったんだろうな。けれど、そのまま溜まっているのも通行の迷惑だから、帰ってきました。 毎年思うけど、この演奏会の日は、学校での一番楽しい二日間だ。
お疲れさま!みんな、ありがとう。
****************************
(以下、コメント)
[ふう 2008年03月02日 23:31]
お疲れさまです。そしてありがとうございました。 立ち去り難かったけど、終電の時間でお先に失礼しました(泣) まさかレセプで自分が前に立つ日が来るとは…。一年たつのは早いですね。
[みぃ 2008年03月03日 00:07]
帰りたくなくてけど帰りたくてけど全然帰りたくないDUCCA前でした。みなさん思ってることは同じだったのですね(*´∀`) 本当お疲れ様でした!
心の底から楽しかったです。感慨深すぎてジーンでした(>_<。) もぅ来年なんだ…先輩がいなくなるなんて信じることが出来ません(ノд`。) 来年とゆーか今年、よろしくお願いいたします(*´∀`)ノ
こらこらっヤダとかいわないでください(・∀・)笑
[サトミ 2008年03月03日 11:20]
お疲れ様でした!!宮教の音楽科でよかったと思える日でした。
[ぁぃ 2008年03月03日 11:33]
先生4年間ありがとうございました!! そして、あと2年間よろしくお願いします(笑) 萩音ってほんとにすごいですよね。 どこか一つが欠けたら機能しなくなりますもんね。
[チェリー 2008年03月03日 19:46]
お疲れさまでした☆ニャー!!
宮教での1年目を、ホントーに楽しく過ごせたなぁと実感できた日でした。 希望すれば全員出られる→昨日のスピーチの時も思ったんですけど、逆に出たくない人は出なくてもいいんですか…? いや、わたしは出ますよ!!!笑
[帽子狂 2008年03月03日 22:03]
あ、私って後輩たちや先生がた、聴きにきてくださったお客さんに こんなにあったかく支えられてるんだなーーって すごく実感した演奏会でした。 これって4年生になって初めて実感できるんだろうな…。 すごいすごい貴重な経験でした。 そんな貴重な経験がもう1回できるのを嬉しく思ってます。 来年は今年支えてくれた後輩や、ステージにたつ先輩がたを 感謝を込めてサポートしつつ、 2年後の自分を見越して、精一杯努力していこうと決意しました。
私たちの大学の卒業演奏会は、仙台市内のホールで行なわれ、卒業・修了予定の人は全員出ることができます。演奏会と書いておきますが、演奏ばかりでなく、論文発表やパフォーマンス発表もあります。
この発表会のユニークなところは、運営、受付、プログラム製作、録音、写真、アナウンスに至るまで、後輩たち全員が分担してお世話をするところでしょう。私たち教員も、みんなでバックアップします。そしてこの催しは、もう32年間も続いているのです。
1日目が終わった夜、某会員制掲示板に「日記」を書いたら、あっという間にたくさんのコメントが書き込まれました。そのひとつひとつがとても素敵で、このまま流れてしまうのは忍びないので、頂いたコメントも含めて以下に掲載させてもらおうと思います。
[きっきぃ 2008年03月02日00:40]
はい、そこのあなた!
あなたが、明日弾くことになっている人だったら、こんなもの読んでないで早く寝なさい。
あなたが、今日弾いた人だったら、まぁちょっとくらい夜更かししてもよし。あ、もう疲れて寝てるか。お疲れさま。みんな立派だった。
あなたが、今日働いた人だったら、お疲れさま。あなたの働きがたくさんだったか少しだったか関係なく、あなたの働きなしにはこの演奏会は成り立たなかった。いずれ自分たちが主役になる番が回ってくる。明日もよろしくお願いします。
あなたが、今日聴きに来てくれた人や卒業生の人だったら、応援ありがとう。かわいい後輩たちが、あの時のあなたのように、力を尽くして巣立ちます。これからもどうぞよろしく。
あなたが、私たちの学校関係者でなかったら、なんのことやらわからない話でごめんなさい。二日間にわたって行なわれる卒業演奏会の第一日目が無事終わったのでした。学生くんたちの頑張りに敬意を寄せながら、演奏会を楽しむ二日間です。
***********************************
(以下コメント)
[帽子狂 2008年03月02日 00:50]
まだ起きてる今日弾いた人です(笑)
花束の整理が今やっと終わりました… もう終わったんだと思うと寂しいですね(T_T) 新たな出発に向けてまた前進していこうと思います(^-^) ご指導ありがとうございました!そしてまたよろしくお願いします。
[tomo3 2008年03月02日 00:57 ]
今から寝ようとしている昨年弾いた人です。 あれから1年、早かったなーーーーーー 明日も行きます!!(みやきょ大好き人間みたいです
明日弾く人でこのコメント見た人は楽しんで弾いてください♪ 今日弾いた人でこのコメント見た人はお疲れさまでした!!聴いてましたよ!! きっきいせんせも、1年間のご指導おつかれさまでした☆ また明日~
[ふう 2008年03月02日 01:13]
ひい、明日弾くのにまだ起きてる人です! 早く寝ます
[あの音符の人 2008年03月02日 01:15]
だいぶ眠たくなっている今日働いた人です。
なんだか・・・・・・・弾いている方々はなおさら実感していると思いますが・・・・・・・・本当にあっという間ですね。演奏というか、卒演というか、この大学生活自体というか(汗)
もう3年生。今まで3年生の先輩という方々を2回、見てきたことになりますが、いずれも素晴らしい先輩ばかりでした。まさかその学年に(当たり前ですがw)なるなんて、全然実感が沸きません。でもこの演奏を聴いてる限り、あと2年後にはこの舞台に立っているのかなぁ、とも思わざるを得ません。 あぁ、なんだかとりとめのない文になってきました;;とにかく大学の折り返しのいま、精一杯走り抜けます!!!!!!!以上、音符からでした(笑)
[あい 2008年03月02日 02:12]
帰った途端爆睡し,変な時間に目が覚めてしまった昨年弾いた人です。
かわいい後輩一人ひとりの音楽に対する熱い思いが伝わった演奏会でした。卒業し,全くといっていいほど音楽から離れてしまった一年…やっぱり音楽っていいな,と思いました。
[みぃ 2008年03月02日 08:21]
昨日は寝てしまい先程起床しました、なんとも健康的な私ですヽ(´∀`)ノ笑
卒演とても感慨深いです。 先輩の想いが伝わって来て何度も泣きそうになりました。今日は私も今までの分を出し切ることが出来るよう頑張ります!先輩サポート致します!(`∀´)グッ
[ビンボン 2008年03月02日 08:47]
イズミティが自宅なのではないか?と錯覚しているものです。
今日もそでから、あのホールがいろんな色に染まってゆくのを、心から感じ取ってまーす。
[萌 2008年03月02日 09:03]
とても素晴らしい演奏会とは、なによりです。 あの時の、6人全員笑顔で撮った写真は宝物です。終わった人も、これからの仲間を支えてあげてくださいね。 陰ながら応援しています。
[ハニー 2008年03月02日 11:56]
関係ない人ですが、きっきいせんせーがとても素敵なせんせーであることがわかる、日記でした。 本日の成功もお祈りいたします。
[トモ 2008年03月02日 19:21]
昨年歌ったチェコかぶれの人です。 演奏会を通して、なんだかいい刺激をもらいました☆ たぶん、なにか通じるものがあるんだと思います。 風邪が長引いて1ヶ月くらいちゃんと歌っていませんが、 今週から復活したいと思います!!! 音楽のない生活って無理だなぁ~と改めて思いました。 いつか、宮教卒業生演奏会みたいなのができたらいいですよね♪
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