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2008年4月20日 (日)

納骨の日

晴天。

09:50 父のお骨やお供えなどを乗せた車で、名古屋の自宅を出発。母は、親戚の人たちと一緒に新幹線で行くと言い張る。私の運転が信用できないのだろう。

10:20 名古屋インターから東名高速へ。新緑がとても美しい。仙台の、まだ春になりきっていない空を見慣れていると、この緑は眩しい。一ヶ月くらい季節を先取りしている感じだ。

11:30 走行は順調、浜名湖PAに立ち寄る。

Pa まだ連休には間があるものの、よく晴れた日曜日、PAは混雑している。

Photo_2 うなぎ串350円、きも串250円。屋台で焼く匂いにつられる。肉厚で柔らかく美味しい。

Photo_3

浜名湖は穏やかで、初夏のたたずまい。

12:10 目的のお寺に到着。荷物を降ろして一段落ついたころ、最寄り駅に着いた母たちから、タクシーが来ないと連絡が入る。この街の地理はよくわからないが、地図を片手に、車で迎えに行く。今日はこのお寺の近くにあるスタジアムで、Jリーグの試合が行なわれる。サポーターがスタジアムに向かっているのを見かけるが、関東などに比べると出足が遅いように思う。

13:00 会食を取りながら、親戚のHさんが、自分で書いた詳細な家系図を示しながら、わが家の祖先の人々について話してくれる。高齢のHさんがいなくなったら、誰にもわからなくなるだろう。

13:50 スタジアムからは、放送が一段と大きく響いてくる。何を言っているかは聴き取れないが、キックオフ直前のムードは盛り上がっている。

14:20 お坊様の読経が始まる。ナムアミダブツの間に、スタジアムの歓声が聞こえてくる。

15:10 墓所。昨日私が戒名を書いておいた白いサラシの袋に、父のお骨を移す。石屋さんが目地を切っておいてくれているので、墓石はすぐに動いて、袋はお墓の中に納まった。

お骨箱は、燃えるものと燃えないものとに分けて、墓地の中のゴミ箱に捨てておいてください、できれば壷は小さく割って捨ててもらえるとありがたいそうです・・・と、お坊様は言う。惜しげもなく単なるゴミとして扱われることにとまどっている私を尻目に、伯母は、木箱を壊し、壷をつつんであった布に入れて、コンクリの側溝に打ち付けて割る。壷は破片となって、不燃ゴミ入れのかごの中に落ちる。誰もが結局感謝する伯母のこの如才なさは、気の毒にも時として眉をひそめられたりもする。

15:15 墓石を清めるための水をもう少し汲んでこようとした時、嵐のような雷のような轟音が響く。ゴールが決まったな。何かが爆発したようなこの大歓声は、ホームチームの得点に違いない。始まりかけた母の嘆き節も、応援の太鼓と歌にかき消される。

15:15 後半9分、ジュビロ磐田・萬代選手が、先制した大分に対して同点ゴールを決める。

15:50 お寺を出発。試合はまもなく終わるだろう。

16:30 再び浜名湖PA。今度は同乗した母は、スターバックスでキャラメル・マキアートを飲む。

17:20 おや?と思っているうちに、三ケ日あたりから渋滞が始まった。岡崎付近、豊田付近と自然渋滞は断続的に続き、延々とのろのろ運転になる。往路は順調だったのに、今度は思いのほか時間がかかる。

18:30 ようやく名古屋インターを通過。途中の地下鉄駅で、同乗していた父の従妹であるWさんが降りる。お疲れの表情。車に乗っていきませんかと声をかけたのが、こんなに時間がかかってしまっては、かえって申し訳なかったかな。

19:00 名古屋の家に到着。仏間代わりの座敷は、何だかがらんとしている。

Img_0527

翌日夕方の中部国際空港展望デッキから見た伊勢湾と夕日。

父は、写真と記憶の中だけの人となった。

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コメント

私の母も、写真と記憶だけの人となり、今日でちょうど一年になります。納骨の日のことも、まだ覚えていますよ。なんというか、不思議な感覚でした。遺骨は母の希望で自宅にもあり、毎日手をあわせているから、特別なことはしませんが、今日はお花でいっぱいにしてあげようと思っています。記憶の中に残すこと、これが一番の供養かもしれないですね。存在感が大きすぎて、忘れろっていわれても無理ですが(笑)

>のんさん
そうでしたね、のんさんのお母さんが亡くなられたことを伝え聞いたのは、こんな季節のときでした。
一年経つとどんな感じになるのかな・・・。ぼくは経験がないので、まだよくわかりません。でも、言えることは、生前よりずっと父のことを思うようになったということですね。ちょっとしたことです。こういうときは、こういう言い方をしただろうな・・・とかね。

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