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2008年8月

2008年8月31日 (日)

レパートリー

8月30日と31日、二日間にわたって、某合唱コンクールの審査員を務める。

中学、高校、大学、職場、一般に分かれて競うが、いずれもとてもレヴェルが高かった。職場団体の参加が少ないのは残念だが、これもご時世か。

自由曲でどんな作品が出てくるか、興味のあるところだが、傾向がずいぶん変わったものだなぁと思う。もちろん、これはたかだか一つの県大会を聴いただけのことだし、日常的に「合唱界」とお付き合いしているわけではないのだから、全国的な傾向かどうか、わからないけれど。

無伴奏曲がずいぶん増えたのが、まず大きな印象。私が某大学の小さな小さな合唱団と一緒に遊んでいた頃は、無伴奏曲は、有力な合唱団以外はほとんど手がけることはなかった。

難しい・・・というのがその理由だったと思うが、丁寧に練習すれば、少人数の団体でも美しい合唱ができるし、勉強になるのに・・・と、当時歯がゆく思ったことを、この2日間、多くの団体が晴らしてくれた。いくつかの、10人そこそこの、あるいは10人にも満たない団体が、大合唱団では決してできない見事なミニュアチュールを美しく響かせていたのには、思わず講評を書く手が止まった。

さらに驚くことは、そういった無伴奏曲の多くが宗教曲であることだ。合唱に関する限り、日本人はほとんどキリスト教に帰依するらしい。

なるほどラテン語は発音しやすいかも知れないが、登場した曲の多くは、ラテン語の典礼文ではなく、ヨーロッパの中心からは少し外れた国の言語なのだ。英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語あたりまでなら学ぶ手段もありそうだが、周縁の言語を勉強するのは大変だっただろうなぁ。

そして、その多くは、ほとんど知られていない作曲家の作品なのである。知られていない作曲家だからいけないということは決してない。よくぞ見つけて来ましたね・・・と言いたくなる作品も出る反面、首を傾げてしまいたくなるようなものもある。そんなにまでして、知らない国の知らない作曲家の知らない宗教の歌を、知らない言語で汗水流して勉強する必要があるのかなぁ・・・。

無伴奏でもバルトークやコダーイはやはり一流の音楽だし、ほんの数団体が手がけた、無伴奏ではないがシューマンやメンデルスゾーンはとても新鮮に聴こえた。ロマン派合唱曲は、今はあんまり流行らないらしい。

邦人作品の「栄枯盛衰」も、なかなか無常である。「楽譜が売れる」という、他のコンテンポラリー音楽作品にはない要素が合唱にはあるのだから、「流行作家・作品」が移ろうのは、故なきことではないのだが・・・。

洋の東西を問わず、流行の波間に埋もれさせるべきではない作品だってたくさんある。レパートリーの可能性が広がったのは喜ばしいことだが、選択肢が増えれば増えるほど、選曲をする人たちには卓越した審美眼とポリシーが求められるだろう。

2008年8月27日 (水)

秋田日記

大学の仕事で秋田へ出張。朝仙台を発つのでは間に合わないから、26日は前泊。

宿泊のホテルは、特別何ということもないビジネスホテルだけれど、温泉大浴場があるのがとても良い。部屋は、広いわけでもないのに、ドアを開けて入るともうひとつガラスの引き戸があってから部屋があるという、ちょっと見慣れないつくり。冬の防寒のためにはこの方が良いのかな。

27日は10時から昼食休憩をはさんで16時半頃まで、某連絡協議会。毎年日本全国で何十万人だかが参加する、もはや国家的事業、今年もまたどこかで手違いがあったと、毎年社会問題のように書き立てられるのだが、こんな複雑なシステムでは、ミスの根絶はあり得ない。午前中は、感心しながらというか呆れながらというか、それでも何とか話についていったけれど、午後、時間が進むごとに頭はメモリオーバーでフリーズしたあげく、最後はほとんどクラッシュしかけた。

Photo 昼休み、同行のSさんたちと、少し高いビルに上って、街を眺める。

秋田には「ババヘラアイス」というのがありますよ・・・とSさんが言う。彼は、この県の出身なのだ。あ、聞いたことある、どんなものでしたっけ?「おばあちゃんが、ヘラでアイスを盛り付けてくれるんですよ。だから、ババヘラ。」

そうか、どこで買えるんですかと尋ねると、「いろいろなところにいるんですよ、道端とかお祭りとか・・・あ、あそこにパラソルが見えるでしょう、あれがそうです。」

16時半過ぎ、破裂しかけた頭を少しでも早く回復させなければいけない。その国家的事業は、今の私の仕事のひとつとして組み込まざるを得ない事柄だが、私の人生にとっては少しも大切なものではない。

帰りの予定までは時間があったので、Sさんたちと別れ、秋田の街を散歩する。

Photo_2 「菅江真澄の道」と書かれた碑がある。真澄は、晩年この久保田城下に住んで、佐竹の殿様と親交があったという。

千秋美術館にふらりと立ち寄り、「日本近代洋画への道」という展覧会を観る。http://www.city.akita.akita.jp/city/ed/ss/senshu-art/

大きな美術館ではないが、立ち寄りやすい雰囲気。高橋由一の「鮭図」や「丁髷姿の自画像」、青木繁「二人の少女」など。良い時間を過ごすことができて、頭はクラッシュの危機から免れた。

喉も渇いたし、せっかくだから・・・と、千秋公園入り口のパラソルのところまで行く。「ババさんアイス 150円」、おばあちゃんが二色のアイスをヘラで盛り付けてくれる。何もかも、さっきSさんが言ったとおりだ。

Photo_3 しっとりしたアイスクリームというよりは、少しジャリジャリした感じで、シャーベットみたいでもある。ベンチに腰掛けて食べる。何となく懐かしい味で美味しい。イタリアン・ジェラートとかって気取るよりいいよなぁ・・・ババヘラアイス。

Photo_4この人がババさんのひとり。頬かむりに長袖という、農作業ルックがユニフォームらしい。

アイスが盛られたかたちはバラの花みたいだが、腰掛けたベンチの後ろ、千秋公園のお堀には巨大な蓮が群生していて、その花のようでもある。

Photo_5

蓮の葉や花の大胆なかたちと色合いを眺めていたら、秋田蘭画を思い出した。

2008年8月23日 (土)

還燈会

Photo_2 今年も還燈会に出かける。還燈会は、神奈川の家の、すぐ北側にある公園墓地で行なわれるお盆の行事。

昼間から霧雨が降って寒いくらいだったけれど、法要の行なわれた時間にはやむ。法要の前には、「越中おわら」が奉納された。「風の盆」として知られるこの芸能は、胡弓が縹渺とした音色を響かせて、独特の哀調を醸しだす。繊細で美しい。

Photo_3 亡き人を偲ぶ「献灯」。偲ぶ人の名前の書かれた灯篭に灯火を点ける。例年は自分には関係なく、横目で眺めるだけだったが、今年は父と本間先生の名前を、ひとつずつの灯篭に書いてもらってお供えした。地方によっては、「灯篭流し」として川に流すのだろう。

Photo_4 法要の後は花火大会。15分間ほどだが、首が痛くなるくらい、すぐ真上に上がるので、それはもう大迫力。縁日・屋台が出てはいるが、大勢の人が集まってごったがえすようなイベントではない。けれど、これが終わると夏も終わりと、告げられているような気がする。

8月中旬のいろいろなこと(4) 郷古廉リサイタル

8月19日(木) 夜は、鵠沼室内楽愛好会主催の「郷古廉 ヴァイオリン・リサイタル」を聴きに行く。

会場は、鵠沼海岸駅から15分ほど歩いたところにあるラーラ・ビアンケというレストラン。瀟洒な建物のホールのテーブルを取り払い、さまざまなデザインの椅子をぎっしり並べて、サロンコンサート会場とする。この愛好会は、もう18年も続いていて、このコンサートが第265回目であると聞いて驚いた。夏には若手を紹介するシリーズを続けているとのこと。

郷古くんのことは、7月5日の記事にも書いたばかりだが、今回は、ピアニストの上田晴子さんとの初顔合わせでのリサイタル。曲目は、ブラームスのソナタ第2番、エルンスト「練習曲第6番『夏の名残のばら』」、武満徹「悲歌」、そしてフランクのソナタ。変化に富み、弾き手にとっても聴き手にとっても、充実したプログラムである。

郷古くんの素晴らしさのひとつは、その音楽をどんなふうに弾きたいのか、考えがしっかりしていて、すべてのフレーズ、すべての音楽的部品のひとつひとつに、確固とした意志がこめられているところだろう。音楽的部品を考え過ぎて作為的に作り過ぎると、流れが悪くなりがちだが、そんなことはまったくない。大きく流れを作る意志と、細部を磨く意志とが、過不足なくバランス良く共存しているから、快く身を任せて聴くことができる。

ピアノの上田さんの縦横無碍な音楽作りが、彼の良さを一層引き立てる。そして、彼の若さと、おそらくは若さのせいだけではない潔癖な性分が、聴衆におもねるような音や仕草を一瞬たりとも示すことを許さず、青年僧のように研ぎ澄まされた精神集中を可能にしている。現在のところ、まだ音楽の無限なる幅を自在に表現できる段階ではないかも知れない。けれども、これからさまざまな音楽家と共演し学んでいくことで、懐の深みはさらに増していくだろう。そして、彼の美質はもっと自然な営みとして、音楽の上に滲み出てくるだろう。

客席の後ろの方に座る。そして、彼の演奏を初めて聴く人たちが、その音楽に感嘆の思いとともに引き込まれていくのを見るのは、とても誇らしく楽しい。

昼間の「フェルメール展」、そして夜のこのコンサートと続けて、優れた芸術から元気を分けてもらった一日だった。

8月中旬のいろいろなこと(3) フェルメール展

8月19日(火) 午後、東京都美術館へ「フェルメール展」を観に行く。

17世紀、オランダのデルフトという町で描かれた風景画、建築画、風俗画などとともに、7点ほどのフェルメールの作品が出品されている。

フェルメールという画家の作品のすばらしさについては、今さら書くまでもないことだが、実物を見て、その美しさに本当に言葉を失った。

光の描き方の巧みさについていろいろ語られるが、ここに描かれた光、主に左側の窓から差し込んでくる外光は、無限のニュアンスをもって画面の中で踊っている。しばらくじっと眺めていると、その場面にふわりと吸い込まれていくような感じになる。そして、光の音が聴こえるようだ。いや、光の音ではなく、部屋の外で鳴っている音、風のそよぎや人の話し声、鳥の鳴き声などが、光とともに部屋の中に入ってくるようだ。

それに、フェルメール画は様々な物語を空想させる。手紙を書く婦人、床に紙と蝋が落ちている、それに気づいているのかいないのか、婦人は急いで書いているようにも見える、彼女の表情からは、楽しい手紙なのかつらい手紙なのか、まったくわからない、傍らの召使いは窓の外に何を見ているのだろう、召使いの左手の指は長くてきれいで、水仕事など厳しい仕事をしているようには見えない、テーブルクロスの皺に当たる光の書き分けの見事さはどうだ、床石の白い部分はくすんでいるのか、それともこういう模様なのか。手前左側の画面を縦に遮っているのはカーテンだろうか、この手前には部屋があるのだろうか、そうだとしたらどんな部屋なのだろう・・・。

フェルメールにハマっている人は多いようだが、その気持ちはとてもよくわかる。

場内が混雑しているのではないかと恐れたけれど、幸いそれほどではなく、絵の前でとてもゆっくり時間を過ごすことができた。http://www.tbs.co.jp/vermeer/

8月中旬のいろいろなこと(2) 名古屋の夏

8月14日(木)~16日(土)は、名古屋へ。

父の初盆。でも、お寺での行事は6月末に早々と済ませたので、母が自宅で毎年していることを眺めに行っただけである。

もうとにかく暑い。連日36度だの37度だの。自宅の2階に上がっていくと、空気が薄くなっていくみたい。窓を開けようと思って見ると、窓はすでに開いていたりする。この街の夏は、とにかく風がそよりとも吹かないのだ。

Photo ギラギラぶりを、写真に撮ってみる。これでは伝わらないかな。

Photo_2 こちらのギラギラぶりはいかが?

名産の海老せんべいを、黄金色の缶におさめた商品だそうだ。中身は、なじみ深い海老せんべいだけれど、このパッケージデザイン、いかにも名古屋っぽいセンスではないか。私は、名古屋生まれ、名古屋育ちだけれど、こういう素質が自分にもあるかも知れないとは思いたくないなぁ・・・。

2008年8月21日 (木)

8月中旬のいろいろなこと(1) バルトークの合唱曲

8月12日(火) 福島コダーイ合唱団の東京公演を聴きに行く。トッパンホール。

演奏されたのは、バルトーク「児童と女声のための合唱曲集」全曲。「27の合唱曲」というタイトルでも知られている。

この合唱団の主宰者である降矢美彌子先生が、ご苦労されてこの作品を翻訳付き楽譜として出版されて(全音楽譜出版社)、その記念と銘うっているわけではないけれども、客演指揮にウグリン・ガーボル氏を迎えての演奏会が開かれた。

この作品は、合唱曲のお手本のように思える。1分足らずの短いものから、長くても3分程度だが、全27曲の中に、合唱の様々な音楽的テクニックがふんだんに詰まっている。歌う人たちにもそうだろうし、作曲する立場にとっても優れたお手本だ。

私も、かつて某大学の極小合唱団に付き合っていた頃、何年か続けて、半分以上の曲を楽しんだことがある。もちろん、この日の演奏は、それとは比べようもない本格的なものだ。降矢先生とのご縁から、ウチの学生くんが何人も参加していたが、全曲をマジャール語で歌うのは容易ではないけれど、良い経験になったことだろう。

2008年8月14日 (木)

8月上旬のいろいろなこと

8月5日(火)は、仙台七夕前夜祭の広瀬川花火大会。

0808 花火の写真を撮るのは難しい。美しい円が捉えられず、火花が散ったところばかりが撮れてしまって、どうしても爆撃みたいに見えるのだ。

私の仙台の家からも、少し遠いが見ることができる。寝っころがって冷たいものを飲みながら見物。いいでしょう。

6日からは、Mさんを初めて大学にお招きして、集中講義をしてもらう。古くからの友人であるMさんは芝居の演出家。この集中は、芝居を仕上げることが目的ではなく、文章をきちんと読み込んだ上で、臆せず声に出して、内容を人に伝えるというようなことをお願いした。

0808_2 子どもが書いた詩や詩人による「少年詩」を、次々と読んでいくことから始まった。1日目が終わってみれば、みんなで110編もの詩を読んだそうだ。2日目からは、散文、独白文と進み、最後は短い戯曲を読む。ほんの少しだけ動きもつけて。本格的な戯曲って、みんな読んだことなかっただろうなぁ。

冷房のない演習室で4日間全15コマは大変だったけれど、Mさんはとても熱心に指導してくださったし、学生くんたちも楽しそうだった。学生くんたちが、4日間でどんどん変わっていく様子は、なかなかの驚き。

010808 そして、6日からの3日間は、ちょうど仙台七夕と重なった。(写真はクリックすると、大きく表示できます。)

020808 連日夜まで授業をしてくださるMさん、ちょうど夏休みなので毎日お手伝いに来てくれた卒業生のNさんと、七夕の街に突入。最終日は、さとてぃせんせも加わって、仙台の魚料理を堪能。まだ宮城県で水揚げされたものではないが、秋刀魚の刺身、脂がのっていて美味しかったなぁ。本格的な秋刀魚の季節が楽しみ。

2008年8月 5日 (火)

クマゲラ!?

8月1日(金) 朝早く学校に行ったら、看護師のAさんが、誰かと話しながら木を見上げている。

「何かいるんですか?」と尋ねてみたら、「クマゲラ!」という返事。え、クマゲラ?どこに?「ほら、あそこ。穴からヒナが顔出しているでしょ。昨日あたりから、もう巣立ちそうなんだけど。」

クマゲラ。北海道と東北の主に北部に生息する大キツツキ。天然記念物で絶滅危惧種。

Photo こんな、すぐそばを車が通るようなところに、よく巣作りしたものだねなどと感心しながら、しばらく眺める。望遠レンズを持っていないので、写真を撮ってみたもののぼやけてしまった。でも、良かったらクリックして大きくして見てください。真ん中あたりに、穴から顔を出しているクマゲラの子が見えます。何ともきれいに丸く穴をあけたものだな。さすがキツツキ!

ずっと眺めていたかったが、授業の時間が迫ってきたので教室へ向かう。キィーッという甲高い大きな声がずっと聞こえていた。その後ろでは、ヒグラシの大合唱。ヒグラシ、つまりカナカナ蝉は、高原で夕方に啼くというイメージを持っていたのだけれど、学校の朝っぱらでも盛大に啼くものらしい。まぁ、山には違いないですけれど。

この日で、ようやく私の担当する授業は終わった。

2008年8月 4日 (月)

7月のいろいろなこと(6)

7月30日(水) 午前、広報誌の編集打ち合わせ。午後、入試実施の会議。夕方は、授業群の打ち合わせ会議。他には何もする暇もなく、一日が暮れる。

大学教師という種族は、授業以外はのんきに遊んでいると思われているとしたら大変な誤解である。こういう一瞬の隙もない日は決して珍しくないのだ。昨日(29日)だって、10時半から始まって、3つのコマの授業が終わると18時。そのあとちょっとした勉強会があったので、終了20時。午後のはじめこそ空き時間だったけれど、授業の準備をしたり書類を書いたりしているうちに終わる。

夜は、28日の大発表会の打ち上げ。明日朝が早いので、酒量は控え目。というより、最近はもうあまりたくさんは飲めなくなった。

7月31日(木) オープンキャンパス。毎年、来場者が増えて、今年は2600人近い数だったそうだ。朝9時過ぎから、大教室で30分間の概要説明を2回、その隙間をぬって入試相談のブースで対応。13時30分過ぎまで、ほとんど喋りっぱなしでいたら、さすがに気分が悪くなってきた。研究室の冷房をガンガンかけて、買ってきたお弁当を少しずつ食べたら、少し元気が戻ってきたので、14時過ぎからまた相談ブース。15時半まで。

しみじみと疲れたから、夕方、アイスクリームを食べる。食べることしか疲労回復の手段はないのかい。

このままずっと研究室でヘタレているのもいかがなものかと思い、招待券を頂いていた「パンパシフィック・ユースオーケストラ仙台公演」というものに出かける。仙台・電力ホール。

アメリカ在住の台湾人作曲家、温隆信氏が率いるグループなど4団体の合同ということだが、メンバーのほとんどは台湾系の人たち。オーケストラと銘うっているが、フル・オーケストラではなくて弦楽オーケストラ。ピアソラのヴァイオリン協奏曲という告知があったので期待して行ったら、何のことはない「ブエノスアイレスの四季」をヴァイオリン協奏曲仕立てに編曲したものだった。他に、ドヴォルザークの弦楽セレナードやバルトークのディヴェルティメントの一部、温氏の作品などが演奏される。それにしてもお客が少ないし、残響が皆無のホールだから、演奏者たちには気の毒だ。青年たちの未来に栄あれ!

気分転換にはなったけれど、もう一押し何かが必要と思ったので、スーパー銭湯に寄って帰り、爆睡。

7月のいろいろなこと(5)

7月28日(月) 学校で「作曲 夏の大発表会」。大発表会って意味不明だが、何となくこの方が威勢がいいかなと思って。

作曲の授業を取っていたり、覗きに来たりしている9人の11曲と、別の授業の3人も加えて、12人の曲が世界で初めて音になった。

本当に生まれて初めて作曲したという短い作品もあるし、ずっと続けてきた4年生ともなると本格的なソナタやソナチネを書いている。いくら短くても、それは世界にふたつとない数小節なのだから、大切にしてほしいな。

「へぇ~・・・見かけによらない曲だよね」というのもあるし、いかにもその人の曲だよなぁ・・・というものもある。プロの作曲家と違って、技術でごまかせない分、作曲者の地が出てしまうのだ。これまでどういった音楽人生を歩んできていて、実はどんな性格なのかも、ある程度は推測できるかも知れない。

私自身は、レッスンと言っても何もしないし、何も言ってないようなものだ。みんなそれぞれ、自分で何とかして続きを考えてきて、いつかは完成する。もちろん、私自身の好き嫌いはあるけれど、そういうことは一切言わないことにしているので、結構みんなやりたいようにやっているのではないかな。

通年でこの授業を開くのも、もしかしたら今年が最後かも知れない。残る後期も楽しくやってもらいたいものだ。

7月のいろいろなこと(4)

7月27日(日) 東京室内歌劇場公演、間宮芳生作曲のオペラ「夜長姫と耳男」を観る。第一生命ホール。

第一部は、竹澤嘉明さんの独演で昔噺「おいぼれ神様」(詩=大岡信)。

もう何度も観ている演目だが、怪演の度合いはどんどんエスカレートしているような気がする。それは大変結構なことだが、竹澤さんをもってしても詞が全部は聴き取れない。作品の、音と言葉の関係に問題があるとは思われない。ホールが完全にコンサートホール仕様であることにも原因があるだろうけれど、一体どうしたら良いのだろう。ものすごく面白い内容なのに、客席には詞が半分くらいしか伝わっていないように思う。

第二部がオペラ「夜長姫と耳男」。坂口安吾原作、友竹正則台本で、指揮は寺嶋陸也、中村敬一の演出。

1990年に水戸芸術館で行なわれた初演を観ているが、正直言って、その時は何だかよくわからなかった。夜長姫だの長者だのが登場するとなると、何やら昔話めいて聞こえるが、原作は、壮絶なシチュエーションの上で、真の芸術が生まれることの厳しさを見つめている。しかし、そのシチュエーションのとんでもない凄まじさは、スプラッターさながら。

しかし、今回は響いてくるものが多くあった。まず、音楽が壮絶な設定と堂々と対峙して美しく、生命力が漲っている。そして、演奏は、5名の歌手も8名の器楽も、周到に準備されたアンサンブルで、強い説得力があった。初演の時は、おそらく私が勉強不足だったせいでよく理解できなかったところが、今回は最初から最後まで腑に落ちた。

前日は別キャストでの公演があったのだが、スケジュールの関係でこの日しか観ることができなかったのは残念。しかし、いつもながらのボヤキになるが、このように優れたオペラが、初演以来18年も放置されてしまう現状は、そろそろ本当に何とかならないものだろうか。

ちなみに間宮先生は、来年新作オペラを発表される予定。来年は御歳80歳になられるが、かくしゃくという言葉さえ失礼なくらいお元気。新作の題材は、首だけが生命維持装置で生き続けるという倉橋由美子の近未来小説「ポポイ」。またスプラッターかしら。

2008年8月 3日 (日)

7月のいろいろなこと(3)

7月26日(土) 仙台フィル第230回定期演奏会を聴く。仙台市青年文化センター・コンサートホール。

指揮は山下一史氏で、ブラームス「悲劇的序曲」、ハイドンのチェロ協奏曲ニ長調(チェロ=横坂源)、シューマンの交響曲第2番。

今回も、讀賣新聞の「仕事で」聴きに行っているので、感想の詳細は省略。今回は、シューマンの2番を少し勉強できたことが良かった。いろいろなリズムがやんちゃに跳ね回り、力ずくでコントロールしないとバラバラになってしまいそうな曲だが、力業で押さえすぎるとつまらなくなる。指揮者の思い入れの強さが、空回りすることなく全体のエネルギーとなった。白熱した演奏だった。

7月のいろいろなこと(2)

7月25日(金) 板橋健独唱会を聴く。仙台市戦災復興記念館ホール。

私たちの大学の先輩先生である板ちゃん先生、間もなく古希を迎えられるそうだが、毎年1回、独唱会を催されていて、今回は第27回。その尽きない意欲には頭の下がる思いだ。しかも、今年の曲目は、シューベルト「冬の旅」全曲。休憩なし。

「1時間20分立ってるだけでも大変よぉ!」とおっしゃるが、もちろんただ立っていたわけではない。リートと日本語の語り物的歌曲に力を入れてこられた先生だが、最近の中で最も印象的な会となった。近年、音楽的パートナーにピアノの倉戸テルさんを得てから、表現がますますのびやかになられたのではないだろうか。もちろん、大学を退官して自由になったという要因もあるだろうけれど。

後でテルさんが、「『冬の旅』をコンサートできっちり(勉強)できて良かった!」と言っていたけれど、どちらかといえば器楽奏者のパートナーが多い彼のようなピアニストにとっては、そうだろうなぁ。友人の器楽奏者に、「ねぇ、このソナタ、一緒にやらない?」というのはあるだろうけれど、たとえ友人でも、声楽家に「ねぇ、『冬の旅』一緒にやろうよぉ・・・」とは、軽々しく言えないからだ。

お二人の共演は、来年の予定もすでに決まっているようで、楽しみだ。

7月のいろいろなこと(1)

7月は、すっかり更新が滞ってしまったので、書き落としていることをいくつかメモしておきたいと思う。

7月10日(木) ルツェルン交響楽団演奏会を聴く。東京エレクトロンホール宮城。東京エレクトロンホール宮城とは、どこにあるのかわかりにくいが、宮城県民会館のこと。ネーミングライツで、最近はこの名称になっている。

プログラムは、ウェーバー「魔弾の射手」序曲、グリークのピアノ協奏曲、ブラームスの交響曲第1番。指揮=オラリー・エルツ、ピアノ=ニコライ・トカレフ。

ウェーバーを聴きながら、すでに嫌な予感がしたのだが、この指揮者の表情過多ぶりには、最後までついていけなかった。小枝ばかりを見せることに腐心していて、森が見えない。トカレフが、音色のすばらしい変化と音の切れで表現しようとしているのに、見当違いにロマンチックなニュアンスばかり付けてダラダラする。そんなわけだから、グリークの謎は未だに解けない。トカレフのソロだから、今回は解けるかと期待していたのだけれどな。

ブラームスに至っては、落ち着かないことこの上なし。重厚で「ドイツ的」な演奏ばかりが良いとは思わないけれど、これはあんまりではないか。どっしりと構築された音楽に向き合った充実感も高揚感もなく、ただただ慌しいだけで終わってしまった。アンコール、シベリウス「悲しきワルツ」とブラームス「ハンガリー舞曲第6番」の、意味のない小賢しいニュアンス付けには、腹が立った。オケは、良くも悪くもヨーロッパの地方都市の音がする。日本のオケの音との違いは面白いが、もっと違う指揮者で聴いてみたい。

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