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2008年9月

2008年9月29日 (月)

「12の前奏曲」

1992年の作品、ピアノのための「12の前奏曲」が、カワイ出版から新しい楽譜となって出版されました。

この作品は、1994年に出版されていたのですが、このたび「コンサート・ピアノ・ライブラリー」というシリーズの中に入れてもらえることになったので、装丁が変わり、リニューアルされたのです。この機会に、実はたくさんあった音の誤りをすべて訂正しました。絶版になることはあっても、再版になることなど滅多にないので、とてもありがたいことです。

1992年のコンサートは、ピアニストの志村泉さんが、3人の作曲家がそれぞれ12曲ずつ作曲した「前奏曲」を、合計36曲初演するという企画でした。一緒に初演された萩京子さん、寺嶋陸也さんの「12の前奏曲」も、同じくカワイ出版の「コンサート・ピアノ・ライブラリー」として、最近出版されました。36曲の楽譜が揃ったわけです。

萩さん、寺嶋さんの作品ともども、どうかたくさんの人の目に留まりますように!

左サイドバーの「このブログで話題になった本」のところで、Amazon へリンクしておきます。

2008年9月27日 (土)

寺山修司◎劇場美術館

郡山市立美術館で、「寺山修司◎劇場美術館」と題された展覧会を観る。

郡山市立美術館は、郡山駅から約4キロ、タクシーで10分(1500円)程度の丘陵地にある。平成4年開館の、新しくモダンな美術館。

「寺山修司◎劇場美術館」は青森で先行展示されたものだが、行くことができなかったので、郡山へ追っかけた。10月19日まで。

Photo車寄せに着いたタクシーから降りると、いきなり目に飛び込んでくるのは、たくさんの寺山修司の等身大のパネルだ。うん、やっぱりこう来なくちゃね。

2 展示されているのは、写真、原稿、本、台本、ポスター、オブジェなどなど、寺山が愛用したという、ポックリのようなサンダルまで。

寺山修司の活躍は、リアルタイムで知っているし、寺山をめぐる様々な本や写真集なども読んできたから、初めて見る驚きは薄いが、活動をヴィジュアル戦術でアピールした足跡は、個人的な懐かしさを超えて、今でも強烈だ。

会場には、予想通り(?)「アメリカよ!」を読む寺山自身の声が流れている。青森訛りのあの声は、ある種の時代的感興を催させる。ポスターとして見たことのある横尾忠則の原画が、キャンバスにきっちりと油彩で書かれているのは特に印象的だった。

1983年に亡くなったのだから、もう四半世紀も経つ。47歳という生涯で、何と厖大な仕事をしたことだろうと、あらためて思う。寺山の当時の活躍を知らない今の若い世代の中にも、「テラヤマ」に対して、憧れのような興味を持つ人たちがいるようだ。寺山の遺した仕事が、おそらくは誰もが持っている「怖いもの見たさ」、「禁忌を覗くようなスリル」への好奇心を刺激するからだろう。

http://www.city.koriyama.fukushima.jp/bijyutukan/index.html

3

2008年9月26日 (金)

仙台フィル9月定期

仙台フィル第231定期演奏会を聴く。

曲は、モーツァルト:「魔笛」序曲、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番、シューベルト:交響曲ハ長調「ザ・グレイト」。指揮はハンス=マルティン・シュナイト、ヴァイオリン独奏は川久保賜紀。

これも、讀賣新聞宮城版にレヴューを書くことになっているので、ここでは詳細は省略。10月中旬の新聞記事をご覧ください。

川久保氏の涼やかな音色と、老巨匠の愛すべき音楽を楽しんだ。マエストロには、ちょっとハラハラさせられたところもないわけではない。いつも一緒にやっているオーケストラならば対応できることでも、短期間の客演ではなかなか難しいんだろうなと思う。しかし、それはそれとして、最後には、落ち着いた音楽をじっくり聴かせてもらった充実感が快く残った。

2008年9月22日 (月)

ヴィエトナムのマグカップ

少し前のことになりますが、同僚のさとてぃせんせが、ヴィエトナムでお土産にマグカップを買ってきてくださいました。

さとてぃせんせは、ヴィエトナムの古典音楽についてのプロジェクトに関わっておられて、もう何十回もヴィエトナムへ渡航しておられるのです。あ、何十回も・・・は、言い過ぎか?

Photo 農民画風でとてもかわいいのですが、どうして顔というか頭というか、こんなに90度も回転しちゃってるんだろう。画像はクリックすると、少し大きく表示できます。

そして、帰国されてしばらく経ってから、絵葉書が届きました。

Photo_2実は、だいぶ前にも、ここでヴィエトナムからの絵葉書を紹介したことがあります。2006年4月16日の記事をご参照ください。

まるで、その時の絵葉書の続編のようです。以前のものは、たくさんのアヒルたちが、バイク(スクーター?)の籠に押し込められて、運ばれていく写真でした。そして、今回のは、運ばれた先の(?)市場で、アヒルたちが並んでがぁがぁ言ってます。いや、写真なんだから音は聞こえないけれど、言ってるに違いない。

それにしても、面白い図案ですね。いくら活気があって面白くても、築地市場や仙台朝市の写真は絵葉書にはならんでしょう。

次の絵葉書は、食卓に並んだアヒルたち・・・とかいうのはやめてね。

2008年9月14日 (日)

オペラ「そしてみんなうそをついた」

オペラシアターこんにゃく座公演を観る。林光さんの新作。東京・六本木、俳優座劇場。

タイトルは、原作である芥川龍之介「藪の中」の内容を象徴するもの。原作では、登場人物である「木樵り」、「旅法師」、「放免」、「媼」、「多襄丸」、「女(真砂)」、そして「金沢の武弘の霊」が、藪の中で起こった出来事を語っていくが、それらの証言は少しずつ食い違っていて、結局誰がどのようにして武弘を殺害したのか、わからないようになっている。

作曲者自身による台本は、原作では一人ずつ順番に語られる証言をバラバラにして組み合わせ、モノローグドラマを劇的構造に変換させた。その組み立てはとても面白く、ただでさえわかりにくい「事件」の核心が、もっとわからなくなった。

けれども、おそらくは「もっとわからなくなる」ことこそ、台本作者・作曲の狙いであって、ひとつの「真実」が存在するかのように見えて、実は何が「真実」かわからないという話を用いながら、「真実はひとつである」という公式など、人間の営みにおいてはそれこそ「真実」ではなく、そもそも「『真実』とは何か。どこかに必ず存在するひとつのものなのか」と問いかけてくる。もとより、武弘殺しの犯人探しはオペラ化の目的ではない。

「こちらの調査結果こそが『真実』である。」と主張し合うのは、非常によくあることだ。例えば、戦争の後始末に失敗したこの国は、今でも近隣諸国から、教科書に載っている「真実」の正当性について異議を出され、そのたびに関係がぎくしゃくする。「みんなうそをついた」かどうか、それすら不明な事象が人間社会にはあるのだということのみが、本当の「真実」なのかも知れない。

最近の林作品の音楽書法の簡潔さについては、すでに一つの様式が確立されているようにさえ見える。歌のパートに対して楽器パートは、背景ではあっても伴奏であることはほとんどない。歌パートは楽器に対して優位ではなく、それぞれの楽器も、歌パートと同価値のひとつの声部としてアンサンブルを成す。言い方を換えれば、歌パートもアンサンブルの声部のひとつに過ぎない。

楽器は、クラリネット、ヴァイオリンに太棹三味線、打楽器、ピアノが加わる。どの楽器も(ピアノですら)、声部を成す線の1本として機能させる部分が多い。それだけに時折鳴る不協和音のインパクトは強く、全体に音の数は多くないだろうと思われるが、音楽はとても雄弁だ。

演出は、座の中心的な歌役者である大石哲史さん。京都生まれである彼の出自が、歌われる詞のイントネーションも含めて、作品の地理的背景を的確に押さえることに役立っている。

原作が求める登場人物の他に、二人の「添乗員風の女」と二人の推理者(?野次馬?)が登場して、音楽を中断させ、証言に注釈を加えたり、疑問を発したりして、「真実」がますますわからなくなることに貢献する。ただ、その登場頻度が多いので、そのたびに音楽の流れも私たちの思考通路も寸断される。そして、かえって説明的になってしまう憾みも感じる。これらの付加的人物を割愛すると、作品全体の表現力がどれほど落ちてしまうものなのか、いつか音楽だけ通して聴いてみたい気がした。

それはともかく、「放免」に扮する富やんの風貌は、すごいハマり方だったなぁ。こんなに迫力ある坊主頭はなかなかないだろう。彼の主演で「薮原検校」を観てみたいものだ。

2008年9月 7日 (日)

思う会

1081080_imgもはや伝説の人となってしまったが、原田力男というピアノ調律師がいた。

・・・などと書き始めると、この記事は長大なものになってしまう。

音楽や文筆、演劇関係者、学者などたくさんの著名人を顧客に持ち、コンサートを制作し、自身の意見を吐露する場として、ガリ版を切って印刷し、友人知人に配って歩いた。

ある日突然ポストに投げ込まれるガリ版通信は、多くの人を面白がらせたり、考えさせたり、怒らせたりした。この点で彼は、言ってみればブロガーのハシリだが、今だったらブログという便利な手段を使ったかどうかはわからない。

若い音楽家、学問者を応援したが、青年たちの内に、軽薄な物言いや、テングになっているような行動を嗅ぎつけたりしたら、容赦なく叱咤した。「権威」におさまってふんぞり返るような輩が大嫌いだったのだ。

私は大学受験浪人が終わる頃、この人とひょんなことから知り合いになり、その後、彼がコンサート制作にムキになっていくきっかけを作ることになってしまう。

私の東京でのデビューも、彼の制作したコンサートだった。その同じコンサートで、私と同じ大学に属していた「先輩」もデビューする。父が著名な編集者だというその青年の名前は坂本龍一だ。

原田さんは、大学生の私を引き回して大人の世界に、つまり大人たちの集まるバーなどによく連れて行ってくれた。武満徹さんや松村禎三さんと一緒になったのもバーの止まり木だったし、作家の中井英夫さんにもよくお会いした。中井さんは、「虚無への供物」という長編でよく知られた作家である。私は、何という生意気で贅沢な大学生活を過ごしていたのだろう!

その中井さんに「夜翔ぶ女」という短編がある。主人公の名前が「吉田和夫」というのだが、これはもしかして私の名前から取りましたかと尋ねてみたかった。しかし、その時を得られぬまま、機会は永久に失われた。

・・・そんなことを書き続けていたら、きりがない。

病魔に蝕まれてからは、体力が必要なコンサート制作は止め、若い学問者の研究発表を聴く小さな勉強会を主宰した。音楽学、美術学、宗教学など、ジャンルを問わなかった。医学や哲学を学ぶ青年もいた。当時の若き学徒たちは、現在ではベテランと呼ばれる位置にいる。

コンサートも含めて、これらの活動はすべて彼の手弁当で行なわれ、入場料などを取ることは一切なかった。この活動は自分の「余技」なのだから、誰からも金銭的援助は受け取らないのだと開き直っていたが、金銭を受けることで性根が浅ましくなることを警戒していたのだろう。同時に、「余技」の持つ大きな力を信じていた。

しかし、「ぼくらの創作活動は、余技ではないのに・・・」と、若かった私は考え、彼のそんな姿勢に巻き込まれることに、反発を感じたこともある。

亡くなってから、はや干支を一回り過ぎた。数奇な人生、生涯独身だったから、友人たちが終末の面倒を見てきたが、このたびは、その友人たちの発起によって、「原田さんを思う会」が催された。

皆で昔話をしても原田さんは喜ばない、と考えたのだろう、勉強会のメンバーでもあった高久暁さんが、「中国のピアノ教育に接して」というタイトルで発表を行なった。かつての勉強会の一日限りの再現である。かつて顧問のような存在だった戸口幸策先生もお見えになった。

1081086_img 高久さんは、ギリシャの作曲家スカルコッタスや、ロシアの作曲家メトネルなどを研究している音楽学者だが、近年は、Chinese Pianism ということにも興味を持っているそうだ。話は、狭義の「ピアノ教育」に留まらず、中国のピアノ音楽事情全般をめぐって約3時間。ウィーン楽友協会で毎年催されているというチャイニーズ・ニューイヤー・コンサートの話などにも及んで、とても面白かった。

1081084_img 会場の「こどもの城」研修室から外を見ると、別棟の屋上で子どもたちが遊んでいるのが見える。不思議な景色。その下は青山通り。

この後、凄まじい雷と豪雨になって帰るに帰れず、レストランで高久さんらと話す。この場に原田さんがいないのが物足りないけれど、同時に、彼がいた時代が遠い遠い昔のことのようにも思える。

彼が今もし元気でいたら、この平成という時代の浮薄な文化状況を、すっかり軽蔑しただろう。しかし、それでも彼はあの頃のように、今の若い音楽家や学徒たちのうちに、志と希望を見出そうとしただろうか。

2008年9月 4日 (木)

激励会

私が学年担当をしている学年の学生、ズッケンが半年間イタリアの姉妹校に留学することになった。同級生が集まって、激励会を開く。

1081059_img わたるが焼いてくれたお好み焼き。美味しそう・・・というか、美味しかった。女子テーブルでは、すごい勢いでお好み焼き、焼きそば、肉類、魚介類、野菜類、その他いろいろなものが焼かれどんどん消費されていったのに対して、ボーイズテーブルでは、かたちの美しさなどにこだわり、ひとつひとつ時間をかけて丁寧に焼いていたのが面白い。

この学年は、音楽系と美術系が一緒にいるクラスだけれど、1年生の時からとても仲が良い。この日は、美術のN先生も参加。そういえば、半年先行して留学したさやかさんの激励会には参加できなかったな。間もなく帰ってきたら、お帰りなさい会をやらなくちゃね。

1081064_img

この悪童(ばちあたり)どもも、もう4年生なのだ。ズッケンとさやかさんは留学のために半年休学するので、みんな揃って卒業できないのが残念だな。留学という、積極的な理由だから卒業遅れも致し方ないけれど、彼が戻ってきた時には、同級生はみんな卒業している(はず)。

1081077_img_2 そういうわけで、いぢられまくるズッケン。

2008年9月 1日 (月)

散歩

週末のスケジュールがハードだったので、大学の仕事を早仕舞いして、夕方散歩に出る。

Photo 小鹿田焼の猪口。大分県。おんたやきと読む。

衝動買いには違いないが、後ろめたさを感じない安価ながら、すっきりした景色が気に入って、立ち寄った民芸品屋さんで購入。柳宗悦やバーナード・リーチも絶賛した窯元だという。

01 写真を見れば、きっと知っている人も多いだろうと思われる、仙台市内の某カフェ。どこにあるかは内緒。

02 置いてある本を手に取って拾い読み。ゆっくり過ごす。

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