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2008年12月20日 (土)

秋から冬へのコンサート(3) 東混定期演奏会

12月18日 東京混声合唱団第217回定期演奏会(東京・日大カザルスホール)

間宮芳生先生が自作を含めて4作品を指揮。曲目は、ブラームス「マリアの歌 作品22」、間宮「三色草子」、ベルイマン「4つの絞首台の歌」、間宮「合唱のためのコンポジション第8番」、「12のインヴェンション」より。

ブラームスは、間宮先生が三和音はどのようなバランスで響かせるべきかなど、音楽理論にからめたレッスンに長い時間を取ったというだけあって、絶妙なバランスで響く。「ドイツ民謡集」など民謡に基づいた創作は、ブラームス作品の中でもとびきり美しいが、この作品22もそのひとつ。

民謡詩に基づいた創作ということで、次の「三色草子」に繋がっていく。伝承の「田植草子」の詞によるこの作品は、今までは児童合唱で聴く機会が多かった。東混の女声で聴くと、少し感じが違う。やんちゃさが抑えられ、ルネサンス合唱曲のように鳴る。

ベルイマン作品は、「スピーチ・コーラスと3人の語り手のための」という副題付き。絶対音高のないリズムと音の相対的な高低だけで構成されている。歌詞はほとんど意味がわからない。割合短い曲。

ここまでに、ホモフォニー、民謡、ルネサンス的ポリフォニー、ノンセンス・シラヴルといった、間宮「コンポジション」のキーワードが出揃ったかたちとなる。

「合唱のためのコンポジション第8番」を聴くのは、念願に近いものだった。1971年に初演されて以来、初演後まもなく再演はあったものの、30余年にわたって演奏される機会がなかったからだ。3群の合唱、3人の指揮者が必要という大きな仕掛けが、再演を妨げたかも知れない。今回は2群の合唱と2人の指揮者のために改訂され、この時が初演。もう一人の指揮者は田中信昭先生。

重層的に響き合い、反発し合う音楽は、実に豊かであり、同時にしばしばユーモラスでもある。シアターピース的な要素もあるが、儀式を演出しているようでありながら、作為から解放された自然体の存在感が感じ取れるのが面白い。

20数分の作品だが、もっと長いような気がした。退屈して長く感じたというのとは違う。時計の時間とは明らかに違う「時間」が、それこそ重層的に流れるから、聴き手の体内時計では測れなくなってしまうのだろう。30余年ものおクラ入りはもったいない傑作だ。20数分なのに、もっとスケールの大きな、時計では測れない時間芸術の姿が現われる。

「12のインヴェンション」は、<でいらほん><稗搗唄><知覧節>の3曲。自作自演は、どの作品も過剰なニュアンス付けに陥ることなく、曲の構造を明らかにするような在り方。アンコールの<まいまい>で、「ノートルダムミサ曲」の遠いエコーが聴こえてきたのは面白かった。何度となく聴いている曲だが、迂闊にも今まで気づかなかった。

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