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2008年12月

2008年12月31日 (水)

「明日の神話」

先日、渋谷駅を通ったら、いきなり岡本太郎「明日の神話」が現われて、驚いた。

メキシコのホテルのロビーに飾られるべく制作された巨大な壁画だが、計画が頓挫し、この作品も長らく行方不明になっていた、近年発見されて、今後どこで、どのようなかたちで保存するか検討されていた、その結果、設置場所が渋谷に決まった・・・というところまではニュースで読んでいたけれど、こんなところに設置されたのは知らなかった。

Photoオフィシャルホームページはこちら→ http://www.1101.com/asunoshinwa/index.html

「だれもがいつでも見られる」という作者の希望にはぴったりだし、こんなふうに街のど真ん中に芸術作品が展示されているのは贅沢なことだ。そして何より、恒久的な展示場所が定まって良かった。今後、わざわざ観に来る人も増えるだろう。ただ、あまりにも人通りの多いところだし、作品自体がでかいから、かなりびっくりするけれど。

**********************************************************

さて、いよいよ大晦日。

今年もいろいろお世話になりました。

更新が滞りがちなブログなのに、辛抱強く訪ねてくださっている皆さまに、厚く御礼申し上げます。どうもありがとうございます。

喪中なので、新年のご挨拶は失礼いたしますが、皆さまのご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。

新しい年も、このブログともどもお引き立ての程、どうぞよろしくお願いいたします。

吉川 和夫

2008年12月28日 (日)

忘年会

12月27日の夕方、佐山さんの演奏会の打ち上げが下北沢であって、美味しい飲茶だったけれど、夜に約束があったので、飲むのも食べるのも控えめにする。

そして、夜はピアニストのMさんと、自由が丘のダイニングバーで忘年会。こじんまりしたお店ながら、落ち着いた雰囲気でゆったりできて良かった。旬野菜のバーニャカウダや肉がお箸でほろほろ取れるスペアリブなど、とても美味しかった。Mさんとは、時々会って食べたり飲んだりしながら、ゆっくりお喋りをする。毎月たくさんの演奏会で弾いている著名で多忙な人なのに、決してそんな素振りを見せないところがすごいなと、いつも思う。

というわけで、夕方4時半から、途中約30分の移動をはさんで9時半過ぎまで、ちびちび食べ続けた。馬鹿者である。

ふと気がつくと、居酒屋のようなところにいた。なぜだか、丸いテーブルに凭れて、立って飲んでいるのである。それでなくてもざわざわしているところに、新しい客が入ってきたらしく、また一段と周囲がうるさくなった。

新しく入ってきた客は5、6人の一団で、その中に父がいた。あれ?おっ?と短く言葉を交わして、私は、その一団のために席を探してやった。あの奥が空いているよと言うと、彼らはどやどやとそちらの方へ行った。父は、通りすがりに私のお尻を抓っていった。お礼のつもりなのだろう。痛いなぁ。

どのくらい後だかわからないけれど、私は誰かに「店に親父が来たんだよ。」と言った。「・・・お父さんが・・・ねぇ・・・。」訝しげに返ってきた言葉で、私は父がもうこの世界にはいないのだということを思い出した。

そうだ、父は一団で飲み歩いたりしない人だし、通りすがりに人のお尻を抓っていくようなことはしないもの、あれは夢だったのだ。そう思うと、足が萎えるような寂しさを覚えた。だが、お尻には抓られた痛みが残っているような気がしてならなかった。

夢の中なのに、あれは夢だったのだとわかることがあるらしい。朝になったとき、私は夢から覚めた夢を見ていたことを知った。

しかしその日の午後、車を運転しながら、私はつけっぱなしのラジオから流れてきた歌に釘付けになった。

「東一番丁、ブラザー軒。

硝子簾がキラキラ波うち、

あたりいちめん

氷を噛む音。

死んだおやじが入って来る。

死んだ妹をつれて

氷水喰べに、

ぼくのわきへ。

色あせたメリンスの着物。

おできいっぱいつけた妹。

ミルクセーキの音に、

びっくりしながら。・・・」(菅原克己「ブラザー軒」、高田渡・歌)

私には、死んだ妹はいない。だが歌よ、よりにもよってこんな夢の翌日に流れてこなくたっていいじゃないか。預言するみたいに現われるなんて、ちょっと怖いよ。「ブラザー軒」は仙台の老舗のレストランだ。その店構えもよく知っている。現実と幻想のブラザー軒がないまぜになった。

そして、夕べの居酒屋も、夢だったのかどうか、わからなくなってきた。

2008年12月27日 (土)

「魔法のことば」

佐山真知子さん、佐山陽規さんの「ふたりコンサート」(東京・下北沢アレイホール)

前半は、陽規さんがロルカによる「スペイン民謡集」から11曲を歌う。こんにゃく座を退座してから、ミュージカル歌手やアニメーションの声優としても活動している彼は、広くないホールにぎっしり詰まった聴衆に語りかけるように歌う。この曲が、本来そのように歌われたであろうやり方で。

真知子さんもそうだが、歌詞はすべて明瞭だから、その面で決して聴衆との間に壁を作らない。長年の経験がなせる技だろう。それに、熟年になられてと言っては失礼かも知れないが、こういう歌に絶対必要な、暖かな味わいが加わっている。今後の活動も楽しみだ。

真知子さんは、私が1999年に書き下ろした「魔法のことば」(アメリカ・インディアンの詩による9つの歌、訳詩・金関寿夫)を再演。服部真理子さんのピアノ、佐々木葉子さんのバス・マリンバが加わる。

きれいな、安定した、声量のある声で、歌詞の意味を伝える・・・という「正しい歌い方」に、最近真知子さんは違和感を覚えているという。そんな時、「言葉は意味である前に、まじないだった」というこの作品のことを思い出してくださったのだろう。初演の時とはまったく違う歌い方で、この作品に向かった。

真知子さんの力を持ってすれば、「きれいな、安定した声で、意味を伝えるように」歌うことはさほど困難ではないだろうと思うのに、あえてそこから離れようとする姿勢に、清々しい決意を見るような気がした。

そういうわけで、9年半ぶりに聴く「魔法のことば」は、なかなか面白かった。私の曲も、「歌曲作品」としてきちんと構成を整えることを極力避けている。だから、作品と歌とのヘンテコ具合にとまどった方もおられただろうと思うが、歌の書き方、歌い方両面から、「歌とは何か」を問う試みになっていると思う。

ちなみに、「魔法のことば」の詩は、「おれは歌だ おれはここを歩く」アメリカ・インディアンの詩(金関寿夫・訳、秋野亥左牟・絵、福音館書店)、「魔法としての言葉」アメリカ・インディアンの口承詩(金関寿夫・訳/解説、思潮社)に載っている。

2008年12月25日 (木)

仙台フィル「第九」特別演奏会

読売新聞の仕事として、仙台フィル「第九」特別演奏会を聴く(仙台市青年文化センター・コンサートホール)。

年末に、生で「第九」を聴くなんて、いつ以来だろう・・・。オケの皆さまには申し訳ないが、まったく記憶がないのだ。こういう機会が得られて、ありがたい。

指揮はパスカル・ヴェロ。前プロは、ラモー(ギルマン編)の歌劇「エベの祭り」第1組曲という珍しいレパートリーだ。ヴェロ氏ならではの選曲だろう。

ラモーは、バッハより2歳年上だそうだけれど、ほとんど違う星の住人のように聴こえる。ましてや「第九」などは、ラモーと並べられると、ずいぶん遠くに来たものだ・・・と思う。

新聞記事は、まだこれから書くことになるので、いつものことながら、詳しい感想はパスさせていただくことにする。

が、改めて思うのは、この大交響曲、第4楽章はどうやったって盛り上がる。だから、第1から第3楽章までの演奏によって、オーケストラの力量がわかるということだ。

そして、前プロがラモーでなかったとしても、この大交響曲の異形ぶりは、生演奏の場合、よりあからさまになるように思う。この曲が発表されるまでは、こういうものを「交響曲」とは呼ばなかっただろう。演奏会に行って、そんなことが確認できて良かった。

「第九」の合唱パートといえば、どこの土地でも、一般の人々が大勢参加するのが常になっているが、この演奏会での合唱パートは無差別の「市民参加」ではなく、そのレベルの高さには感心させられた。

2008年12月23日 (火)

AOI のクリスマス・コンサート

静岡音楽館AOI からの依頼で、「くるみ割り人形」組曲から抜粋して編曲した。クリスマス・コンサートの中で初演されるので、立ち会いに行く。

Aoi 当館音楽監督・野平一郎さんが立てたプログラムは、とても豪華なもので、この館の企画会議委員やレジデンス・クワルテットのメンバーの演奏家の方々を、気楽な演奏会の場に引っ張り出して、お客様方と仲良くしてもらおうという思いがある。

「静岡の名手たち」オーディションに合格した若い演奏家たち、「ピアノ伴奏法講座」修了生、「子どものための音楽ひろば」を受講している子どもたちが加わって、3部構成、所要時間3時間20分に及んだ。

書き留めておきたいのは、「子どものための音楽ひろば」という講座のこと。小学校4年生から中学3年生が集まって、月に2回の土曜日、体操やリズム遊び、作曲、うたなどを学ぶ。70名募集のところ、倍以上の150名もの応募があり、残念ながら多くの応募をお断りせざるを得ない現状なのだそうだ。この日の演奏会でも、簡易打楽器のアンサンブルや美しい合唱を聞かせてくれた。

他には、クリスマス向きの曲もたくさんあったけれど、バルトーク(ラプソディ2番)あり、ジェフスキー(「平和を我らに」によるショートファンタジー)あり、ラフマニノフ(チェロソナタの第3楽章)ありといった、音楽監督やりたい放題の「クリスマスコンサート」。でも、親子連れでぎっしり埋まった客席は、最後まで静かに聴いていた。
「ジェフスキーとジュ・トゥ・ヴ弾いたあとで、軍隊行進曲(シューベルト)弾くことないわよねぇ」という、企画会議委員であるピアニスト・高橋アキさんの言葉が、なかなか可笑しい。

「くるみ割り人形」は、組曲から数曲抜粋して、20分ほどにまとめてほしいという注文だった。野平さんの指揮、バス・バリトン歌手池田直樹さんの語り、レジデンス・クワルテットの方々やギターの福田進一さんまで加わるという贅沢な演奏陣で無事初演。編曲のために使える楽器は、「たくさんあるのに肝心なものがない」という具合で、楽な仕事ではなかったが、なかなか楽しかった。何より原曲がいい。「花のワルツ」など、耳タコながら、改めて書いてみると本当に美しい。

Photo 写真は、リハーサルの時のもの。

この種の編曲の仕事をして悲しいのは、手間暇かけて厚いスコアを書いて、なかなか評判の良いものが出来上がっても、ある程度編成が大きいために、初演されたっきり、お蔵入りしてしまうことだ。AOI でもまた数年後に再演してもらえそうな気配はあるけれど、アンサンブル曲をお探しの方々、いかがでしょうか。

「小序曲」、「行進曲」、「金平糖の踊り」、「トレパーク」、「アラビアの踊り」、「花のワルツ」の6曲。編成は、ピアノ2台、フルート、クラリネット、弦5部(各1名)、打楽器2名に、「アラビアの踊り」ではギターが、「花のワルツ」にはオルガンが加わります。「動物の謝肉祭」に近い編成です。上演をご検討いただける方からのご連絡をお待ちしております(笑)。

Photo_4 AOI ロビーからの眺め。静岡の街って、こんなに山が近かったのかとちょっとびっくり。ここに来るのはいつも夜だったから、気がつかなかったのだな。

Photo_5 駅の周辺には、こんなフラッグがはためいていた。

2008年12月20日 (土)

秋から冬へのコンサート(4) 郷古廉リサイタル

12月20日 郷古廉ヴァイオリン・リサイタル(東京・めぐろパーシモン 小ホール)

Photo この日は、行きたい音楽会が3つ重なってしまった。さんざん迷ったが、合唱団「じゃがいも」山形公演は、年明けの東京公演を聴かせてもらうことにして、郷古くんのリサイタルに行く。23日に同プログラムで多賀城でも演奏会があるけれど、その日は私自身の本番と重なっているのだ。

彼のヴァイオリンを聴くのは、8月以来(8月23日の記事をご参照ください)。また変わってきたなぁ・・・と感じる。彼の年齢はスポンジ、しかも、彼は人一倍吸収力の強いスポンジなのだから、刻々と変わっていくのが当然だろう。それに、体格が変わってくれば、そこから出てくる音楽も変わるはず。

ピアノは、8月と同じ上田晴子さんだが、8月には、上田さんの縦横無碍な音楽作りによって彼の良さを引き出してもらっているところがあったが、今回ももちろんそういう面は大きくあるにしろ、音楽的には少しずつ対等になりつつあるという印象だ。彼の音楽がひとつステージアップしているということだろう。

モーツァルトのソナタ K.378。冒頭、ピアノの主題に対して、背景であるヴァイオリンのオブリガートがとても豊かな空気を作り出す。モーツァルトは、レパートリーとしてまとめるのは簡単ではないが、経験を重ねていけば、きっと彼の美質を表す音楽のひとつとなるだろう。

ブロッホの「バールシェム」組曲は、おそらく今の彼にとても合っている作品。かつて名演を聴いたショーソン「詩曲」に通じるものがある。彼は、物語を編むように弾き、それは圧倒的な説得力を持っている。

バルトーク(セーケイ編)「ルーマニア民族舞曲」も、これに通じるかに見えて、実は少し資質の異なる作品なのだということが、彼を演奏を聴いていると逆に思う。ロマン派的なアプローチでは、すり抜けられてしまう。テクニックに問題はないが、サラサーテなどの技巧曲と同じようにならない方が良いだろう。

最後は、プロコフィエフのソナタ第1番。迫真の演奏と記しておこう。全曲の中に現われる様々な表情それぞれにリアリティを持たせ、ただならぬ様相を持った作品として聴かせた。全曲を貫く幻想的な色彩は、表情にリアリティがなければ浮き立っては来ない。矛盾するようだが、それはこの作品の演奏に必要なキーポイントだろうと思う。

アンコールは、ポンセ(ハイフェッツ編)「エストレリーリャ」、サラサーテ「序奏とタランテラ」、イザイ「子どもの夢」。

前夜、最近ではすっかり有名になった若手ヴァイオリニストが演奏しているのをテレビで見た。しかし、私には感心できなかった。これなら郷古くんの方がずっと良いな・・・と思った。

何が違うのだろう。優秀なヴァイオリニストは、誰もが完璧な技巧を手に入れているし、優れた楽器で美しい音を出す。しかし、何かほんの少しの違いが、その音楽の方向を大きく変えてしまうのかも知れないなと思う。その違いとは、おそらく、日常的な考え方だったり、人柄だったり、芸術全般についての感性だったりするのだろう。結局は、その人の生き方すべてが演奏(や作品)に反映されてしまうのかも知れない。恐ろしいことだな。

Photo_2 終演後、楽屋で。

秋から冬へのコンサート(3) 東混定期演奏会

12月18日 東京混声合唱団第217回定期演奏会(東京・日大カザルスホール)

間宮芳生先生が自作を含めて4作品を指揮。曲目は、ブラームス「マリアの歌 作品22」、間宮「三色草子」、ベルイマン「4つの絞首台の歌」、間宮「合唱のためのコンポジション第8番」、「12のインヴェンション」より。

ブラームスは、間宮先生が三和音はどのようなバランスで響かせるべきかなど、音楽理論にからめたレッスンに長い時間を取ったというだけあって、絶妙なバランスで響く。「ドイツ民謡集」など民謡に基づいた創作は、ブラームス作品の中でもとびきり美しいが、この作品22もそのひとつ。

民謡詩に基づいた創作ということで、次の「三色草子」に繋がっていく。伝承の「田植草子」の詞によるこの作品は、今までは児童合唱で聴く機会が多かった。東混の女声で聴くと、少し感じが違う。やんちゃさが抑えられ、ルネサンス合唱曲のように鳴る。

ベルイマン作品は、「スピーチ・コーラスと3人の語り手のための」という副題付き。絶対音高のないリズムと音の相対的な高低だけで構成されている。歌詞はほとんど意味がわからない。割合短い曲。

ここまでに、ホモフォニー、民謡、ルネサンス的ポリフォニー、ノンセンス・シラヴルといった、間宮「コンポジション」のキーワードが出揃ったかたちとなる。

「合唱のためのコンポジション第8番」を聴くのは、念願に近いものだった。1971年に初演されて以来、初演後まもなく再演はあったものの、30余年にわたって演奏される機会がなかったからだ。3群の合唱、3人の指揮者が必要という大きな仕掛けが、再演を妨げたかも知れない。今回は2群の合唱と2人の指揮者のために改訂され、この時が初演。もう一人の指揮者は田中信昭先生。

重層的に響き合い、反発し合う音楽は、実に豊かであり、同時にしばしばユーモラスでもある。シアターピース的な要素もあるが、儀式を演出しているようでありながら、作為から解放された自然体の存在感が感じ取れるのが面白い。

20数分の作品だが、もっと長いような気がした。退屈して長く感じたというのとは違う。時計の時間とは明らかに違う「時間」が、それこそ重層的に流れるから、聴き手の体内時計では測れなくなってしまうのだろう。30余年ものおクラ入りはもったいない傑作だ。20数分なのに、もっとスケールの大きな、時計では測れない時間芸術の姿が現われる。

「12のインヴェンション」は、<でいらほん><稗搗唄><知覧節>の3曲。自作自演は、どの作品も過剰なニュアンス付けに陥ることなく、曲の構造を明らかにするような在り方。アンコールの<まいまい>で、「ノートルダムミサ曲」の遠いエコーが聴こえてきたのは面白かった。何度となく聴いている曲だが、迂闊にも今まで気づかなかった。

秋から冬へのコンサート(2) オーケストラ・ニッポニカ

11月30日(日) オーケストラ・ニッポニカ「日本の交響作品撰集」 その3 (東京・紀尾井ホール)

「東京交響楽団の1950年代」と銘うたれ、本名徹次氏の指揮で、1953年から55年までの5作品が演奏された。

池野 成:ダンス・コンセルタンテ

入野義朗:小管弦楽のための「シンフォニエッタ」

篠原 眞:ロンド

間宮芳生:交響曲

林 光:交響曲ト調

池野作品は、演奏時間30分に迫ろうかという大作。4つの楽章に分かれているということだが、最後はは叩きまくり吼えまくることになるエネルギッシュな大音響へのいくつかの道筋を探しているかのよう。演奏会の冒頭としては、いささかハード。

入野作品は、ずいぶん前からスコアは見ていた。実際に聴くのは何年ぶりだろう。整然として潔癖な音楽。もう一度落ち着いて聴いてみたい。

篠原作品は、美しく作られた、本当に「ロンド」。形式とオーケストレーションの習作的な意味もありながら作られた作品だろうと思うが、佳品。

間宮作品は、とても不思議な「交響曲」。習作時代を終えて、独自の世界を構築しようとするごく初期の成果と位置づけられるだろう。後に、「合唱のためのコンポジション」をはじめとする様々な作品に結実する萌芽が見て取れる。同時に、西洋音楽的なものとは異なる論理で構築された「交響曲」を作曲する実験であったろう。

林作品は、初演後も演奏され、ディスクにもなっている。作曲者にとっての、当時の「アイドル」がよくわかる。それにしても、若干22歳でこの作品を纏め上げた手腕は凄い。

どの曲からも、1950年代における東京交響楽団の芸術運動の熱意が伝わってくる。その中心となった指揮者・上田仁は、私などには伝説の人だが、その仕事にはもっと敬意が表されるべきだし、そこで初演された作品の中には、通常のレパートリーとして演奏されるべきものが多く含まれていると思う。

秋から冬へのコンサート(1) 小山実稚恵リサイタル・仙台フィル定期

10月から12月までに聴きに行ったコンサート、そのつど記事にはできなかったのだけれど、せめてひと言ずつ記しておこう。

10月29日(水) 小山実稚恵ピアノリサイタルシリーズ第6回 ~内なる叫び~<紫:高貴なる精神 心の嵐>(仙台市青年文化センターコンサートホール)

シューマン:「蝶々」、

ベートーヴェン:ソナタ第17番「テンペスト」

シューベルト:即興曲D.935より第1番(f moll)

ショパン:ソナタ第3番

小山さんのリサイタルに行っていつも思うのは、プログラミングの上手さ。(いや、プログラミングは上手いけど演奏は・・・とかいう意味ではないのですよ!ご本人が真っ先にそう言いそうだから、念のため。)

聴く前に、へぇ~・・・この曲からこの曲へ繋げるの?と思いながら聴きに行ったりしても、実際に演奏を聴くと、プログラム立てにとても納得してしまう。「テンペスト」やショパンの3番が、「心の嵐」という見立てで括るられるのはすぐに得心するが、例えば、その前プロとして「パピヨン」やシューベルトのf moll を置くのは、ちょっと意表を突かれる感じがある。けれど、いざ聴いてみると、他にない選択になっていることがわかるのだ。それぞれの曲でそれぞれの物語を紡ぎながらも、演奏会全体でひとつの大きな語りになるように考えておられるからだろう。そういう意味でも、次はどんな演奏会になるのか、いつも楽しみなのである。

11月14日(金) 仙台フィル第233回定期演奏会(仙台市青年文化センターコンサートホール) 指揮はパスカル・ヴェロ 

モーツァルト:交響曲第35番「ハフナー」

サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番「エジプト風」(ピアノ=横山幸雄)

ラヴェル:古風なメヌエット

ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲(1919年版)

読売新聞仙台版に記事執筆。指揮者の楽譜の読み込みが素晴らしい。拍節感とアクセントに乗せて音楽を乗せていけば、自ずと音楽はエレガントに流れ、ひとりでに弾むのだということを示しているよう。

モーツァルトでは、リズムや和音による陰影が次々と切り替わっていく風景が、祝祭的な楽しさをもたらす。

サン=サーンスでは、時折激しさを見せながらも、基本的には淡々と語っていくことによって、老境の作曲家の澄んだ心情を描き出す。謎めいた第2楽章こそ、この曲の中心楽章であり、ここでサン=サーンスは、エキゾチズムへの好奇心に留まらず、音楽的言葉の獲得までたどり着いたように思える。夢のような風景を現出させる第2楽章を中心に、一見バラバラに見える3つの楽章が、好演によってひとつのドラマとして繋がった。

ラヴェル 実は相当モダンな「古風な」メヌエット。指揮は、その異形ぶりも生かしながら、エレガントさを失わない。そのエレガントさこそが、最良の意味で「古風」なのかも知れない。

ストラヴィンスキー 冒頭、地底から熱風が吹いてくるような空気の振動に驚いた。この曲を生で聴くのは久しぶりだけれど、こんなに面白かったかしら。そして、「火の鳥の踊り」もとても響きが美しい。これらは、CDでは決して感じ取れないことだなぁと、つくづく思う。

2008年12月13日 (土)

一周忌

昨年の今頃は、入院してからまもなく3ヶ月経つ父を、別の病院に移すことになるのか、あるいは介護施設に入るのがいいかなどと、悩んでいた。

「別の病院」に移る余地があるのだろうか・・・」と、当時の容態を見るにつけ、思っても口には出せなかった予感が的中して、父は入院3ヶ月制限の最終日に他界した。命日は1月3日だが、遠方から集まる親戚たちのことも考えて、少々早めながら一周忌の法要を執り行う。

Photo 父が逝って、生活も劇的にというほどではないにしろ変化した。しかしそれ以上に、私自身の内面的な日常が大きく変わったような気がする。何がどう変わったのかと問われても、説明はできないけれど。ふとした時に、父の不在が沁みこんでくるのである。

ただ、やはり1年という時間は、父の不在を風化させることはないにしても、寂寥感をいくらかでも和らげる。親戚たちも同様で、この日を口実に、ふだんは離れている同士が再会できて楽しそうでもある。楽しそうと言っては父に気の毒だが、父もみんながそんなふうにしているのを喜んでいるだろう。

法要と御斎が滞りなく終わり、家に戻る頃、入れ替え戦第2戦の様子を伝えるメールが、刻々と入ってくる。今日はジュビロ磐田のホームなので、会場はヤマハスタジアム。父が眠る墓所のすぐ近くだ。スタジアムの歓声は、墓所まで地鳴りのように伝わってくる。「やっかましくてかなわんなぁ」などと言いながら、覗き見ているかも知れない。

ベガルタ仙台は、2-1で敗戦、J1入りを逃す。到底勝てないという相手ではなかっただけに残念だが、来年こそは文句なくJ1入りできる力をつけてほしいな。

2008年12月12日 (金)

白熱するユアスタ

12月8日(月)

J1とJ2の入れ替え戦が、ベガルタ仙台対ジュビロ磐田ということに決まって、19時から、ユアテックスタジアムでの第1戦のチケットが発売になる。

仙台にいる日なんだし、行くっきゃないでしょう。

19時半頃、コンビニに行くと、予約機の前に数人並んでいる。こんなことは珍しい。普段、数分で売り切れるようなチケットを買おうとしたことがないからだけど。

どうやら、回線が混雑していて、待たされたりする様子。しばらくして私の番になると、後ろに並んでいた青年が、「チケットありますかねぇ・・・」と不安げに話しかけてきた。

「大丈夫でしょう。でも、申し込みが混んでるみたいですよ。」と、適当なことを言いながら予約機を操作すると、考えていた席は「完売しました」という表示が出て、ちょっと焦る。

席種を変更して再度申し込みをかけたら、問題なく発券できた。この席ならば大丈夫みたいですよと、青年に言ってレジに向かう。

そうか、年間シートを買っている人などへの優先販売があったからだろうけど、もう完売の席があるとはすごいな・・・と思いながら家に帰る。22時過ぎに、何気なくベガルタのホームページを覗いてみると、「チケットは完売しました」というお知らせが出ていて、びっくりした。2時間か3時間で完売してしまったのだな。

12月10日(水)

朝9時半から会議が怒涛のように続く。ウニ化した頭でこの日最後の会議に耐え、待っていてくれたTルせんせ、Nっちゃんとともに大学を飛び出す。仙台スタジアムに着いたら、「カントリーロード」が歌われ、まさに選手が入場してくるところだった。

1 前半は、なかなかいい感じで仙台が攻めた。轟音のような応援が頂点に達したのは、前半終了近く、ナジソンがゴールを決めた瞬間だ。

後半も、ベガルタがすごく悪くなったわけではないと思うのだが、一進一退。そのうち、一瞬の隙を突かれて、失点してしまう。

その後、どちらのチームも決め手がなく、結局1-1のドロー。うーん・・・アウェイゴール点を持っていかれたのは悔しいなぁ・・・。やや不完全燃焼気味ながら、仙台サポーターの応援は、最後まで緩むことなかった。

2 よく思うことだが、いつもはどちらかと言えば物静かな東北人である仙台の人たちが、ことベガルタの応援になるとここまで熱くなるのは何なのか、興味深い。ちなみに、強力サポーターである同僚のAK子せんせは、第2戦に参戦するため磐田まで行くそうだ。

2008年12月 6日 (土)

2008最終戦

今年も、なかなかサッカーの試合に出かけることができなかった。

この前に行ったのが、10月26日の等々力で、札幌戦。直前にJ2降格が決まって戦意喪失気味のコンサドーレを、3-1で撃破。ケンゴの目の覚めるような鋭く美しいシュートのあと、タニとジュニーニョが得点。そんな、池に落ちた人を蹴飛ばすようなことしなくても・・・とか言われたが、厳しいのだよ、この世界。

優勝争いも入れ替え争いも熾烈なままの最終節は、東京ヴェルディ戦。味の素スタジアムに参戦するのは久しぶり。

Photo ヴェルディサポーターよりもフロンターレサポーターの姿の方が目立つなぁ・・・と思いながら、駅から続く道を歩く。02

スタジアムに入って唖然とした。アウェイ席はすでにぎっしりなのに対して、ホーム側は明らかに少ないのだ。敵ながらさびしい。

正午から始まっているJ2の試合の成り行きを気にしながら、キックオフを待つ。ベガルタ仙台、ようやくゴールを決め、入れ替え戦出場決定との知らせが入る!がんばったなぁ。

03_2 こちらは、大量得点で勝つと、鹿島、名古屋の結果次第では優勝の可能性があるフロンターレと、降格の危機が迫っているヴェルディとの、壮絶な打ち合い。

フロンターレは、概ね有利に試合を進めるが、決定的なチャンスをことごとく外す。ヴェルディも、早い時間に退場者が出たにもかかわらず、必死で粘る。

無得点で折り返し、64分にレナチーニョが決め、ロスタイムに、札幌戦を髣髴とさせるケンゴのすばらしいロングシュートが決まって、ヴェルディに引導を渡した。04_2

後半のピッチを活性化させた大橋選手、我那覇選手は、これが川崎でのラストゲーム。試合後、カメラマンにもみくちゃにされ、腕で涙を拭いながらサポーターに挨拶する我那覇選手の姿に、涙を誘われた。 ガナ、ありがとう!がんばれよ!といった声が飛ぶ。

千葉が大逆転劇を演じたため、ヴェルディが自動降格になった。最終戦を閉じるセレモニーでの社長挨拶に、ヴェルディサポーターからのブーイングがものすごくて驚いた。対照的に、キャプテン服部選手や柱谷監督の涙まじりのお詫びの言葉には、川崎サポーターからも激励の大きな拍手が起こる。さまざまなドラマを生んだ結末。

05_2 帰りに、食事をしようと、自宅近くの店に入ったら、向かいに座っていた知らない男の人が、いきなり話しかけてきた。

「勝ちましたか!?」

「あ?・・・あぁ、はい。勝ちましたよ。」

「おめでとうございます。今日は仕事で行けなくて。」

「2対0でした。でも、鹿島が勝ったから優勝はないです。」

「いや、大したものです。私、他サポなんですが、今年はふがいなくて・・・。」

「あぁ・・・はぁ。」

私が、レプリカユニフォームを着ているから、観戦の帰りだとわかるのである。これを着ていると、「サッカー好きの同志」という目印になる。電車やオフィシャル・ショップで、見ず知らずの人に話しかけられることもあるし、知らない人たちとハイタッチしたこともある。

「では、また。来年は巻き返すようにがんばりますよ。」間もなく、そう言い残して彼は出て行った。

そんなふうに、共通話題で一瞬にして打ち解けることができる。サッカーとは、かくも不思議なスポーツなのである。

2008年12月 5日 (金)

最近、本を読むスピードが落ちたような気がするけど

この数ヶ月ほどの間に読んだ本をメモしておく。

・「漱石の孫」(夏目房之助著、新潮文庫)

文字通り漱石の孫である漫画家・夏目房之助氏が、漱石がロンドン滞在中に下宿した部屋を訪ねる。その時、心ならずも沸き起こった感情。その意味を解いていく。さとてぃせんせにお借りした本。

・「フェルメール全点踏破の旅」(朽木ゆり子著、集英社新書ヴィジュアル版)

フェルメールについての本はたくさん出ているが、これは今年のフェルメール展を観る前から気になっていた本。作品が所蔵されている欧米の美術館を巡る。作品の制作年代別解説ではないので、作品スタイルの変遷を理解するためにはわかりやすいとは言えないが、新書版というフォーマットの良さもあって気軽に読める。

・「旧約聖書物語」(犬養道子著、新潮社)のうち、「列王の書 預言者エリア」の部分

メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」の内容を理解するために読む。それにしても、この名著、まだ最初から通して読んだことがない。いつかじっくり読む時間を作りたい。

・久生十蘭作品集「湖畔 ハムレット」(久生十蘭著、講談社文芸文庫)

久生十蘭を読むのは初めて。これはやばい。面白い。特に「湖畔」は、いささかペダンティックな文体で、聞きなれない単語が頻出するが、字面を見ればほとんど意味はわかるし、ずるずると引き込まれる。久生十蘭にハマるのを「ジュウラニアン」と言うのだそうだ。もう少しいろいろ読んでみたいが、いずれ私も「ジュウラニアン」の名乗りを上げる可能性あり。

・「硝子戸の中」(夏目漱石著、岩波文庫)

新聞連載のエッセイ。内面の底を照らし出すような文章は、内容がごく身近な事柄である場合にも、不思議な幻想味を帯びている。その陽炎のような靄の向こうから、漱石の日常が垣間見える。

2008年12月 1日 (月)

塩竈遊覧

11月24日(振替休日)

22、23日と推薦入試があり、実施本部業務に従事。入試現場にいるのとはまた違った疲れ方でぐったり。25日には朝から会議があるため、空いた一日である24日は神奈川に戻るのも慌しいし、どうしようかと思っていたら、卒業生のNさんが、「塩竈神社行きませんか」と誘ってくれた。Nさんは、塩竈の隣のR町の住人なのである。

こんなに頻繁に仙台にいながら、また何度も塩竈にも行く機会がありながら、いつも食い気に走るばかりで、名高い塩竈神社をお参りしたことがないのはいかがなものかと反省し、お誘いに乗ることにする。

「食い気に走る」のは、塩竈は港町で、お鮨屋さんが多く、海の幸が美味しいからだ。

Photo_2 あいにくの曇り空で寒い日だったけれど、境内の木々が、これでもかというくらいに紅葉していて、それはそれは美しかった。

見事なグラデーション。写真はクリックすると、少し大きく表示できます。02_2

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神社の裏坂に、旧亀井邸がある。「海商の館」亀井邸というのが、正式な呼び名のようだが、仙台を拠点とする企業、カメイの初代社長さんの住まいだったそうだ。住まわれなくなっていたところを、現在はNPOが管理し、一般公開しているとのこと。

Photo_4 「和洋併置式住宅」という建物で、大正ロマンを思わせる洋室もある。作りつけの箪笥(仙台箪笥)が実に立派。塩竈の港も眺めることができる落ち着いた佇まいの邸宅である。

ついでに、松島へ回る。五大堂、瑞巌寺といった観光エリアはパスして、奥松島方面へ。 Photo_6

Nさんが連れて行ってくれた海産物屋さんの店先では、新鮮な貝類を炭火で焼いてもらって食べることができる。牡蠣、帆立、ツブ貝を焼いてもらう。あさり汁のサービスもある。いずれも絶品!

やっぱり、最後は食い気に走ってるな。

またご無沙汰のお詫び

大変ご無沙汰いたしました。いやはや、すっかり更新を怠けてしまい、申し訳ないです。更新は10月19日以来!?なんてこった!

べつに、身辺に異変があったわけでも、体調を崩していたわけでもありません。ネタがなかったわけでもないのです。

ただ、10月19日にも言い訳をしていますけれど、10月後半は某編曲の仕事に時間が取られていましたし、それは無事終わったのですが、宮仕えのお仕事が忙しくて、帰ってくるとぐったり疲れてしまうのです。歳かな。

師走は師走で、またきっとバタバタするのでしょう。でも、ここいらで更新しておかないと、書けなくなってしまうといけないので、まずはお詫びから。

11月の出来事も、少しは振り返って書いておこうと思いますので、どうぞお見捨てなく、時にはまた覗いていただけると嬉しいです m(_ _)m

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