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2008年12月28日 (日)

忘年会

12月27日の夕方、佐山さんの演奏会の打ち上げが下北沢であって、美味しい飲茶だったけれど、夜に約束があったので、飲むのも食べるのも控えめにする。

そして、夜はピアニストのMさんと、自由が丘のダイニングバーで忘年会。こじんまりしたお店ながら、落ち着いた雰囲気でゆったりできて良かった。旬野菜のバーニャカウダや肉がお箸でほろほろ取れるスペアリブなど、とても美味しかった。Mさんとは、時々会って食べたり飲んだりしながら、ゆっくりお喋りをする。毎月たくさんの演奏会で弾いている著名で多忙な人なのに、決してそんな素振りを見せないところがすごいなと、いつも思う。

というわけで、夕方4時半から、途中約30分の移動をはさんで9時半過ぎまで、ちびちび食べ続けた。馬鹿者である。

ふと気がつくと、居酒屋のようなところにいた。なぜだか、丸いテーブルに凭れて、立って飲んでいるのである。それでなくてもざわざわしているところに、新しい客が入ってきたらしく、また一段と周囲がうるさくなった。

新しく入ってきた客は5、6人の一団で、その中に父がいた。あれ?おっ?と短く言葉を交わして、私は、その一団のために席を探してやった。あの奥が空いているよと言うと、彼らはどやどやとそちらの方へ行った。父は、通りすがりに私のお尻を抓っていった。お礼のつもりなのだろう。痛いなぁ。

どのくらい後だかわからないけれど、私は誰かに「店に親父が来たんだよ。」と言った。「・・・お父さんが・・・ねぇ・・・。」訝しげに返ってきた言葉で、私は父がもうこの世界にはいないのだということを思い出した。

そうだ、父は一団で飲み歩いたりしない人だし、通りすがりに人のお尻を抓っていくようなことはしないもの、あれは夢だったのだ。そう思うと、足が萎えるような寂しさを覚えた。だが、お尻には抓られた痛みが残っているような気がしてならなかった。

夢の中なのに、あれは夢だったのだとわかることがあるらしい。朝になったとき、私は夢から覚めた夢を見ていたことを知った。

しかしその日の午後、車を運転しながら、私はつけっぱなしのラジオから流れてきた歌に釘付けになった。

「東一番丁、ブラザー軒。

硝子簾がキラキラ波うち、

あたりいちめん

氷を噛む音。

死んだおやじが入って来る。

死んだ妹をつれて

氷水喰べに、

ぼくのわきへ。

色あせたメリンスの着物。

おできいっぱいつけた妹。

ミルクセーキの音に、

びっくりしながら。・・・」(菅原克己「ブラザー軒」、高田渡・歌)

私には、死んだ妹はいない。だが歌よ、よりにもよってこんな夢の翌日に流れてこなくたっていいじゃないか。預言するみたいに現われるなんて、ちょっと怖いよ。「ブラザー軒」は仙台の老舗のレストランだ。その店構えもよく知っている。現実と幻想のブラザー軒がないまぜになった。

そして、夕べの居酒屋も、夢だったのかどうか、わからなくなってきた。

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