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2009年1月14日 (水)

御神火

夕方、街で買い物をしていたら、鈴とも鉦ともつかない鋭い音が近づいてきた。裸参りの行列だ。

毎年1月14日、宮城県の各所で、「どんと祭」と呼ばれる行事が行われる。正月飾りや古神札などを焼納する正月送りの行事である。伊達政宗建立の国宝、大崎八幡宮の「どんと祭」は、「松焚祭」というのが正式な名称だそうだ。

裸参りの人々は、市内のそれぞれの場所に集合して、白い鉢巻とさらしを巻いた姿になり、何時間もかけて八幡宮に向かって歩く。企業や組織、学校の研究室などの単位で、数人から数十人のグループを作り、その名を書いた提灯を持つ。行列が、鐘の鋭い音のほかは厳粛に静まっている気配なのは、私語を慎むための紙を口にくわえているためだ。

Photo_2

今年は、2700人以上の裸参りの人々が参詣したという。

Photo_3 門の中に到着した行列は、階段を昇り、本殿に到着。御祓いを受け、お神酒を振舞われる。

Photo_4 私のような、とてもとても裸参りはできない一般人も、本殿に参拝する。早めの時間だったので、それほど混雑してはいないかったが、参拝の人々は翌日早朝まで続いたようだ。

Photo_5 お焚き上げの御神火。正月飾りや古い神札などが焚き上げられる。

裸参りの人々は、火のまわりを回って暖を取る。暖を取るというより、火のすぐ傍は、当然のことながら熱い。

裸参りの人々の列が途切れるのを見計らって、一般参詣者たちが火に近づき、持ち寄った松飾りや注連縄、門松、古い御札や絵馬などを火に投げ込む。

年末から正月にかけて、実家の部屋の整理をしていたら、祖母の遺品がたくさん出てきた。祖母は仙台の生まれだ。私が仙台に仕事を得るはるか前に他界した。

遺品のうちの、祖母が書いた写経やお守りなどを御神火にゆだねる。煙は、故郷の空高く消えていった。祖母はきっと喜んでくれたことだろう。

Photo 門前の洋品店には、どんと祭の装束を着たマネキンが出ている。

老舗の味噌醤油店の店先で、味噌おでん(熱々のコンニャクに仙台味噌をつけたもの)をいただく。冷えた身体が温まる。味噌醤油店のおばあちゃん、普段は物静かだが、この時ばかりは張り切ってお客の応対をしているのがほほえましい。

大崎八幡宮の松焚祭→ http://www.okos.co.jp/oosaki/festival/matsutaki/index.html

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コメント

お祖母さまは仙台の方だったのですねえ。

では、お雑煮など名古屋風と仙台風が混ざっていたりするのでしょうか。思いがけないところに、ご先祖様が残したスタンプの跡?みたいなものをみつけてしまうことありますよね。

ドント祭には、兄が若いころ、毎年裸参りに参加していました。私はなかなか見に行かせてもらえなくて。。
誇らしいような心配なような、羨ましいような想いで見送っていた記憶が蘇りました。

>なす母さん

コメントのお返事、大変遅くなって失礼しました。

どんと祭に出かけるお兄さんを、「誇らしいような心配なような、羨ましいような」気持ちで見送る・・・。
とてもよくわかる気がしますね。
私が弟だったら、やっぱりそうだったでしょう。

祖母は仙台の出身で、たぶん(旧)一女高の前身の学校を出たというのが誇りでした。
名古屋のデパートに宮城県の物産展が来ると、母にいろいろ買いに行かせていましたので、仙台のお菓子、しおがま、白松がモナカ、あるいは仙台駄菓子だとか、九重だとかは・・・私も子どもの頃から、よく知っていました。
でも、お雑煮の味が混じったりすることはなかったように思います。

私が仙台で仕事を得た時、祖母はすでにいませんでしたが、知ったらきっと喜んだでしょう。

私にとって、実はまったく関係がないわけではない土地で、偶然にも今私が仕事をしていることは、不思議な縁を感じます。

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