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2009年3月

2009年3月25日 (水)

「ガンダーラ24」の卒業

2005年4月に入学したGB専攻学年を「ガンダーラ24」と呼ぶ。

入学の翌月、新入生合宿研修の雑談の中で、誰かがこの呼称を名付けた。言い出したのは誰だろう。タケシかな?美術系と音楽系が共存するこの専攻、学年担当は、美術のH.N先生と私。私たち学年担当二人を加えて24人なので、「24」になった。なぜ「ガンダーラ」なのかはよくわからない。

1泊2日の合宿研修は私がお供した。1日目の夜、消灯時間ギリギリまで討論をして、翌朝の発表に向けて準備をしていたが、どうにも間に合わない。明日は朝5時に集合しようということになった。5時なんていう早い時間に一体何人が集まっているのだろうと思って覗きに行ってみると、何とほとんどみんな起きて来ているではないか。この頃から、美術系、音楽系の枠を超えて、みんな仲良くなった。

24 これが、2005年5月の写真。眠そうである。

H.N先生と私とで受け持った1年生の授業では、みんなで美術館に行ったり、音楽会を聴きに行ったりした。それからは、いつも全員一緒というわけにはいかないが、キャンプに行ったり、合同で発表会をしたり、飲み会に集まったり。

2009年春、美術系は卒展、音楽系は卒演で、それぞれ研究成果を披露して、体調を崩し中途退学した1人、海外の姉妹校に留学中の2人を除いて、卒業することになった。特定の数人がよく一緒にいることはあっても、目立った「派閥もしくはグループ」はなく、それぞれ自由にやりたいことをやりながら、ゆるやかに繋がっていた。隣県の温泉を訪れるというささやかな卒業旅行には、就職の研修などで都合のつかなかった数人を除いて、ほとんどみんなが参加したそうだ。H.N先生と私は、公務が重なって同行できなかった。残念。

Photo 一人一人への学位記を、H.N先生と私から渡す。そして、みんなで記念撮影。

さすがに全員というわけにはいかないので、ここでは音楽系の12人についてメモしておきたい。

<ずほ>ピアノが上手で、とても賢い。なのに、どうしてだかものすごくアホなので、先生たちからいじられている。独特のずほ語は、最近は少しおとなしくなったか。何事を任せてもいつもちゃんとこなして、人のために奔走することも厭わない。誰かがずほの人柄を悪く言ったりすることは決してない。

<し~ちゃん>1年生で、初めて作曲の授業を取った時には本当にどうしたら良いかわからない様子だったのに、1年間の最後には立派な作品ができあがった。伸びシロの大きさに感服したが、それがこの人の能力の高さであることは、その後の3年間で何度も証明されることになった。時々笑い過ぎて壊れる。

<かなっぺ>最も控え目のようにも見える。だが、授業発表会の運営が失速していたとき、一人で黙々と対処してくれていることを聞いて、かなっぺらしいなと思って嬉しかった。真面目に取り組む努力家であることを否定する人は誰もいないだろう。この人が楽しそうに笑っていると、何となくホッとする。

<ねんねん>1年生の時、地元のホールの企画をやってみたい、なぜならば、今その仕事をしているのが「そこらの普通のおっさんなんです」と言ったのを聞いて爆笑した。ちゃんと仕事をしてほしい、文化行政に対してそう言いたかったのだろう。就職先はホールではないが、その志は何かのかたちで活かされるはずだ。何とも力の入っていない笑顔は、ある意味癒される。

<りんない>最近学校に来ているの?見かけないけど・・・と某先生が心配していたことがあった。私の授業、ちゃんと来ていますよと別の先生。十分な単位を取って卒業して、ちょっと意外な仕事に就くことになった。学校でだらだらしたりしないで、用事が終わったらさっさと帰り、自分にとって本当に必要なことを見極めていたのかも知れない。

<スギイちゃん>スギイちゃんは、ふだんは物静かで眠そうにもみえる。しかし、実はそんなことは全然なくて、授業中に指名して弾いてもらったりすると、嫌な顔もせずに出てきて、きちんと弾く。圧巻だったのは卒業研究での丁寧な作業ぶりだ。出版社に就職すると聞いて、なんかすごくスギイちゃんらしいなと思った。

<ぬーまん>2005年の写真では、ほとんど少年のようだ。本人はあまり変わってないというかも知れないが、この4年間で、その風貌だけではなくずいぶん変わったと思う。礼儀正しく思いやりのある青年になった。作曲を専門にするがピアノも上手だから、これからはもっと多くの人から、いろいろなことで頼られるようになるだろう。大学院での研究も楽しみだ。

<はぎりか>歌唱に関して、とても高い力を持っているのに、格好をつけたりひけらかしたりしないところが、この人の育ちの良さだろう。仲間の新曲なども喜んで歌う。いつも明るいオーラが漂っているように思えるのは、笑顔で挨拶してくれるからだろうか。某神社の「福娘」に選ばれたのも納得できる。歌を勉強するために学校に残り、もっと上を目指す。

<Watta>音楽が溢れてきて止まらない感じだった。そんな新入生を見て、うるさがったり少し呆れていた上級生もいたようだが、高校時代には思うように叶えられなかった音楽を勉強する環境と仲間を得て、存分に泳ぎまわっていたのだろう。希望の研究室は、初めは敷居が高かったが、体当たりを繰り返して入門を許された。彼を弟子にしたら、師の方だって良いに違いないと思って、私も彼の背中を押した。春からは、その成果と自信を持って東京に向かう。本当の力が試されるのはこれからだが、熱意だけは誰にも負けないだろう。

<ぐーちゃん>入試で弾いた電子オルガンの見事な演奏は、今でも強く印象に残っている。そして、自分で編曲したその譜面を見て、高校生とは思えない音楽的な力の持ち主だと感心した。作曲の授業も楽しんだ。おもちゃ箱ひっくり返し系の曲を作らせたら、この人に敵う人はなかなかいない。融通のきく力を持っているから、音楽の広い範囲をカバーする仕事ができるだろう。春からは小学校で、3人しかいない5年生の担任の先生になる。ラーメンを食べる時は、替え玉が必須。

<まっすん>カメラを向けると逃げる。集合写真を撮ると、ほとんどの場合視線を外している。偶然なのか故意なのかはよくわからない。シャイでクールなまっすんだが、フルートの腕前はしっかりしていて、それはこれからも、いろいろな場面で彼女を助けるだろう。卒演で、最後に集合写真を撮ることになっているのに、自分の出番が終わったら、さっさとドレスを脱いでしまったあたりも、まっすんらしい。結局、あとでもう一度着たけれど。

そして、留学中の<ずっけん>は、そろそろ帰ってくるのかな?

Photo_2謝恩会で、卒演後のレセプションの写真を、2005年の写真とセットにして、音楽系のみんなにプレゼントした。謝恩会も終わりがけの頃、数人が駆け寄ってきて、寄せ書きを渡してくれた。予想外のことだったので、不意を打たれた。寄せ書きの中央には、同じ時の別の写真が貼り付けられている。Photo_3 何ものにも代えがたい嬉しいプレゼントだった。Photo_4

2009年3月24日 (火)

1月のコンサートいろいろ(5) クァルテット・エクセルシオ

1月31日(土) クァルテット・エクセルシオ演奏会 東京・第一生命ホール。

ウェーベルン:弦楽四重奏曲(1905)

ウェーベルン:弦楽四重奏のための5つの楽章

ウェーベルン:弦楽四重奏のための6つのバガデル

ウェーベルン:弦楽四重奏曲 op.28(1938)

間宮芳生:弦楽四重奏曲 第1番

間宮芳生:弦楽四重奏曲 第2番「いのちみな調和の海より」

このクァルテットのメンバーである山田百子さんからご案内を頂いて出かける。演奏に先がけて、間宮先生のプレトークがあった。第1四重奏曲についての、黒田喜夫の詩からインスパイアされたことなど、初めて聞いた話ではないが、久しぶりだったこともあり新鮮。第2四重奏曲についても同じだが、作曲に向かう思いの強さが、作品の堅牢な構築を可能にするのだろうと思う。演奏では、ウェーベルンの意外な饒舌ぶりが、間宮作品と対比されて面白かった。

1月のコンサートいろいろ(4) 仙台バッハゼミナール

1月29日(木) カワイ仙台ショップホール

ピアニストの田原さえさんが、バッハの平均率クラヴィーア曲集を、分析しながら演奏していこうという公開ゼミを主宰されて、もう9回目。今回は、第1集の研究が完結する節目でもあるということで、「特別講師」に招かれた。

田原さんが、最初に持ちかけて来られたのは、「来場した方々に、50分間でカノンを書いてもらうことはできませんか」というものだった。いや、それはさすがに無理じゃないかな。カノンとはこういうものですと説明するだけでも、いくらかの時間は必要だし。各自の手元に楽器があるわけではないし。

それではということで、ゼミの会員メンバーに、カノンを作ってきてくださいと「宿題」を出しておく。メンバーの間でも、カノンってそもそも何ですか・・・と、当たり前にわかっていたつもりのことが混乱し始めたので、当日は、カノンについての概説と、作ってきてくれたカノンを試演して、それについてコメントする50分間になった。

メンバーは、ピアニストやピアノの先生たちだが、作曲の経験はあまりない。そういう人たちがカノンを書いてみるのは、なかなか難しいけれど意味のあることだろうと思う。対位法的な規則は、あまり厳密に求めないことにする。

たくさんのカノンが出来上がってきた。作者の名前は伏して見せてもらったが、田原さんが書かれたものはすぐにわかった。音の扱い方が「大人」なのである。こんな小品でも、書いた人の人となりが現われていて面白い。

1月のコンサートいろいろ(3) 山本純チェロリサイタル

1月26日(月) 仙台フィルのチェリスト、山本純さんのリサイタル(ピアノ=加納麻衣子)。仙台市青年文化センター交流ホール。

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番

バッハ:無伴奏チェロ組曲第5番

ラフマニノフ:チェロ・ソナタ

これほど演奏者の人柄が現われたコンサートに立ち会うのも、珍しいことかも知れない。純さんを知る人、彼を応援したいと思っている人たちが集まった客席は、内輪の集まりというのとはまた違う、和やかでくつろいだ雰囲気。彼が、交流ホールという会場を選んだことも関係しているだろう。

途中で、左手がつってしまうという気の毒なアクシデントがあって、本領発揮というわけにはいかなかったのがとても残念。あんなこと、あるんだなぁ・・・。演奏の同業者が見たら、蒼ざめてしまう光景だろう。

相当な痛みがあっただろうに、純さんは全曲を弾ききった。途中で事情を説明していたから、客席は事態を了解して聴き、惜しみない拍手をおくった。それだけに、アンコールのカッチーニ「アヴェ・マリア」は胸に沁みた。

次の機会にも、またぜひ聴きに行きたいと思う。

2009年3月22日 (日)

1月のコンサートいろいろ(2) 合唱団じゃがいも東京公演

1月25日(日) 山形の合唱団「じゃがいも」の、2回目の東京公演。東京・亀有・リリオホール。

今年は、林光さんの作品をふたつ、書き下ろし合唱曲「無声慟哭」と合唱オペラ「セロ弾きのゴーシュ」。

「セロ弾きのゴーシュ」は、こんにゃく座でよく知られたオペラだが、今回は合唱オペラに改訂されたものを上演した。

プロではない合唱団にとって決して易しい曲ではないのだが、その仕上がりは、オペラをちょっと無理しましたけれど直して歌いましたというようなものではない。今回書き下ろされたのだよと言われても納得しそうなリダクションと上演だった。これを契機に、「じゃがいも」だけでなく、いろいろな合唱団が手がけるようになれば良いのに。

「光輝あるわが金星音楽団」の練習風景。聴きなれた(観なれた)こんにゃく座の舞台では6人のキャストだけで、他の大勢の楽員の存在は想像するということになるけれど、「じゃがいも」たちは全員が舞台にいて、楽器を弾く仕草をしているから、本当にオーケストラがそこに見える!

「町の活動写真館」の楽団としては、ちょっと多すぎるかも知れないけれども、それはさておき、今までに「見えた」ことのなかった「金星音楽団」が見えたのは、面白い衝撃だった。

本質的なことではないように思えるかも知れないが、最初と最後の場面が群集劇として視覚化されることによって、物語の核をなすゴーシュの孤独と、訪問者たちとの対話が浮き立った。最年少、烈くん演じる仔狸は、「狸汁ってぼく知らない。」だけで客席を掴んでしまう。

Photo それにしても、ホーム山形だろうが、アウェイ東京だろうが、どこへ行っても元気だよねぇ。今年の山形、来年1月の仙台も楽しみです。

1121653_img リリオホールのロビーから見えた富士山。

1月のコンサートいろいろ(1) 仙台フィル第234回定期

1月23日(金) 仙台フィル第234回定期 仙台市青年文化センター・コンサートホール

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

ブラームス:交響曲第2番

指揮:大山平一郎、ピアノ:小川典子

小川氏の演奏による日本の作曲の黎明期作品のCD、少し前の録音だが、楽しんで聴いていた。このCDが、橋本國彦のピアノ作品に接した最初でもあった。生演奏を聴くのは初めてなので、楽しみに聴きに行く。ソリストとして迎えられた今回はクラシックの王道ど真ん中の作品。

そのピアノコンチェルト。音ひとつひとつが発光体で、パッセージやアルペジオを弾くと、音がいろいろな色でキラキラ輝くよう。

第2楽章。前の楽章とは別の宇宙から響いてくるように感じるのは、第2楽章が第1楽章からは遠い調で書かれているためだろう(E-dur の第1楽章に対して、H-dur 。同主短調のⅥの和音、つまり準固有和音Ⅵの調。ただし、本来はCes になるところをH に異名同音的に読み替える)。敬虔な祈りを思わせる静謐な美しさは、印象的だった。

全曲にわたって、オーケストラもナイス・サポートで、40分間飽きることなく楽しく聴いた。

ブラームス。オーソドックスで率直な解釈で熱演、盛り上がりも見事だった。けれど、もっと楽譜の中に隠されたドラマを浮き上がらせることも可能だっただろう。冒頭に提示される3つの音を動機として組み立てていくやり方は、ヴァイオリン・ソナタの、同じく第2番を思い出させる。

2009年3月16日 (月)

またまたご無沙汰のお詫び

なんと2ヶ月も止まってしまいました。

この中断は、今までで一番長かったかな。更新を楽しみに来てくださっていた方々には大変申し訳ありません。このような大して面白くもないブログなのに、定期的に覗きに来ていただけるのは本当にありがたいことです。

多少風邪気味だったりしたこともありましたが、大きく体調を崩していたわけではありませんし、身辺に深刻な出来事が起こったりしたわけでもありません。ブログに飽きてしまったわけでも、書くことがなくなったわけでもありません。

言い訳になりますが、もうただただ忙しかったのです。

まず、大学の年度末や次年度向けの仕事が、次々と締め切りを区切って、降りかかってきます。成績を届けてください、あれやこれやの書類を提出してください、これやそれやの問い合わせの返答がまだ提出されていません、それやどれやをどうするか決めて返答してなさい・・・云々。

求めてくる方も苦労しているのはわかっていますけれど、それにひとつずつ応えるのも大変なのですよ。

音楽科の行事も次々と。卒業試験、論文試問、大学院の論文試問、授業発表演奏会が2日間と作曲の授業の発表会、卒業演奏会がリハーサルを含めて3日間。

そして、大学全体の入試の仕事をするチームに入っているので、センター入試、アクシデント発生のためセンター入試の再試験、私費外国人入試、前期日程、後期日程と、それぞれについての会議や作業が頻繁に入ります。これからも、まだもう少し続きます。

さらに、広報誌編集担当として、特集原稿と格闘していました。先週ようやく校了し、間もなく発行されます。3年間続いた「なんちゃって編集長」の仕事も、これでひとまず終了です。

それから、これは2月に入ってからですが、実家が改築をはじめたので、時々は様子を見に行かなければならず、金曜日に仙台から川崎へ戻って、土曜日に名古屋に行き、日曜日の夜にまた仙台に戻るなんていうことが何度もありました。まだ続いています。

あ、それから作曲もしましたよ!中断期間の間に初演もされました。10分程のピアノ曲。これについては、後日レポートします。

このほか、仙台フィルを聴いてレヴューを書く仕事があり、大学の会議や勉強会があり、少しは飲み会もあり・・・。

はぁ・・・。こうして書いてみると、自分の状態を「忙しい」と言うのはとても嫌だけれど、これは忙し過ぎだわ。我ながらよく乗りきれたものだ・・・。

ようやく、少しずつ落ち着いてきて、放置しっぱなしのブログを、これではいけない!と思えるようになりました。上に書いたようなことの一部は、まだまだ続きますけれど、少しずつ更新していきますので、どうぞ気長にお付き合いください。

春のショットを3箇所から。

数日前の大学構内で。Photo まだ寒い仙台で見つけた春のきざし。そういえば、山菜の美味しい季節が近づいていますね。

次は川崎で。Photo_2

数十年前は、桃の林があちらこちらにあって、これが果てしないくらい続いていたら「桃源郷」とはかくやと思えたのに、いつの間にかずいぶん少なくなってしまいました。

3枚目は、名古屋で。Photo_3 ハクモクレンが満開です。陽射しも一段と明るく感じるのは、やはり西に位置するからでしょうね。

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