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2009年4月 1日 (水)

N先生の1095日

Nさんは、私たちの大学の卒業生だ。

卒業したらどうするのかなと思っていたら、仙台近郊の町の臨時職員として小学校に勤めることになった。3年前のことである。臨時職員と言っても、仕事の中身は指導助手的な「先生」で、「町の職員」として雇って学校に送り込む新しい制度の第一期生なのだそうだ。

Nさんが小学校の先生?

初めて聞いた時、私は正直に言って、少し違和感を感じた。卒業研究は、私の研究室で近代の難しい曲を分析して立派に弾いたし、どちらかというと饒舌な人ではないから、子どもたちに向かって大きな声を出している姿が想像できなかったのだ。教員採用試験を受けようともしていなかったので、制度に束縛されるような公教育の先生にはなりたくないのかなとも思っていた。勤め始めてからも、ピアノのレッスンを受け続け、音楽会や美術展に足しげく通っていたし、私たちの勉強会にもちょくちょく顔を出していた。彼女には、少々「(良い意味での)高等遊民」的なポリシーと心のゆとりが感じられた。

音楽を専門に勉強してきたのを知って、学校は、ピアノを弾く仕事をNさんに任せることにした。式典での校歌や朝会、学習発表会の合唱、器楽合奏、卒業コンサートや歓迎コンサート、いろいろな合唱コンクールへ参加など、全学年の子どもたちは、事あるごとにNさんのピアノで歌ったり、演奏したりした。本人は必死だったかも知れないが、難しげな曲も軽々と上手に弾いてくれるN先生に、子どもたちはみんなびっくりした。すごい!きれい!かっこいい!

伴奏がきちんと弾けていると、子どもたちは落ち着くんです。歌に集中できますから・・・と、Nさんは言う。当然のことだろう。ピアノが上手にリードしてくれると、子どもたちの姿勢は自然と前を向く。元気なリズム、レガートなフレーズ・・・「いまN先生どうやって弾いた?」指揮の先生から問いかけられて、子どもたちは伴奏を聴き、お互いの声を聴き合うようになった。やっぱり何と言っても生の伴奏はいいよね・・・N先生のピアノで子どもたちの歌を聴いた人は、誰もがそう思っただろう。伴奏テープを流すだけでは、周囲の音をきちんと聴く習慣ができない。伴奏テープは子どもたちの歌を聴いてくれないからだ。

そうやって、この小学校の子どもたちは、N先生のピアノで安心して歌うことがあたりまえになった。余計な言葉はいらない。伴奏のほんのわずかなフレーズだけで、彼女は子どもたちからの尊敬を得た。

最近、教科の専門的な力はほどほどで良い、それよりもどうやって教えるかについて学ぶことに重きを置くべきだという風潮がある。それは絶対に間違っている。甘くみてはいけない。芸術は、人の心を変えてしまう武器にもなり得るのだ。

だが、Nさんの仕事の中心は、実は音楽ではなかった。

「低学年を中心とする、学級経営補助」。通常の学級の中にいる、特別な支援が必要な子どもに勉強を教えること、遅れ気味の子どもの勉強や生活を、学級を越えてフォローしてあげることが、彼女の仕事だった。常勤の先生では埋められない「隙間」を埋めていく仕事と言っても良いだろう。時には、発達障害のある子が興奮して暴言を浴びせたり、暴れるのを落ち着かせようとしたはずみで傷を負ったりしたこともあった。夏休みには、同じ立場の先生とともに、宿題や勉強をみてあげる集いを企画した。彼女の仕事ぶりは、後に同僚から、「時にはクノイチのように、時には白百合のように、いてほしい時にいつの間にかそこにいて、何かをしてくれている先生」と評されることになる。

そして、あっという間に3年が経った。

この仕事は1年任期、更新は最大3年まで。なぜそうなのかというと、その町の臨時職員の規定がそうなっているから。3年経つと、いかなる成果や功績があったとしても職を解かれる。移動ではなく、解雇なのである。この春、同様の「雇い止め」で、教育の現場から失職する人は、国立大学法人の非常勤職員だけでも100人に上るという。

Nさんはこの仕事を続けたいと思い、周囲も続けてほしいと願った。臨時職員の任期を教育職に当てはめられるものなのか、特例は認められないのかと、校長先生は何度も要請したし、町議会で話題になったこともあった。だが動くことはなかった。

この国では、人の働きや心よりも規定が優先される。いつまでも同じ仕事を続けられるものではないにしろ、せっかく良い制度を設計しながら、その効果や実績をいささかも考慮することなく、融通のきかない運用でブレーキをかけてしまう。この国の行政の縮図という気がしてならない。

離任式の前日、笑いながら「明日は号泣してきます。」と電話で話してくれていたNさんだったが、号泣したのはNさんだけではなかった。離任式の日、同じように今年度をもって離任する先生と演奏した二重奏を聴いて、「子どもたち、みんな泣いていたよ。」と、同僚は言った。Nさんには、両手では持ちきれない花束や、たくさんの手紙、プレゼントが、子どもたちやPTAのお母さんたち、同僚の先生たちから贈られた。「きれいなピアノひいてくれてありがとう。」「Nせんせいみたいにピアノがじょうずになるようにがんばります。」子どもたちは、そんなふうに書いた。

折に触れて聞く学校の様子は、いつも生き生きとしていた。Nさんが小学校に勤めると聞いた時に感じた違和感は、完全に私の思い違いだった。「隙間」を埋めるような仕事だからこそ重要で、彼女の気質にも合っていたのだろう。「失業」することになったNさんは、いくつかの団体の面接を受けたり、一般事務の雇用を求めて履歴書を出そうとしていたが、会社の机で、計算をしたり、営業の電話をかけまくったりしているNさんを、また私は想像できなかった。しかしそんな時、幸いなことに講師の仕事が舞い込んで、4月からは、今までとは離れた地域の中学校で、音楽の先生として勤めることになっている。

離任の日、今まで一度も話したことのなかった男の子が寄ってきて、こう言った。

「先生、今度T中学行くの?ぼく、前住んでたところと超近いよ。がんばってね。」

N先生の3年間、1095日は終わり、新しい365日が始まる。

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コメント

いいお話ですね。
いろいろな立場、環境にある卒業生さんが、学んできた音楽の能力を活かして仕事をしたり、音楽に関わり続けていることを聞くと本当に嬉しくなります。


また…号泣ですweep

たくさんの子どもたちや、先生方から貰った1つ1つの言葉が、私の3年間の表れだとしたら、これ以上うれしいことはないです。
私が出来たことは小さなことでも、子どもたちの中に育つ、数ある芽の一つとなってくれたら、と願っています。
「すべては子どもたちの笑顔のために」
今までも、これからも、心にとめていきたいことです。

全てが事実で、全てが自分のことですが、とても不思議な気持ちですconfident違った視線でいつも見つめてくださって、きっきぃ先生に感謝感激ですnotes

>Tルさん

ありがとうございます。
ふだん私たちがやっていることは、一体何かの役に立っているのかしらと思って、無力感に捕らわれることすらありますが、あらためてこういうお話をまとめてみると、あながち無意味なことばかりではないかも知れないなという気になってきます。
まじめにやらなきゃね(苦笑)。


>Nっちゃん

ここで号泣しないでよ・・・(笑)。

この春、Nっちゃんと同じような、あるいはそれ以上の感激で涙の別れをした人は他にもたくさんいるだろうと思いますけれど、たまたま、ちょくちょくお話を聞いていたNっちゃんをダシに使わせてもらって書き留めてみたら、こうなりました。

直接的には、もちろんNっちゃんの新しい1年へのエールですけれど、同じ道を歩もうとしている後輩さんたちにも、このストーリーが励ましになれば幸いです。

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