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2011年10月14日 (金)

野々島

浦戸諸島のおかげで、松島や塩竃あたりの被害は少なかったという話を聞いたことがあります。では、松島や塩竃を守った(?)島はどんな様子なのでしょうか。

桟橋からは仮設の道路が、本来の土地より一段高く作られています。私がここに来たのは2年前ですが、景色が変わっていて、方角がよくわからなくなりました。もちろんこの島にも津波は襲い、家屋を破壊していきましたが、幸い亡くなられた方はいらっしゃらなかったとのこと。学校は高台で、小さな島ですからすばやく避難できたのでしょう。今でもところどころに瓦礫の大きな山が築かれ、防災無線用の電柱が曲がったままになっています。そして、思わぬところに水が溜まっています。

Photo_3

学校は、幸い大きな損傷は受けず、7月まで避難所になっていたそうです。4月21日から学校が始まって、3カ月ほどは学校と避難所が併設されていたわけです。
普段から、島に住む方々と学校の方々は深い交流をもっているのですが、避難所を運営したことで一層絆が深まったと、校長先生は話してくださいました。

「ちょうど帰りの頃は大潮です。」と言われましたが、帰りの船着き場では地盤沈下の影響を実感しました。
Photo_4

海のように見えますが、右側は海ではありません。本当は埠頭なのですが、大潮の時にはこんなふうに完全に水没してしまいます。仮設の道路が一段高く作られているのも、水が溢れてきて水溜りになるのを避けるためだと思います。石巻などでは、普通に家屋があるところで、こういう状態が起きているのでしょう。

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