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ブログ:ココログ

2008年4月28日 (月)

マイルス本の耐えられない(?)厚さ

現代芸術論Aという授業、今年は半期をかけて「マイルス・ディヴィス」だけを聴いてもらうというプランを立てた。以前から一度やってみたかったのだ。

おぉ、何という偏った内容!大学の授業たるもの、独断偏見を排除してもっと多角的総花的になるよう内容を精査すべきである・・・な~んて言われそうだな。

バカ言うんじゃない、な~にが、ふぁかるてぃ・でぃべろなんとかだ。少なくともジャズというフィールドを見渡そうとしたら、結局マイルスにたどり着くのだし、ジャズのみならず、フュージョンやロック、レゲエやラップ、ヒップホップサウンドに至るまで、非クラシック音楽の多様な面に接近できる可能性を、マイルスは持っているのだ。もっとも、結果的にはマイルス以外のミュージシャンに焦点を当てる時間も多いと思うけれど。

そんなわけで調べてみたら、家にはマイルスのCD、レコードが50枚くらいあることがわかった。とりわけマイルス狂いというつもりもなかったのに、いつの間にかそんなことになっていたのか・・・。でも、マイルスのディスクはブート盤などを含めると300とか400とかいう数字になるそうだから、大したことはない。

そして、授業の準備には多少本を読んだりもしなければならぬ。いや、ならぬことはないが、やはり興味深いミュージシャンなのだから、読んでみたいと思う本が多いのだ。

ところが、ここに立ちふさがる問題。マイルス本は、どうしてこんなに厚いのだろう。

新書の2冊、『マイルス・ディヴィス ジャズを超えて』(中山康樹著、講談社現代新書)の228ページ、『マイルス・デイヴィス完全入門』(中山康樹著、ベスト新書)219ページや地球音楽ライブラリー『マイルス・デイヴィス』(TOKYO FM出版)221ページは、ごく手頃なページ数だ。

マイルス語録である『マイルスに訊け』(中山康樹著、イーストプレス)167ページ、『マイルスからはじめるJAZZ入門』(後藤雅洋著、彩流社)190ページ、『定本マイルス・デイヴィス』(ジャズ批評ブックス)267ページ、恐れることはない。

『マイルス・デヴィスの芸術』(平岡正明著、毎日新聞社)397ページは、できればじっくり読んでおきたいし、『マイルス』(ビル・コール著、諸岡敏行訳、晶文社)は本文197ページに逆側から開く資料109ページがついて、しかしこの2冊とも見た目にはごく普通のハードカバーの体裁。

『マイルス・デイビス自叙伝』(マイルス・デイビス、クインシー・トロープ著、中山康樹訳、宝島社文庫)は、とても面白いし真っ先に読むべき本だが、Ⅰ、Ⅱの2冊に分かれていて、それぞれが350ページ以上ある。

ちょっとびっくりするのは、最近出た『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究』(菊地成孔、大谷能生著、エスクァイア・マガジン・ジャパン)770ページ。小ぶりの版なので、本屋に並んでいると厚みが際立つ。厚いわりにはそれほど重くない(内容がではなく、目方が)のがせめてもの救い。

そして、極め付きは『マイルスを聴け』(中山康樹著)である。1992年に径書房から出た『マイルスを聴け!!』は340ページのハードカバーで瀟洒な装丁。初版を手に入れてからずっと愛読・・・というか参考にさせてもらっていた。

その後ヴァージョンアップを重ね、現行版は『マイルスを聴け!version7 』。なぜか「!」がひとつになり、双葉社文庫で975ページ!文庫で1,000ページに迫ろうかという厚さは京極夏彦と双璧。天晴れというかなんというか。

ここに挙げた以外にも、マイルス本はたくさん出版されている。その内容は入門書から伝記、研究書まで様々だ。ともすると、マイルス本が肥大する傾向があるのは、やはりマイルスの音楽にそれだけ論じるべき内容が多いということだろう。それは理解できる。しかし、新幹線移動の多い私などにとって、厚い本を何冊も持ち歩くのは、なかなか辛いものがあるのである。

2007年5月 7日 (月)

「裸婦の中の裸婦」

澁澤龍彦、巌谷國士著、4月に河出文庫版が発売されたばかり。

「裸婦の中の裸婦」というタイトル、ちょっとわかりにくいけれど、「~の中の~」とは「男の中の男」のような用法、つまり、数ある裸婦像の中でも特別に選りすぐった裸婦像というような意味で使われている。

1986年3月から1年間の予定で、「文藝春秋」誌に、澁澤自身が選んだ絵画・写真・彫刻など(もちろんすべて裸婦像)12点について自由なエッセイを綴るという連載が始まった。

しかしその年の秋、病魔に襲われたため、最後の3回分の執筆者に巌谷氏が指名された。翌87年8月に澁澤氏は死去し、この本は最晩年の仕事のひとつとして遺された。

文章は、架空の二人の人物の対話形式を取る(澁澤+巌谷の対談ではない)。総合誌への連載という配慮もあったのだろうが、著者自身とその分身と思われる対話体は読みやすく、美術作品を要領よく解読するのに大変有効である。晦渋な言い回しなど、ここにはまったくない。

12点の作品には、絵画の他に写真や大理石彫刻、人形が含まれる。各章につけられたタイトルは、いかにも澁澤好みのものだ。「幼虫としての女」(バルチュス)、「うしろ向きの女」(ベラスケス)、「デカダンな女」(ヘルムート・ニュートン)、「両性具有の女」(ヘレニズム時代の大理石彫刻)、「夢の中の女」(デルヴォー)、「美少年としての女」(四谷シモン)などなど。

最後の3回を引き継いだ巌谷氏が、亡き年上の友人に対する敬意に満ちた「あとがき」を書いていて、心に響く。

巌谷氏の文を引きながらこの本の要点をまとめるとするならば、「旧来の美術史にとらわれず、しかもそのポイントをはずすこともなく」「気ままに、気楽に」「遊び半分でいながらたいていは何か本質なことにとどいているような精妙な語り口」なのである。

あぁ、それは何と素敵なことなのだろう!大学で音楽を紹介するような授業もやっているけれど、「旧来の」音楽的価値観から自由になって、自分が最も薦めたいものだけを自信を持って選び、「気ままに、気楽に、遊び半分でいながら、何か本質的なことに届くように」語るのは何と難しいことか!

その気になれば1日で読めてしまう本だ。だが、著者が至ったこの密度の濃い軽みには、誰でもが容易にたどり着けるものではない。物事を啓蒙的に伝えるという行為の理想的な境地が、ここにはあるのではないだろうか。

2007年5月 3日 (木)

季節の変わり目

何気なくしゃがんだ途端、腰に痛みが走った。

毎日研究室へ大量に押し寄せてくる不要な書類を資源回収に出すために、ヒモで括ろうとした瞬間だった。金曜日の朝のことだ。重い束を持ち上げたわけでもなく、力を入れたわけでもないのに、まったく情けない。ただ、実は数日前から腰に違和感があったのだ。やはり年度初めは、仕事、主に授業のサイクルに身体がついていかないらしい。

幸いひどく傷めたわけではなさそうなので、翌々日くらいからはほとんど平常通りにしている。しかし、まだ背中から腰にかけて筋肉が突っ張っていて不快感がある。そこで、仙台で時々お世話になる接骨院に行くことにした。曇り空だった。

出かけようとして車にエンジンをかけたら、雨が落ちてきた。ありゃ、降ってきたなと思う間もなく、大雨になった。傘を持たずに道を歩いている人が、びしょ濡れになっている。車で15分ほど走って接骨院に着いた時には、小降りになっていた。

「気温上がってきたねぇ・・・。あぁ、蒸すと思ったら湿度66パーセントもあるよ。」院長先生が、誰かと話しているのが聞こえる。私は、背中と腰に刺さった鍼に電気を通されているので、うつ伏せのまま顔を上げることもできない。昨日は寒くて石油ストーブを焚き続けていたのに、今日は仙台でも20℃を超える予報なのである。

1時間半ほどして接骨院を出た時には、空は晴れあがっていた。気温も湿度も、本当に上がってきたらしい。だが、車を中島丁の家に置き、駅に向かうバスに乗ったら、また降りだした。今日の天気は一体何がしたいのだろう。

駅で、食事をするために店に入ったら、向こうの方の席で本を読みながら注文した品を待っているのは、同じ大学の先生じゃないのか。だがこの人とは、まったく話をしたこともなければ挨拶さえしたこともないのだ。親しい相手ならば、おやおやこんなところで!と声をかけようものだが、何とも微妙である。意味もなく気恥ずかしく、こちらに気づいてくれなければいいと思ってしまう。大学の食堂だったら何とも思わないのに、おかしなことだ。

新幹線で、前から気になっていながら読んだことのない作家を読み始める。ちくま文庫の「石川淳短編小説選」。まずは「マルスの歌」。

従妹の帯子が「ねえさん、死んだんです」と泣き崩れた。何も見ていないけれど死んだに違いないと言う。ところが、本当に姉は死んでいた。自殺の真似をしているうちに、本当に死んでしまったらしい。悲嘆に暮れる姉の夫・三治の元に、「ザラ紙のような薄い赤色の紙切れ」が届けられる。「硝煙のにおいがするはるか遠方の原野へ狩り立てるところの運命的な紙切れ」だ。葬儀の翌日、三治と帯子が伊豆の長岡へ発った。その知らせを受け様子を見に出かけていく「わたし」を包囲するように聞こえてくる、軍神マルスを称える歌・・・。

昭和13年、この作品の掲載誌は発禁になったそうだ。くねくねと長く続く文章、どこまでが現実なのか、どこからが幻想なのか判然としない風景。新幹線では、時折睡魔に襲われて眠ったり、目を覚まして読んだり、また眠ったりしたものだから、ますますこの奇妙な世界が沁み込んだ。読み終えた時には、東京に着いていた。

東京駅のホームは、いつになく混雑している。連休の合間だから、子ども連れが多い。東京駅の駅員は、こう言ったはずだ。「23番線に停車中のやまびこ号は、すぐにはご乗車になれません。」

折り返し運転する車両はこれから車内清掃しますよと知らせる、聞き慣れた放送である。しかし私には、確かにこう聞こえたのだった。

「23番線に停車中のやまねこ号は、すぐにはご乗車になれません。」

大丈夫かしらん、自分。35ページほどなのに、この小説の破壊力はすごいな。

寄り道をするために山手線に乗ったら、冷房が入っていた。昨日セーターを着て震えていたのは外国だったのか?

用を足すために歩き回って疲れたし、無性に珈琲が飲みたくなったので、喫茶店に入ろうと思った。大げさな店でなくても、タリーズかドトールでいいのだが、その手の店は探そうとすると見つからないものだ。汗ばみながらさらに歩き回り、ようやく1軒の専門店を見つける。

蝶ネクタイをした中年男が慇懃にお辞儀をしたので、少し面倒な予感がしたのだが、やっぱりそうだったか。メニューを見ると、ブレンド珈琲1,050円である。昨日の夕食も今日の昼も外食をしたが、勘定は1,000円未満だった。ほっけ炭火焼き定食よりも珈琲が高いのは、怪しからんとまでは言わないが釈然としない思いは残る。美味しかったさ、そりゃ。

とりあえず静かな店だったので、13ページほどの「黄金伝説」を読む。

焼跡で、三つの探し物をする「わたし」。一つ目は、狂ってしまった時計を直す職人。二つ目は帽子を売っている店。愛用の帽子は焼いてしまい、手元には戦闘帽しか残ってないのだ。三つ目は、空襲で生き別れになってしまった隣家の未亡人。「わたし」は彼女に、ひそかに恋をしていたのだった。夫人の消息についての手がかりは一向につかめない。だが、恋の思いも薄れてきた頃、思わぬかたちでその人は現われた・・・。

江戸の戯作者から野坂昭如に至る戯作的な文体、安部公房に引き継がれる不条理なシチュエーション。そして、どうやら漢籍にも通じていたらしい。まだ2作を読んだだけだが、この人はとてつもない作家なのではないか。

横浜のバラック店の、コーヒーとたばこのけむりの中に、探し求めていた夫人は現われる。だが、現実の私の前には誰も現われるはずもなく、向こうのテーブルでは中年の男女が静かに珈琲を飲んでいるだけだ。彼らが如何なる関係なのか知ったことではない。私は1,050円払って店を出る。蝶ネクタイがまた慇懃にお辞儀をした。人形のようだった。

2006年12月 3日 (日)

「東京名画座グラフィティ」

田沢竜次著、平凡社新書

音楽は、ディスクではなくて、生演奏で聴かなければその作品を聴いたことにはならない・・・と言った友人がいた。そして、楽譜を見ないと、その曲を理解したことにはならない・・・と。ある程度は同意するけれど、こいつの偏屈さに全面的に賛同する気はない。

しかし、映画は、映画館で観なければ観たことにならない・・・とは、どこかで思っている。あの映画観た?と問われたとき、その作品を家のテレビで観たのだったら、「あぁ、ビデオで観たよ」と、但し書き付きの、何だか煮えきらない返事をしてしまう。

だって、「七人の侍」の、客席まで泥だらけになりそうな疾走や「天井桟敷の人々」の画面から溢れてくる美しい情趣、「旅芸人の記録」の果てしない長さが、家のテレビで満喫できるかい?そばに携帯電話を置いたままにしようものなら、途中で電話やメールが鳴るかも知れない。郵便局や宅急便のお兄さんがチャイムを鳴らすかも知れない。いつだって一時停止できる。そういう環境は、やはり本当の意味で映画を観る環境ではないと思うのだ。何分かごとにコマーシャルが入るなんて論外。

最近は映画館から遠のいてしまった。なかなか時間が取れないこと、観たいと思う映画の情報と出会わないことが最大の原因だけれども、行きたい映画館がなくなったためでもあるのだと、この本を読みながら気づいた。そもそも映画館がどんどん姿を消していることは、あらためて言うまでもないだろう。私が仙台とご縁ができたこの十数年の間にも、仙台駅周辺から、映画館が少なくとも4つは消えたと思う。

著者は、私とほぼ同年代。都内の映画館を歩き回ったキャリアは、私など足元にも及ばない。けれども、多分20歳代に最も頻繁に映画館に通った私にとっても、この本に書かれている多くの名画座についての回想は、ストライクど真ん中だ。

新宿文化や蠍座で、文芸坐や新宿昭和館で今何をやっているだろう・・・と出かけていった。それぞれがものすごく個性的な雰囲気を持った劇場だったから、どこの館で何の映画を見たかということが、分かちがたく記憶に結びつく。若くて、何でも吸収する感性を持っていたからということだけではない。映画館、とりわけ名画座には、文化の発信基地であるという矜持があったのだと思う。

昨今のシネコンは、あの頃に比べて夢のような環境だ。ソファは広くてお尻が痛くならないし、こぼれたジュースで床がニチャニチャしたりしない。場内がトイレ臭いようなことはないし、タバコの煙で白っぽかったりもしない。だが、「この作品の上映は何番スクリーンです」と、同じような規格の、大きいか小さいかだけで区別された会場名で呼ばれるのは効率主義の見本のようで寂しい。

そして映画自体、近頃はDVD化されることが当然のことになっているのだから、スクリーン上映が常態、ビデオはあくまでも代替物という時代とは、作り方だって違っているはずだ。

1960~80年代あたりを「懐かしむ」本や記事があちこちに見られるようになったのは、団塊世代やシラケ世代がオヤジになって、そのあたりをくすぐるもくろみもあるのだろう。だが、あぁ、あの頃は良かったなぁ・・・という懐旧ではなく、その頃と比べて今は何が失われてしまったのかを検証して、良かったところはこれからもう一度活かしていこうよという話にならなければ意味がない。

この本の著者は、あとがきでこう記す。「名画座の時代、あるいは映画館体験の豊饒な記憶を持っている人たちは、少しでもひまができたら映画館に出かけてください。」叫びか懇願か、私にはこの呼びかけが痛く響くけれど、「映画館体験の豊饒な記憶」を持つことのできなかったと思われる若い人たちにも、この言葉は届くのだろうか。

2006年11月16日 (木)

「下駄で歩いた巴里」

林芙美子紀行集(立松和平編)、岩波文庫。

この本の約半分では、北京やハルビン、そしてパリやロンドンでの滞在が描かれている。時代は昭和ひと桁。また残り半分には、時代は少し後になるが、北海道や樺太、伊豆や関西など国内を旅した紀行文が収められている(樺太は当然「国内」だった)。

これらのほとんどを、林芙美子は単身で旅しているのである。1930年代という時代に、二十代の女性がひとりシベリア鉄道に乗って旅するのは、今では想像できないくらい大変なことだろう。それなのに、怖いもの知らずというわけではないのだが、読んでいるだけでハラハラするようなところへも、一人でどんどん行ってしまう。

ところで、10月12日の記事で紹介した「文学全集を立ちあげる」(文藝春秋社)の中で、フランス文学者・鹿島茂氏が面白い発言をしているので要約してみよう。

・・・以前、「私鉄が描かれている小説」を調べるために文学全集を片っ端から読んだことがある。ところが、男の小説はまるっきしだめ(その役には立たない)。固有名詞が出てこない。それにひきかえ、女流の作品には「玉電に乗って」とか書いてある。

「そうか、女流小説というのは固有名詞的なところから出発するんだな。日本を社会史的に見るには女流に限る」って(笑)。

ブログは、男性より女性が書くページの方が断然面白いと思う。固有名詞的な発想から世事を写し取っているために、描写が直接的、具体的でわかりやすく、風景や心情を想像しやすいからか。これは、日本の優れた古典日記文学の作者の多くが女性だということと関係があるかしら・・・。

林芙美子はブロガーである・・・と言ったら、いくらなんでも言い過ぎだろうか。誰でも書けるブログの文章と違って、あくまでもこれは文学者の感性が編んだ紀行文だ。次第にキナ臭くなっていく時代の気配も見逃されるはずがない。だがそれにも関わらず、ブログを覗き見ているような面白さ、固有名詞的発想から出発して瑣事を記録した面白さがこの本にはある。

ちょうど、裁物板のような長い板が膳がわりで、その上に箱火鉢とどじょう鍋が並ぶのである。薬味の葱を入れた大きな木箱には唐辛子も沢山はいっていた。どじょうの味噌汁と、どじょう鍋と御飯で一人が五十銭たらずである。米もまだ白くておいしい御飯だった。(「私の東京地図」)

「駒形どぜう」について記したこの部分、五十銭ではないにしても、今でもそれほど雰囲気は変わっていないのではないか。

私は林芙美子の良い読者ではない。代表作の「放浪記」も「浮雲」も未だ読んでいない始末でまったく不勉強なのだが、この紀行文で思いっきり素顔を見せてくれる林芙美子は、明るくて元気なリベラリストである。反面とても寂しがり屋でもあり、気丈さと人恋しさの間でしばしば気持ちが揺れ動く様子などは、著名な作家が著した記録というよりも、すぐそばにいる親しい友人の日記のように思えてくる。

私はいったい楽天家でしめっぽい事がきらいだが、そのくせ、孤独を全我としている。私の文学はあこがれ飢えることによって、ここまで来たような気がする。いまでも、私の目標は常に飢え、常にあこがれることだ。(「文学・旅・その他」)

そして、その目線がいつもその土地の庶民に向けられていることも、この本に親しみを覚える理由かも知れない。

素敵な人だったんだろうなぁと想像する。

2006年10月17日 (火)

「20世紀音楽 クラシックの運命」

宮下誠著、光文社新書。

今年9月の新刊。20世紀クラシック音楽は「わからない」だろうか?という問いからスタートしての、20世紀クラシック音楽案内書。著者は、美術史学を専門とする國學院大学教授。音楽は専門ではないからと謙遜して書いておられるが、新書としては異例の446ページという厚さ、目次だけで13ページ、いやはや大変な本である。そして、まず20ページに及ぶ「はじめに」では、20世紀音楽が抱え込んだ問題がわかりやすく解説されている。

ヴァーグナーからヴォルフガンク・リームまで、専門の美術史と比較して論じられる部分もあるが、主体となっているのはトピック別に要領よくまとめられた作曲家・作品紹介。しかも、既存の本では多くを知ることができなかった作曲家たちを特に丁寧に紹介している。例えば、ドビュッシーやラヴェルは3ページ足らずなのに、ヒンデミットに36ページ、パウル・デッサウに17ページを割いているという具合。ヒンデミットのページ数が異様に多いのは、オペラのあらすじを紹介していたりするからだ。いやはや大変な本である。

これは、私たちのような者にはとてもありがたいけれど、かなりマニアックだよなぁ・・・。そして、どうしても総花的で、もしも20世紀クラシック音楽入門として読もうとする人がいたら(いるとすればだけど)、結局何から聴けばいいかはわからないだろう。4月12日の記事「文学全集を立ちあげる」に見られるような思い切った価値判断も、時には必要だろうと思う。もっとも、そもそも20世紀クラシック音楽というものが一般には認識すらされていないのだから、価値の薄いものはバッサリ斬って捨てよとか言う前に、まずは聴いてごらんよというのも理解できるが。

とにかく、20世紀クラシック音楽を聴くのは結構好き、これからもっと聴いていこうと思っている人たちには、貴重な本であることは確かだ。ハルトマンやプフィッツナーやアイネムやヒナステラのことを、新書版の本で読めるようになるとは思ってもみなかったもの。348ページから426ページまでは、DVDやCD等の紹介。これもかなりありがたい。ありがたいけれど、それに頼って集めだしたりすると、相当なマニアになってしまうだろうなぁ・・・と思わずつぶやくほど、私も20世紀クラシック音楽を作ってきた端くれだから、それなりにいろいろな作品を聴いてきているが、とてもとても敵わない博識ぶりなのである。

2006年10月12日 (木)

「文学全集を立ちあげる」

いずれ劣らぬ碩学、作家・丸谷才一、フランス文学者・鹿島茂、文芸評論家・三浦雅士の三人が、架空の文学全集を編むために、誰のどんな作品を収録すべきか、合計12時間に亘って議論を繰りひろげる。文藝春秋社。

「世界文学全集篇」はギリシャ、ラテンの古典からロラン・バルトやブラッドベリ、ヴォネガットまで、「日本文学全集篇」は古事記から「第三の新人」、大江健三郎まで。作家や作品が選ばれる基準は、文学史的な知名度の高さよりも「今読んで面白いこと」。この作家は一人で1巻なのか、二人や三人で1巻なのか、いやいや一人で2巻になってもいい・・・谷崎は3巻になってもいいだろう、中島敦を1巻にしておけば芥川ははずしてもいい、「小説の神様」と言われる志賀直哉は本当に必要なのかなど挑発めいた発言もあって、議論は楽しく白熱していく。

かくして世界篇133巻、日本篇84巻の大全集が「完結」する。架空の文学全集というのはもちろん遊び心だが、巻頭に、これはつまりキャノンの問題なのだと宣言されている。キャノン(CANON)とは「正典」「規範、基準」。くだけた言い方にすると、「知識人が必ず読んでいなければならない、あるいは読んだふりをしなければならない、そういう文学作品」ということになる。通読すると、教養主義的ではない作品本位の文学史としても読めるし、この作家を読むならこのあたりからという親切な文学案内にもなっていることがわかる。

それにしても、本当に読んでいないものだなぁ・・・。情けないくらい。タイトルは知っていても、ほとんどの作品を読んでないと言った方がいい。私の場合は、特に世界篇。もちろん、本読みとしてプロ中のプロであるこのお三方のようにはできないにしても、この本で取り上げられている作品に、一つでも多く近づきたいものだなぁと思う。

2006年9月23日 (土)

こんとらばすのとらの巻

そうそう!9月20日の記事でKEIZOさんのことを書いたけれど、彼の名著を紹介するの忘れとりました。

「こんとらばすのとらの巻 音楽とコントラバスを愛する人のための事典」春秋社

初めはたしか「コントラバス大事典」のようなタイトルで書いていた原稿を見せてもらっていたのだけれど、出版してやろーじゃないの!という奇特な出版社が現われ、しかもそれが、私たち音楽をやる者はその出版楽譜にもれなくお世話になったであろう春秋社ということで、余計にびっくりしたものだった。

「事典」といっても A. ビアスによる「悪魔の辞典」の衣鉢を継ぐ。

[二階から目薬]指揮者がオーケストラに深遠な美学を語ること。

[傷口に塩を塗る]親切な同僚が話してくれる。「よけいなことかも知れないけど、おまえが今晩、独りで間違って飛び出した音、ちょっと低かったね。」・・・という具合。

それとはわからぬように地雷踏んじゃっている項目もあるが、KEIZOさんの音楽観と社会観と人生観と趣味と独断と偏見が満載されている奇書。

左下に写真を載せておきます。

2006年9月 1日 (金)

「東西不思議物語」

澁澤龍彦著、河出文庫

澁澤作品を紹介しようとすると話がややこくしなりそうだが、この本などは澁澤入門にも良さそう。ヨーロッパあるいは日本の、古代や中世の書物に伝えられている不思議な話が全部で49編。新聞連載をまとめたものなので、それぞれは4ページ程度で完結している。それぞれのタイトルは、「鬼神を使う魔法博士のこと」「肉体から抜け出る魂のこと」「天女の接吻のこと」「アレクサンドロス大王、海底探検のこと」などなど。

不思議な話、怖い話と言っても、今や怪談語りのプロになり、以前は身体を張ったお笑い芸人だったことなど知らない人も増えている稲川淳二の語るそれのように、オドロオドロしいものではない。
たとえば、「腹のなかの応声虫のこと」の一部分を紹介しよう。ある女子修道院で、若い修道女がレタスの葉を食べたところ、お腹の中に悪魔が入ってしまった。大騒ぎになり、祈祷師が呼ばれて悪魔祓いをすると、悪魔が答えていわく「おれはただレタスの葉の上にじっとすわっていただけだよ。べつに娘の腹のなかにもぐりこみたかったわけじゃない」。「悪魔にしてみれば、修道女に食われてしまったのが災難だった」というわけだ。
眠っている間に、魂が小動物の姿をして口から出て行き、また帰ってきた話など、私は結構好きだ。しかし、そんなふうにあらすじで書いてもちょっとつまらない。ぜひ澁澤龍彦の名文で楽しんでいただきたい。

怪談やホラーにはほとんど興味がないけれど、こういう不思議話は楽しい。柳田國男「遠野物語」にも不思議話はたくさんあって、たくさんの人々の、自然や人生に対する畏怖や知恵などが反映しているようなところが共通しているかも知れない。不思議でちょっと怖くて、でも楽しい本だ。

2006年8月23日 (水)

ポール・オースターのニューヨーク三部作

ポール・オースターのニューヨーク三部作について、メモしておこう。

ポール・オースターは、1947年生まれの現代アメリカの作家。ニューヨーク三部作は1985~86年に書かれた三つの小説をさす。その三つとは、「シティ・オヴ・グラス(ガラスの街)」(山本楡美子・郷原宏訳、角川文庫)、「幽霊たち」(柴田元幸訳、新潮文庫)、そして「鍵のかかった部屋」(柴田元幸訳、白水Uブックス)。
三部作といっても、雰囲気に共通性はあるが、設定も登場人物も違っているから、どれから読んでも、どれかひとつだけ読んでも、まったく差し支えない。

どの作品も、とても明確な設定で物語は始まる。
例えば、「幽霊たち」では、主人公である私立探偵は、ある男を見張るように依頼され、真向かいの部屋から監視をはじめる。ところが・・・。
「鍵のかかった部屋」では、ライター(文筆家)である主人公のもとへ、幼な馴染みの男が失踪したという知らせが届く。男は厖大な量の原稿を残していた。ところが・・・。

「ところが・・・」のあとの展開は、どの作品もミステリーの色合いが濃いのに、犯人も現われなければ事件すら起こらない。事態はほとんど動かないのに、不穏な気配だけが濃厚になっていく。やがて、主人公の内面に変化が起こる。いつの間にか少しずつ。そしてそれは次第に致命的なものとなり、彼はどんどん壊れていく・・・。

ミステリーの手法と面白さで進みながら、物語は人間存在の不安と孤独に覆いつくされていく。ポーやカフカの怖さに通じるかも知れない。ポール・オースターは「エレガントな前衛」と冠せられることもあるようだ。観念的で難解なだけの前衛ではない。得体の知れない虚無を扱っていても、その文章は明晰でエレガントなのである。
とりわけ柴田元幸氏の訳はとても読みやすく、オースターの筆致を的確に再現していると思う。

2006年8月17日 (木)

「はじめてわかる国語」

大学の同僚さとてぃ女史は、音楽学という難しい学問を物する立派な博士だが、しばしば授業からへろへろと戻ってきては、自分の研究室に入らずに、扉が開けっ放しになっている私の部屋の戸口に立って、「ちょっと休ませてくださ~い・・・」とヘタレ込む。そして、しばらくヘタレてから自分の部屋に戻って行っては、はっ!鍵がない!とか騒いでいる。鍵?そこのテーブルの上に忘れてるよ。

そのさとてぃ先生が、へろへろとではなく、むふふふ・・・と不敵な笑みを浮かべながら戸口に立った時は要注意だ。そういう時はたいてい本を持っている。そして、「こんなものが~♪」とか言いながら、持ってきた本を私の部屋に置き去りにしていく。

わ!やめろ~やめてくれ~!!

面白い本を持ってきて置いていくのである。わたしのものはあなたのものよ~♪という悪習なのである。いま私には、それを読んでいる余裕がない。読みかけやら、これから読まなければならない本がある。なのに、そうやって道草食いを誘惑するのである。もっとも、私だっていつもやられっぱなしでいるわけではない。くひひひひ・・・とか言いながら彼女の研究室へ行って、吉行淳之介や田中小実昌のエッセイなど、どうでもいいようだが侮れない、今すぐ読む必要なんかないのに思わず今すぐ読んでしまうような本を投げ込んでくるのだ。

そんなふうに、最近さとてぃ先生が置き去りにしていった本が「はじめてわかる国語」(清水義範、絵=西原理恵子、講談社文庫)である。少し前(8月1日)に、読書感想文についてここに書いた記事を読んでくれたからかも知れない。
今大流行(?)の日本語モノとは少し違う。学校で習う「国語」、日常生活でふれる「国語」のさまざまな不思議や悩みを話題にしている。面白かったので、一気に読んだ。

例えば、私たちは「お慶び」と書いたり「お喜び」と書いたりする。「ありがとう」と「有難う」、「宜しく」と「よろしく」は、どちらが良いのか。「ひきだし」は「引出」なのか「引出し」なのか「引き出し」なのか、はたまた「抽出」か「抽出し」か「抽き出し」か・・・。この手のことで迷うことあるでしょう?
「生臭い」、「生野菜」、「生ビール」、「生足」、「生返事」、「生唾」、「生原稿」、「生乾き」、「なまめかしい」・・・これらの、「なま」とは何か、共通点はあるのか・・・。
あるいは、「拉致」、「(タイムリーな用語になってしまったが)拿捕」などと書けない常用漢字の問題。これらの語は、はじめは読めないかも知れないけれど、だからといって「ら致」「だ捕」なんて書くのは変だ。
また、ふりがなについて。「税金」は「ぜいきん」なのに、「姉さん」は「ねいさん」じゃなくて「ねえさん」が正しい、「にいさん」と書くのに「とおさん」ではいけない。・・・どうしてこんなにややこしいのか・・・。

清水義範を読んでいると、実は時々恥ずかしくなることがある。それは、この人が私と同じ名古屋出身で、しばしば名古屋弁をネタにするからだ。例えばふりがなの話題で、彼はこう指摘する。「『満員』を名古屋の人は『まあいん』に近い発音でしゃべっている」・・・う~ん、「満員」は「まあいん」だよな・・・。と、わかってしまう自分が恐ろしい。

話題は、谷崎をはじめとする作家たちが書いた「文章読本」の検証にも及ぶ。文豪の「文章読本」は、作曲家の書いた「作曲技法」の本に共通するところがありそうだ。つまり、巨匠の考え方を知るには良いが、実用にはほとんど適さない。作品研究には有用でも、それを読みこなせば小説や音楽作品が書けるようには決してならないということである。シェーンベルクしかり、メシアンしかり。

清水義範氏には「日本語必笑講座」(講談社文庫)という名著(快著?怪著?)もあるが、教育大学国語科卒業という経歴が「はじめてわかる国語」に生きていると思う。「だから、内容の確かなことを書くだろうという予見は捨ててほしい」と、ご本人は初めに釘をさしているけれども。しかし、そういう経歴の作家だからこそ書けた本だと思う。

2006年7月31日 (月)

「オシムの言葉」

だいたいが天邪鬼(あまのじゃく)だから、ベストセラーだぞと騒がれると読む気がしなくなってくる。私のみならず、私の周りにそういう人は案外多いのではないかな。そんなわけで、「バカの壁」も「国家の品格」も「ダヴィンチ・コード」も、「ハリー・ポッター」ですら読んでいないのだから、そのことで幾分損をしているかも知れないが、他に読みたい本は山のようにあるから不自由はしない。ベストセラーであっても読みたくなったら読めば良いと思っているし。

で、「オシムの言葉」(集英社)である。前々から気になっていた本だが、読む機会を逃していた。しかし、川淵キャプテンがいささか確信犯的に口をすべらした翌日近所の書店に走り、平積みになっていたらしい最後の一冊を買ってきた。そんなに慌てて買いに走ったのは、これから間違いなく増刷されてベストセラーになるだろう、ベストセラーは読みたくないという天邪鬼心が出て、読む機会を逸してしまうのは惜しいと直感したからだった。果たして、今や書店では山積み、あちらこちらでオシム氏をクローズアップした番組が作られ、著者の木村元彦氏がテレビに出たりと大ブレイク中である。

本の内容は、いわゆる「オシム語録」ではない。むしろ評伝に近いノンフィクション。内容はあちらこちらで紹介されているから、私ごときがここでグズグズ書く必要もないだろう。しかし言えるのは、私たちがいかに「平和ボケ」していて、安全安心の国で温くサッカーを楽しんでいるかが痛いほどわかるということだ。オシム氏が、いや彼のみならず旧ユーゴスラビアの人たちが舐めてきた辛酸について、そしてその中で行なわれてきたサッカーについて、私たちはほとんど無知で、しかもそれが半世紀も前の出来事ではなく、たかだか1990年代前半、今から20年も前ではないという事実に愕然とする。そして、読みながら何度か胸がいっぱいになった。

オシム氏の「言葉」は独特で、ユーモアと皮肉に飾られたアフォリズム・・・と安易に思いこみがちだが、どうやらそれは正しくない。この本を読んで感じたのは、彼の「言葉」は、例えばソ連の大作曲家ショスタコーヴィッチのそれに通じるところがあるかも知れないということだ。もちろん、下手なことを言うと粛清の危険があるというほど緊迫した環境ではないから、ショスタコーヴィッチほど屈折してはいないが、少ない言葉にきわめて複雑な思いを込めて語られるために、額面のまま受け取るべきかどうか熟慮が必要という意味で、社会主義体制を苦悩しながら生き抜いた知識人の言葉という共通点があるように感じる。
サッカーに多少なりとも興味がある方にはぜひ一読をお薦めするし、サッカーについて知識がなくても十分に読みごたえのある本だと思う。

ちなみに、「オシム語録」はジェフ千葉のホームページで読むことができる。
例えば、「巻はジダンになれない。だけど、ジダンにないものを持っている。」
何という賛辞!こんなことを尊敬する師匠から言われたら、武者震いしちゃうだろうなぁ。

明日、オシム・ジャパンの最初のメンバーが発表される予定。今回はいろいろと制約があって、思うようなメンバーを揃えられないとオシム氏は頭を抱えているというが、これからどんな選手たちがオシム監督の下で成長していくのか、とても楽しみだ。

2006年5月14日 (日)

音が凍りついてしまった

むかしから、いつか絶対読みたいと思っている本がいくつかある。それなのにさっさと読みかからないのは、いずれも長尺で、それを読み始めたら、きっと当分の間他のものを読めなくなるだろうと思うからだ。
けれども、老眼も進み始めているし、そうでなくても記憶力が低下しているのに、これからもっとどんどんボケてくるだろうから、そろそろ取りかからなければとは思う。思うけれど、まだ手をつけていないものの重要なひとつが、ラブレー「パンタグリュエル物語」だ。5月9日付け記事「音がなければ夜は明けない」のコメントで予告したけれど、「音がなければ・・・」の中の山口昌男氏の文章にある「音が凍りついてしまった話」が面白かったので、紹介しておこう。
山口氏がラブレー「パンタグリュエル物語 第四之書」(渡辺一夫訳)から要約・引用している部分を、孫引きして紹介しておく(山口昌男「「音を凍らせる」)。

航海に出ていたパンタグリュエルが空中に何か物音が聞こえるような気がした。そのうち、男や女や子どもや馬の声音が聴こえだした。船長は次のように説明した。
「殿、お恐れになることは、何もございません。ここはも氷海果てるところでございますが、この海原におきまして、昨年の冬の初めに一眼族と雲歩族との間で、激しく無慚な戦争が行われたのでございます。その時、男や女の言葉や叫び声、群集の立てる武器の音、甲冑や馬の胸甲なとの触れ合う音や、馬どもの嘶(いなな)き、その他戦場の物恐ろしい物音が空中で凍りついてしまったのでございます」
・・・・・こういう言葉が一時に溶けると、ひん、ひん、ひん、てす、てぃっく、とるしゅ、るにゅ、ぶるどだん、とらっく、とらっく、とるる、とるるる、とるるる、とるるるるる、とるるるるるる、おん、おん、おん、おん、うしうしうしうおん、ごっと、まごっと、その他てんで見当もつかぬ蛮語が聞こえた・・・・・・

音が空中で凍ってしまい、ある時、それが一時に溶け出してごちゃごちゃに聞こえてきたいうわけ。この部分だけを読んでも、戦争についての強烈な風刺であることがわかる。そして、並べられている擬音がとても可笑しい。

2006年5月10日 (水)

「プールサイド小景」

庄野潤三の短編。

どうやら庄野氏は、私の神奈川の家のご近所にお住まいらしい。駅前の書店には庄野コーナーがあるし、最近の作品には、この近所のことが実名でたくさん登場する。「○○ストアで買い物をして」「××でタンメンを食べる」云々。○○ストアも中華料理店××も、小田急沿線のこの駅のすぐ近くにあって、いつも通りがかっているところだ。そして、こういった近作は、エッセイなのか日記なのか私小説なのか判然としない(判然としなければいけないことはないけれども)。どこかのおじいちゃんが書いたさもない日記のようにさえ見える。
けれどもそれは、例えば天才画家が描いたほんの一筆書きのような絵を指して、なぁんだあんな絵なら幼稚園児にだって書けるよ・・・と言うようなもので、実はそれは幼稚園児には決して描けないものだし、どんなおじいちゃんでも書けるというような文章ではないのだ。
「プールサイド小景」は、昭和29年に書かれた芥川賞受賞作。近作とどんなふうに違うのかなと思って読んでみる。

あらすじを書くのはかなり無駄なことだ。
「会社の金を使い込んだのがばれてクビになった課長代理とその妻の葛藤。」

・・・そうには違いないのだが、そう書いても、この作品を伝えることには全然ならないところが面白い。具象を描いていても、たとえば林檎が描かれていても、林檎を描くことが目的ではない、そもそもそれは確かにリアルに林檎のかたちをしているが、本当に描かれているのは林檎ではない・・・というような感じ。デュフィやマグリットの絵画と比べてみたらどうだろう・・・マグリットほどシュールレアリズムではないが・・・。設定は向田邦子的と言えないこともないけれどもう少し大らかで、もっと高い場所から見守っている感じがある(もちろん、時代的には庄野氏の方がずっと早い)。冒頭の、電車から見えるプールの場面が、結尾でもう一度戻ってくるのは鮮やかだし洒落た構成だ。そして、実際は大変苦労して書かれたということだが、作品の構えとしてまったく大仰ではなく、肩の力が抜けているように見えるのは、近作とも共通することかも知れない。
確かな人間観察に裏打ちされていながらも、仕上げられた作品は余計な混ざりもののないすっきりとしたすがたをしている。キャリアから見ても年齢から言っても(庄野氏は1921年生まれ)、今や老大家と見なされてしかるべきなのだが、足跡に過剰な重々しさが感じられないのは、その作風のためだろう。私たちにとって、こういう作家はとても必要なのだと思う。[新潮文庫]

2006年5月 9日 (火)

「音がなければ夜は明けない」

ジャズピアニスト、山下洋輔編著の楽しい本を紹介しよう。
いずれも「音がなければ夜は明けない」18人、南伸坊にはじまって、篠原勝之、矢野顕子、筒井康隆、かんべむさし、相倉久人・・・といった人たちのエッセイが並ぶが、「音楽がなければ・・・」ではなく、「音がなければ・・・」というところ、ひとひねり効いている。
さらにそれぞれのエッセイは、編著者・山下洋輔氏からの、「音」や「音楽」に関わる質問や、「音」についての「言葉」をくださいという呼びかけに応えて書かれたもの。SF作家・堀晃に対する質問は、「ブラックホールに落ち込みながらジャズを演奏すると、どのように聞こえますか」という具合だ。

どこから読んでも良いし、数編だけをつまみ食いでも面白いだろうけれど、やはり初めから順番に読んでいくのが良さそう。とりわけ私には、日高敏隆(動物行動学)の「イヌが聞く音について」、山口昌男(文化人類学)「音を凍らせる」、村松友視(視の字は正しくは示+見)「歌舞伎座の音」(「歌舞伎の音」だけではないところが楽しい)、徳丸吉彦(音楽学)「三味線のサワリについて」あたりが面白かった。山下氏は優れたエッセイストとしても知られているけれど、ここでは本のディレクターとしてすてきな仕事をしている。[光文社、知恵の森文庫]

2006年4月23日 (日)

「秘密」

私の、ではありません。谷崎潤一郎の短編。明治44年。

「私」は身のまわりの賑やかな雰囲気を遠ざけようと、浅草裏の寺の庫裡を借りて隠遁する。その八畳間に、地獄絵図をはじめとしてさまざまな仏画をかけ、香を焚き、魔術や催眠術、探偵小説、解剖学などの書物を置き散らし耽読していた。書物からは、惨殺、麻薬、妖女、宗教など種々雑多の傀儡が、香の煙とともに立ちこめる。ある日、「私」は古着屋に下がっていた女物の袷を見つけ、急にそれが着てみたくてたまらなくなった。鏡台に向かって厚化粧をし、長襦袢、半襟、腰巻そして袷に身を包み女の姿になって、魔都・東京、浅草の夜の街へとさまよい出る。そしてそれが夜毎の密やかな快楽となった。一週間ばかり過ぎたある晩、いつものように女の姿で街へ出た「私」は、活動写真館の客席に思いがけない人物の姿を見出す。それは数年前、名も知らぬまま関係を結び、そして捨てた女だった・・・。

どうです、この禍々しい雰囲気!このプロットはほとんど江戸川乱歩だ。
谷崎と乱歩は、意外にも近い。実際、谷崎初期の作品「金色の死」は、乱歩「パノラマ島奇譚」に大きな影響を与えたのだという。この「秘密」も冒頭は何気なく始まるのに、数ページもしないうちに禍々しい(まがまがしい)雰囲気が、それこそ煙のように立ちのぼってくる。そして、文章が流麗だからつられて読み進んでしまう。悪夢がべったりとまとわりついてくるかのようなおののきと倦怠感。浅草裏という場所の設定も効果的だ。思い起こすのは、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」。「四谷怪談」の発端は賑やかな浅草観音境内であり、続く殺しの舞台は浅草裏田圃だ。繁華な街の喧騒とその裏側の悪所の雰囲気(もちろん現代は違います)を、谷崎もこの不思議な物語の背景として巧みに使っている。

2006年4月 9日 (日)

キャッチャー・イン・ザ・ライ(ライ麦畑でつかまえて)

そんなことインチキだ!まったく嘘臭くって嫌になっちまう!っていうこと、ありませんか。

こいつのガサツさ、しょうもなさには我慢ならない!って、とりあえず自分のことはタナに上げて、できることなら一発殴ってやりたいくらいイライラさせられる奴が、周りにいたりしませんか。

かと思うと、自分自身のことがすごく嫌になって、どこかへ消えてしまいたくなったり、今の自分を理解してくれる誰かを探して、あちこち友人に電話しまくりたくなったりすることは・・・?現代だったら、メールを送りまくりたくなる・・・かな。

J.D.サリンジャー作、1951年。
不思議な小説である。謎の場面、よくわからないところがありながらも、「永遠の青春文学」として読み継がれている。細部は忘れてしまっても、後に何かが残る。
インチキ臭い世の中が嫌になったり、周りの奴にイライラさせられたり、自己嫌悪と自己憐憫に振りまわされたり・・・そんなことに身に覚えがある人にとっては、やはり何かが沁みる作品なのだ。

オトナになると、ずるくなる。というより面倒だから、嘘臭いと思ったら無視する、我慢ならない奴には関わらないようにする、自己嫌悪などという厄介な感情はどこかへ棚上げしてしまう・・・。16歳のホールデン・コールフィールドの怒りや孤独は、遥か遠いむかしのデキゴトとして、アルバムに挟んで押入れの中にでも片付けてしまう。面倒をこうむりたくない、そんな暇はない、私は疲れているのだ・・・などさまざまな言い訳とともに。
これを、人は老化と呼ぶのだろう。

1960年代から読まれてきた「ライ麦畑でつかまえて」は、野崎孝による翻訳。野崎訳は歴史的名訳だが、この作品を貫く「若者ことば」の文体は、今となっては少々「むかしの若者」という感じが否めない。
そこにきて、2003年に村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が出た。本屋で見つけたとき、これは良いに違いないと直感した。私は、村上春樹のすごく熱心な読者ではないけれども、いくつか読んでいて知る限り、彼こそ、2000年代のホールデンにマッチした文体で、ちょっと謎めいたこの小説の内実を伝えてくれるにふさわしい人だろうと思った。そして、そのとおりだった。

この作品をまだ読んだことがなくて気になっている人はもちろん、むかし野崎訳を読んで感銘を受けたという人にも、村上訳を一読されることをお薦めしたい。これからは村上訳がスタンダードになるだろう。私はハードカバーで読んだが、ごく最近廉価なペーパーバック版が発売されて、気軽に手に取ることができるようになった。

「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝訳、白水社Uブックス
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」村上春樹訳、白水社ペーパーバック・エディション

2006年3月22日 (水)

今日届いた本 2冊

オンライン書店のbk1から。

大岡信+谷川俊太郎「対談 現代詩入門」(思潮社、詩の森文庫)。
「入門」といっても、著名な作品を紹介するガイドブック的なものではなく、体験から語り起こした平易な詩論・・・のようだ。
(まだ読んでないんだから、これ以上は言えないな。)

ルドルフ・チェスノフリーデク「利口な女狐の物語」(関根日出男・訳、八月舎)。
ヤナーチェクのオペラの原作。昨年の夏に出たものだが、これがこの作品初の完全邦訳であるという。オリジナルの挿画もたくさん入っていて、簡素な作りながら、なかなか美しい本だ。

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(写真は、本文と関係ありません。)

「刺青」「少年」

谷崎の短編集のはじめの2編。

「刺青」は処女作との由。文庫で10ページほどの小品。背中に巨大な女郎蜘蛛を彫られた娘が、その刺青姿そのものの魔性に変身していく。ダイナミックな語り口だが、ウェルメイドなファンタジーという枠の中におさまっているような印象。それに対して、「刺青」の7ヵ月後、明治44年6月に書かれたという「少年」の生々しさはどうだ!3人の少年と1人の少女の倒錯した「遊び」。残虐の陰には微かな同性愛の香りがあり、そして最後には女王と下僕のサディズムに収斂する。絵草紙、もしくは歌舞伎の倒錯した狂愛、折檻、殺しの場面を思い起こさせる。無論、単なるエログロではないが、しかし、このデビューは衝撃的だったろうなぁ・・・。

2006年3月15日 (水)

JJ氏のエッセイ

0315寝る前には、最近たくさん復刊された植草甚一のエッセイをひとつかふたつ読む。本について、散歩やコーヒーや小物について、ファッションについてなど、どんな話題であっても、話のトーンが変わらないのだ。いつも同じような、それでいて何度でも聞きたいような語り口は、大好きな年長者のそばでいるようで、気分がほぐれていくのがわかる。植草甚一に癒しの効果があるとは、70年代に読んでいた時には思ってもみなかったけれど。