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2010年7月19日 (月)

人の頭は、不思議な力をもっていた

大学の図書館が出している児童書紹介リーフレット「カムパネルラ」に、駄文を弄しました。アメリカ・インディアンの詩による絵本の紹介です。こちらから読むことが出来ます。

http://www.lib.miyakyo-u.ac.jp/library/Campanella/201007/ka17_1.html

2008年12月 5日 (金)

最近、本を読むスピードが落ちたような気がするけど

この数ヶ月ほどの間に読んだ本をメモしておく。

・「漱石の孫」(夏目房之助著、新潮文庫)

文字通り漱石の孫である漫画家・夏目房之助氏が、漱石がロンドン滞在中に下宿した部屋を訪ねる。その時、心ならずも沸き起こった感情。その意味を解いていく。さとてぃせんせにお借りした本。

・「フェルメール全点踏破の旅」(朽木ゆり子著、集英社新書ヴィジュアル版)

フェルメールについての本はたくさん出ているが、これは今年のフェルメール展を観る前から気になっていた本。作品が所蔵されている欧米の美術館を巡る。作品の制作年代別解説ではないので、作品スタイルの変遷を理解するためにはわかりやすいとは言えないが、新書版というフォーマットの良さもあって気軽に読める。

・「旧約聖書物語」(犬養道子著、新潮社)のうち、「列王の書 預言者エリア」の部分

メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」の内容を理解するために読む。それにしても、この名著、まだ最初から通して読んだことがない。いつかじっくり読む時間を作りたい。

・久生十蘭作品集「湖畔 ハムレット」(久生十蘭著、講談社文芸文庫)

久生十蘭を読むのは初めて。これはやばい。面白い。特に「湖畔」は、いささかペダンティックな文体で、聞きなれない単語が頻出するが、字面を見ればほとんど意味はわかるし、ずるずると引き込まれる。久生十蘭にハマるのを「ジュウラニアン」と言うのだそうだ。もう少しいろいろ読んでみたいが、いずれ私も「ジュウラニアン」の名乗りを上げる可能性あり。

・「硝子戸の中」(夏目漱石著、岩波文庫)

新聞連載のエッセイ。内面の底を照らし出すような文章は、内容がごく身近な事柄である場合にも、不思議な幻想味を帯びている。その陽炎のような靄の向こうから、漱石の日常が垣間見える。

2008年10月12日 (日)

本を包む

東京・神田神保町は、好きな街だ。

Photoたくさんの書店、古書店が軒を並べるこの街には、大学時代からよく来ている。1日がかりで、というわけにはいかないけれど、何時間かでも時間を見つけて書店を巡り、いくつかの古くからある喫茶店の、今日はどこで休もうかななどと迷うのも楽しい。

構えが変わった店もあるが、街全体の雰囲気はそれほど大きくは変わっていないし、依然として「昭和」のたたずまいを残しているところも多いから、学生に戻ったような気分にもなる。

本を買うと、今でもこんなふうに包装してくれる古書店が多いのも、この街ならではのことだ。

Photo_3ゆっくり丁寧に包み紙で包んで、輪ゴムで留める。薄めの本でも同じ。プレゼント用の包装を頼んだからではなく、いつもこうなのだ。

この包装、ちょっと煩わしいなと思ったこともあったけれど、買った品物が無造作にレジ袋に放り込まれ、家の中にやたらとレジ袋が増えていく昨今では、こういう包み方が、街のポリシーを象徴しているようにさえ思える。

包み紙は、もちろん後で本のカバーとして使える。テープで貼るのではなく、輪ゴムだから一部分が破れたりすることもない。

そもそも、こういうふうに包んでくれるのは、苔の生えていそうな椅子に座っているガンコそうな店主であり、パートやバイトのご婦人方ではない。

その、ちょっとヘンクツでガンコそうな店主は、包んだ本を両手で渡しながら、ゆっくり、「ありがとうございました。」と言う。口調以外は無愛想と言ってもいいくらいだ。両手をお腹の前で組んで礼をしたりしないし、「またお越しくださいませ。」などということは言わない。しかし、その言葉はきちんとこちらに届く。今日はこの本が買えて良かったな・・・と思える。

新本の量販店や、雑多な品物を売るスーパーマーケットなどのように、客がレジに列を作ったりしないから、ひとりひとりの客にこんな対応ができるのだけれど、何よりも店主が本を大切にしているからこその心意気だろう。オートマティックに会計を処理され、儀礼的に礼を述べられることに慣れている身にとって、この街のオヤジの対応は、古くさくも新鮮である。

ただし、ここでは、紙で包んだ本をさらにレジ袋に入れるような過剰包装はしない。だから、神保町に行く時は、手さげバックなどを持って行った方が良いな。

2008年4月28日 (月)

マイルス本の耐えられない(?)厚さ

現代芸術論Aという授業、今年は半期をかけて「マイルス・ディヴィス」だけを聴いてもらうというプランを立てた。以前から一度やってみたかったのだ。

おぉ、何という偏った内容!大学の授業たるもの、独断偏見を排除してもっと多角的総花的になるよう内容を精査すべきである・・・な~んて言われそうだな。

バカ言うんじゃない、な~にが、ふぁかるてぃ・でぃべろなんとかだ。少なくともジャズというフィールドを見渡そうとしたら、結局マイルスにたどり着くのだし、ジャズのみならず、フュージョンやロック、レゲエやラップ、ヒップホップサウンドに至るまで、非クラシック音楽の多様な面に接近できる可能性を、マイルスは持っているのだ。もっとも、結果的にはマイルス以外のミュージシャンに焦点を当てる時間も多いと思うけれど。

そんなわけで調べてみたら、家にはマイルスのCD、レコードが50枚くらいあることがわかった。とりわけマイルス狂いというつもりもなかったのに、いつの間にかそんなことになっていたのか・・・。でも、マイルスのディスクはブート盤などを含めると300とか400とかいう数字になるそうだから、大したことはない。

そして、授業の準備には多少本を読んだりもしなければならぬ。いや、ならぬことはないが、やはり興味深いミュージシャンなのだから、読んでみたいと思う本が多いのだ。

ところが、ここに立ちふさがる問題。マイルス本は、どうしてこんなに厚いのだろう。

新書の2冊、『マイルス・ディヴィス ジャズを超えて』(中山康樹著、講談社現代新書)の228ページ、『マイルス・デイヴィス完全入門』(中山康樹著、ベスト新書)219ページや地球音楽ライブラリー『マイルス・デイヴィス』(TOKYO FM出版)221ページは、ごく手頃なページ数だ。

マイルス語録である『マイルスに訊け』(中山康樹著、イーストプレス)167ページ、『マイルスからはじめるJAZZ入門』(後藤雅洋著、彩流社)190ページ、『定本マイルス・デイヴィス』(ジャズ批評ブックス)267ページ、恐れることはない。

『マイルス・デヴィスの芸術』(平岡正明著、毎日新聞社)397ページは、できればじっくり読んでおきたいし、『マイルス』(ビル・コール著、諸岡敏行訳、晶文社)は本文197ページに逆側から開く資料109ページがついて、しかしこの2冊とも見た目にはごく普通のハードカバーの体裁。

『マイルス・デイビス自叙伝』(マイルス・デイビス、クインシー・トロープ著、中山康樹訳、宝島社文庫)は、とても面白いし真っ先に読むべき本だが、Ⅰ、Ⅱの2冊に分かれていて、それぞれが350ページ以上ある。

ちょっとびっくりするのは、最近出た『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究』(菊地成孔、大谷能生著、エスクァイア・マガジン・ジャパン)770ページ。小ぶりの版なので、本屋に並んでいると厚みが際立つ。厚いわりにはそれほど重くない(内容がではなく、目方が)のがせめてもの救い。

そして、極め付きは『マイルスを聴け』(中山康樹著)である。1992年に径書房から出た『マイルスを聴け!!』は340ページのハードカバーで瀟洒な装丁。初版を手に入れてからずっと愛読・・・というか参考にさせてもらっていた。

その後ヴァージョンアップを重ね、現行版は『マイルスを聴け!version7 』。なぜか「!」がひとつになり、双葉社文庫で975ページ!文庫で1,000ページに迫ろうかという厚さは京極夏彦と双璧。天晴れというかなんというか。

ここに挙げた以外にも、マイルス本はたくさん出版されている。その内容は入門書から伝記、研究書まで様々だ。ともすると、マイルス本が肥大する傾向があるのは、やはりマイルスの音楽にそれだけ論じるべき内容が多いということだろう。それは理解できる。しかし、新幹線移動の多い私などにとって、厚い本を何冊も持ち歩くのは、なかなか辛いものがあるのである。

2007年5月 7日 (月)

「裸婦の中の裸婦」

澁澤龍彦、巌谷國士著、4月に河出文庫版が発売されたばかり。

「裸婦の中の裸婦」というタイトル、ちょっとわかりにくいけれど、「~の中の~」とは「男の中の男」のような用法、つまり、数ある裸婦像の中でも特別に選りすぐった裸婦像というような意味で使われている。

1986年3月から1年間の予定で、「文藝春秋」誌に、澁澤自身が選んだ絵画・写真・彫刻など(もちろんすべて裸婦像)12点について自由なエッセイを綴るという連載が始まった。

しかしその年の秋、病魔に襲われたため、最後の3回分の執筆者に巌谷氏が指名された。翌87年8月に澁澤氏は死去し、この本は最晩年の仕事のひとつとして遺された。

文章は、架空の二人の人物の対話形式を取る(澁澤+巌谷の対談ではない)。総合誌への連載という配慮もあったのだろうが、著者自身とその分身と思われる対話体は読みやすく、美術作品を要領よく解読するのに大変有効である。晦渋な言い回しなど、ここにはまったくない。

12点の作品には、絵画の他に写真や大理石彫刻、人形が含まれる。各章につけられたタイトルは、いかにも澁澤好みのものだ。「幼虫としての女」(バルチュス)、「うしろ向きの女」(ベラスケス)、「デカダンな女」(ヘルムート・ニュートン)、「両性具有の女」(ヘレニズム時代の大理石彫刻)、「夢の中の女」(デルヴォー)、「美少年としての女」(四谷シモン)などなど。

最後の3回を引き継いだ巌谷氏が、亡き年上の友人に対する敬意に満ちた「あとがき」を書いていて、心に響く。

巌谷氏の文を引きながらこの本の要点をまとめるとするならば、「旧来の美術史にとらわれず、しかもそのポイントをはずすこともなく」「気ままに、気楽に」「遊び半分でいながらたいていは何か本質なことにとどいているような精妙な語り口」なのである。

あぁ、それは何と素敵なことなのだろう!大学で音楽を紹介するような授業もやっているけれど、「旧来の」音楽的価値観から自由になって、自分が最も薦めたいものだけを自信を持って選び、「気ままに、気楽に、遊び半分でいながら、何か本質的なことに届くように」語るのは何と難しいことか!

その気になれば1日で読めてしまう本だ。だが、著者が至ったこの密度の濃い軽みには、誰でもが容易にたどり着けるものではない。物事を啓蒙的に伝えるという行為の理想的な境地が、ここにはあるのではないだろうか。

2007年5月 3日 (木)

季節の変わり目

何気なくしゃがんだ途端、腰に痛みが走った。

毎日研究室へ大量に押し寄せてくる不要な書類を資源回収に出すために、ヒモで括ろうとした瞬間だった。金曜日の朝のことだ。重い束を持ち上げたわけでもなく、力を入れたわけでもないのに、まったく情けない。ただ、実は数日前から腰に違和感があったのだ。やはり年度初めは、仕事、主に授業のサイクルに身体がついていかないらしい。

幸いひどく傷めたわけではなさそうなので、翌々日くらいからはほとんど平常通りにしている。しかし、まだ背中から腰にかけて筋肉が突っ張っていて不快感がある。そこで、仙台で時々お世話になる接骨院に行くことにした。曇り空だった。

出かけようとして車にエンジンをかけたら、雨が落ちてきた。ありゃ、降ってきたなと思う間もなく、大雨になった。傘を持たずに道を歩いている人が、びしょ濡れになっている。車で15分ほど走って接骨院に着いた時には、小降りになっていた。

「気温上がってきたねぇ・・・。あぁ、蒸すと思ったら湿度66パーセントもあるよ。」院長先生が、誰かと話しているのが聞こえる。私は、背中と腰に刺さった鍼に電気を通されているので、うつ伏せのまま顔を上げることもできない。昨日は寒くて石油ストーブを焚き続けていたのに、今日は仙台でも20℃を超える予報なのである。

1時間半ほどして接骨院を出た時には、空は晴れあがっていた。気温も湿度も、本当に上がってきたらしい。だが、車を中島丁の家に置き、駅に向かうバスに乗ったら、また降りだした。今日の天気は一体何がしたいのだろう。

駅で、食事をするために店に入ったら、向こうの方の席で本を読みながら注文した品を待っているのは、同じ大学の先生じゃないのか。だがこの人とは、まったく話をしたこともなければ挨拶さえしたこともないのだ。親しい相手ならば、おやおやこんなところで!と声をかけようものだが、何とも微妙である。意味もなく気恥ずかしく、こちらに気づいてくれなければいいと思ってしまう。大学の食堂だったら何とも思わないのに、おかしなことだ。

新幹線で、前から気になっていながら読んだことのない作家を読み始める。ちくま文庫の「石川淳短編小説選」。まずは「マルスの歌」。

従妹の帯子が「ねえさん、死んだんです」と泣き崩れた。何も見ていないけれど死んだに違いないと言う。ところが、本当に姉は死んでいた。自殺の真似をしているうちに、本当に死んでしまったらしい。悲嘆に暮れる姉の夫・三治の元に、「ザラ紙のような薄い赤色の紙切れ」が届けられる。「硝煙のにおいがするはるか遠方の原野へ狩り立てるところの運命的な紙切れ」だ。葬儀の翌日、三治と帯子が伊豆の長岡へ発った。その知らせを受け様子を見に出かけていく「わたし」を包囲するように聞こえてくる、軍神マルスを称える歌・・・。

昭和13年、この作品の掲載誌は発禁になったそうだ。くねくねと長く続く文章、どこまでが現実なのか、どこからが幻想なのか判然としない風景。新幹線では、時折睡魔に襲われて眠ったり、目を覚まして読んだり、また眠ったりしたものだから、ますますこの奇妙な世界が沁み込んだ。読み終えた時には、東京に着いていた。

東京駅のホームは、いつになく混雑している。連休の合間だから、子ども連れが多い。東京駅の駅員は、こう言ったはずだ。「23番線に停車中のやまびこ号は、すぐにはご乗車になれません。」

折り返し運転する車両はこれから車内清掃しますよと知らせる、聞き慣れた放送である。しかし私には、確かにこう聞こえたのだった。

「23番線に停車中のやまねこ号は、すぐにはご乗車になれません。」

大丈夫かしらん、自分。35ページほどなのに、この小説の破壊力はすごいな。

寄り道をするために山手線に乗ったら、冷房が入っていた。昨日セーターを着て震えていたのは外国だったのか?

用を足すために歩き回って疲れたし、無性に珈琲が飲みたくなったので、喫茶店に入ろうと思った。大げさな店でなくても、タリーズかドトールでいいのだが、その手の店は探そうとすると見つからないものだ。汗ばみながらさらに歩き回り、ようやく1軒の専門店を見つける。

蝶ネクタイをした中年男が慇懃にお辞儀をしたので、少し面倒な予感がしたのだが、やっぱりそうだったか。メニューを見ると、ブレンド珈琲1,050円である。昨日の夕食も今日の昼も外食をしたが、勘定は1,000円未満だった。ほっけ炭火焼き定食よりも珈琲が高いのは、怪しからんとまでは言わないが釈然としない思いは残る。美味しかったさ、そりゃ。

とりあえず静かな店だったので、13ページほどの「黄金伝説」を読む。

焼跡で、三つの探し物をする「わたし」。一つ目は、狂ってしまった時計を直す職人。二つ目は帽子を売っている店。愛用の帽子は焼いてしまい、手元には戦闘帽しか残ってないのだ。三つ目は、空襲で生き別れになってしまった隣家の未亡人。「わたし」は彼女に、ひそかに恋をしていたのだった。夫人の消息についての手がかりは一向につかめない。だが、恋の思いも薄れてきた頃、思わぬかたちでその人は現われた・・・。

江戸の戯作者から野坂昭如に至る戯作的な文体、安部公房に引き継がれる不条理なシチュエーション。そして、どうやら漢籍にも通じていたらしい。まだ2作を読んだだけだが、この人はとてつもない作家なのではないか。

横浜のバラック店の、コーヒーとたばこのけむりの中に、探し求めていた夫人は現われる。だが、現実の私の前には誰も現われるはずもなく、向こうのテーブルでは中年の男女が静かに珈琲を飲んでいるだけだ。彼らが如何なる関係なのか知ったことではない。私は1,050円払って店を出る。蝶ネクタイがまた慇懃にお辞儀をした。人形のようだった。

2006年12月 3日 (日)

「東京名画座グラフィティ」

田沢竜次著、平凡社新書

音楽は、ディスクではなくて、生演奏で聴かなければその作品を聴いたことにはならない・・・と言った友人がいた。そして、楽譜を見ないと、その曲を理解したことにはならない・・・と。ある程度は同意するけれど、こいつの偏屈さに全面的に賛同する気はない。

しかし、映画は、映画館で観なければ観たことにならない・・・とは、どこかで思っている。あの映画観た?と問われたとき、その作品を家のテレビで観たのだったら、「あぁ、ビデオで観たよ」と、但し書き付きの、何だか煮えきらない返事をしてしまう。

だって、「七人の侍」の、客席まで泥だらけになりそうな疾走や「天井桟敷の人々」の画面から溢れてくる美しい情趣、「旅芸人の記録」の果てしない長さが、家のテレビで満喫できるかい?そばに携帯電話を置いたままにしようものなら、途中で電話やメールが鳴るかも知れない。郵便局や宅急便のお兄さんがチャイムを鳴らすかも知れない。いつだって一時停止できる。そういう環境は、やはり本当の意味で映画を観る環境ではないと思うのだ。何分かごとにコマーシャルが入るなんて論外。

最近は映画館から遠のいてしまった。なかなか時間が取れないこと、観たいと思う映画の情報と出会わないことが最大の原因だけれども、行きたい映画館がなくなったためでもあるのだと、この本を読みながら気づいた。そもそも映画館がどんどん姿を消していることは、あらためて言うまでもないだろう。私が仙台とご縁ができたこの十数年の間にも、仙台駅周辺から、映画館が少なくとも4つは消えたと思う。

著者は、私とほぼ同年代。都内の映画館を歩き回ったキャリアは、私など足元にも及ばない。けれども、多分20歳代に最も頻繁に映画館に通った私にとっても、この本に書かれている多くの名画座についての回想は、ストライクど真ん中だ。

新宿文化や蠍座で、文芸坐や新宿昭和館で今何をやっているだろう・・・と出かけていった。それぞれがものすごく個性的な雰囲気を持った劇場だったから、どこの館で何の映画を見たかということが、分かちがたく記憶に結びつく。若くて、何でも吸収する感性を持っていたからということだけではない。映画館、とりわけ名画座には、文化の発信基地であるという矜持があったのだと思う。

昨今のシネコンは、あの頃に比べて夢のような環境だ。ソファは広くてお尻が痛くならないし、こぼれたジュースで床がニチャニチャしたりしない。場内がトイレ臭いようなことはないし、タバコの煙で白っぽかったりもしない。だが、「この作品の上映は何番スクリーンです」と、同じような規格の、大きいか小さいかだけで区別された会場名で呼ばれるのは効率主義の見本のようで寂しい。

そして映画自体、近頃はDVD化されることが当然のことになっているのだから、スクリーン上映が常態、ビデオはあくまでも代替物という時代とは、作り方だって違っているはずだ。

1960~80年代あたりを「懐かしむ」本や記事があちこちに見られるようになったのは、団塊世代やシラケ世代がオヤジになって、そのあたりをくすぐるもくろみもあるのだろう。だが、あぁ、あの頃は良かったなぁ・・・という懐旧ではなく、その頃と比べて今は何が失われてしまったのかを検証して、良かったところはこれからもう一度活かしていこうよという話にならなければ意味がない。

この本の著者は、あとがきでこう記す。「名画座の時代、あるいは映画館体験の豊饒な記憶を持っている人たちは、少しでもひまができたら映画館に出かけてください。」叫びか懇願か、私にはこの呼びかけが痛く響くけれど、「映画館体験の豊饒な記憶」を持つことのできなかったと思われる若い人たちにも、この言葉は届くのだろうか。

2006年11月16日 (木)

「下駄で歩いた巴里」

林芙美子紀行集(立松和平編)、岩波文庫。

この本の約半分では、北京やハルビン、そしてパリやロンドンでの滞在が描かれている。時代は昭和ひと桁。また残り半分には、時代は少し後になるが、北海道や樺太、伊豆や関西など国内を旅した紀行文が収められている(樺太は当然「国内」だった)。

これらのほとんどを、林芙美子は単身で旅しているのである。1930年代という時代に、二十代の女性がひとりシベリア鉄道に乗って旅するのは、今では想像できないくらい大変なことだろう。それなのに、怖いもの知らずというわけではないのだが、読んでいるだけでハラハラするようなところへも、一人でどんどん行ってしまう。

ところで、10月12日の記事で紹介した「文学全集を立ちあげる」(文藝春秋社)の中で、フランス文学者・鹿島茂氏が面白い発言をしているので要約してみよう。

・・・以前、「私鉄が描かれている小説」を調べるために文学全集を片っ端から読んだことがある。ところが、男の小説はまるっきしだめ(その役には立たない)。固有名詞が出てこない。それにひきかえ、女流の作品には「玉電に乗って」とか書いてある。

「そうか、女流小説というのは固有名詞的なところから出発するんだな。日本を社会史的に見るには女流に限る」って(笑)。

ブログは、男性より女性が書くページの方が断然面白いと思う。固有名詞的な発想から世事を写し取っているために、描写が直接的、具体的でわかりやすく、風景や心情を想像しやすいからか。これは、日本の優れた古典日記文学の作者の多くが女性だということと関係があるかしら・・・。

林芙美子はブロガーである・・・と言ったら、いくらなんでも言い過ぎだろうか。誰でも書けるブログの文章と違って、あくまでもこれは文学者の感性が編んだ紀行文だ。次第にキナ臭くなっていく時代の気配も見逃されるはずがない。だがそれにも関わらず、ブログを覗き見ているような面白さ、固有名詞的発想から出発して瑣事を記録した面白さがこの本にはある。

ちょうど、裁物板のような長い板が膳がわりで、その上に箱火鉢とどじょう鍋が並ぶのである。薬味の葱を入れた大きな木箱には唐辛子も沢山はいっていた。どじょうの味噌汁と、どじょう鍋と御飯で一人が五十銭たらずである。米もまだ白くておいしい御飯だった。(「私の東京地図」)

「駒形どぜう」について記したこの部分、五十銭ではないにしても、今でもそれほど雰囲気は変わっていないのではないか。

私は林芙美子の良い読者ではない。代表作の「放浪記」も「浮雲」も未だ読んでいない始末でまったく不勉強なのだが、この紀行文で思いっきり素顔を見せてくれる林芙美子は、明るくて元気なリベラリストである。反面とても寂しがり屋でもあり、気丈さと人恋しさの間でしばしば気持ちが揺れ動く様子などは、著名な作家が著した記録というよりも、すぐそばにいる親しい友人の日記のように思えてくる。

私はいったい楽天家でしめっぽい事がきらいだが、そのくせ、孤独を全我としている。私の文学はあこがれ飢えることによって、ここまで来たような気がする。いまでも、私の目標は常に飢え、常にあこがれることだ。(「文学・旅・その他」)

そして、その目線がいつもその土地の庶民に向けられていることも、この本に親しみを覚える理由かも知れない。

素敵な人だったんだろうなぁと想像する。

2006年10月17日 (火)

「20世紀音楽 クラシックの運命」

宮下誠著、光文社新書。

今年9月の新刊。20世紀クラシック音楽は「わからない」だろうか?という問いからスタートしての、20世紀クラシック音楽案内書。著者は、美術史学を専門とする國學院大学教授。音楽は専門ではないからと謙遜して書いておられるが、新書としては異例の446ページという厚さ、目次だけで13ページ、いやはや大変な本である。そして、まず20ページに及ぶ「はじめに」では、20世紀音楽が抱え込んだ問題がわかりやすく解説されている。

ヴァーグナーからヴォルフガンク・リームまで、専門の美術史と比較して論じられる部分もあるが、主体となっているのはトピック別に要領よくまとめられた作曲家・作品紹介。しかも、既存の本では多くを知ることができなかった作曲家たちを特に丁寧に紹介している。例えば、ドビュッシーやラヴェルは3ページ足らずなのに、ヒンデミットに36ページ、パウル・デッサウに17ページを割いているという具合。ヒンデミットのページ数が異様に多いのは、オペラのあらすじを紹介していたりするからだ。いやはや大変な本である。

これは、私たちのような者にはとてもありがたいけれど、かなりマニアックだよなぁ・・・。そして、どうしても総花的で、もしも20世紀クラシック音楽入門として読もうとする人がいたら(いるとすればだけど)、結局何から聴けばいいかはわからないだろう。4月12日の記事「文学全集を立ちあげる」に見られるような思い切った価値判断も、時には必要だろうと思う。もっとも、そもそも20世紀クラシック音楽というものが一般には認識すらされていないのだから、価値の薄いものはバッサリ斬って捨てよとか言う前に、まずは聴いてごらんよというのも理解できるが。

とにかく、20世紀クラシック音楽を聴くのは結構好き、これからもっと聴いていこうと思っている人たちには、貴重な本であることは確かだ。ハルトマンやプフィッツナーやアイネムやヒナステラのことを、新書版の本で読めるようになるとは思ってもみなかったもの。348ページから426ページまでは、DVDやCD等の紹介。これもかなりありがたい。ありがたいけれど、それに頼って集めだしたりすると、相当なマニアになってしまうだろうなぁ・・・と思わずつぶやくほど、私も20世紀クラシック音楽を作ってきた端くれだから、それなりにいろいろな作品を聴いてきているが、とてもとても敵わない博識ぶりなのである。

2006年10月12日 (木)

「文学全集を立ちあげる」

いずれ劣らぬ碩学、作家・丸谷才一、フランス文学者・鹿島茂、文芸評論家・三浦雅士の三人が、架空の文学全集を編むために、誰のどんな作品を収録すべきか、合計12時間に亘って議論を繰りひろげる。文藝春秋社。

「世界文学全集篇」はギリシャ、ラテンの古典からロラン・バルトやブラッドベリ、ヴォネガットまで、「日本文学全集篇」は古事記から「第三の新人」、大江健三郎まで。作家や作品が選ばれる基準は、文学史的な知名度の高さよりも「今読んで面白いこと」。この作家は一人で1巻なのか、二人や三人で1巻なのか、いやいや一人で2巻になってもいい・・・谷崎は3巻になってもいいだろう、中島敦を1巻にしておけば芥川ははずしてもいい、「小説の神様」と言われる志賀直哉は本当に必要なのかなど挑発めいた発言もあって、議論は楽しく白熱していく。

かくして世界篇133巻、日本篇84巻の大全集が「完結」する。架空の文学全集というのはもちろん遊び心だが、巻頭に、これはつまりキャノンの問題なのだと宣言されている。キャノン(CANON)とは「正典」「規範、基準」。くだけた言い方にすると、「知識人が必ず読んでいなければならない、あるいは読んだふりをしなければならない、そういう文学作品」ということになる。通読すると、教養主義的ではない作品本位の文学史としても読めるし、この作家を読むならこのあたりからという親切な文学案内にもなっていることがわかる。

それにしても、本当に読んでいないものだなぁ・・・。情けないくらい。タイトルは知っていても、ほとんどの作品を読んでないと言った方がいい。私の場合は、特に世界篇。もちろん、本読みとしてプロ中のプロであるこのお三方のようにはできないにしても、この本で取り上げられている作品に、一つでも多く近づきたいものだなぁと思う。