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2007年2月28日 (水)

まっぷたつのなりゆき(20)

序の歌5ページ分、ちょっとした行き違いがあって、こんにゃく座にはコピーを渡し、原譜は手元にあった。

音や歌詞の誤記を訂正し、変更を書き込んだ原譜から最終的なコピーを取りたいということなので、手元にあった原譜を座に届ける。これで4人の作曲者のすべての手書き譜が揃ったはずだ。

この後は、完全なるコピーが座に保管され、手書き譜はそれぞれの作曲者に返却される。保管された譜面が次に日の目を見るのはいつか。何年後か何十年後か何百年後か。

気象庁は、「冬」の定義を12月~2月と決めていて、明日からは3月だから「春」。するとこの「冬」、東京都心ではまったく雪が降らなかったことになるそうだ。これは1876(明治9)年に観測開始して以来初めてとのこと。新潟の豪雪地帯でさえ、今年は平年の2パーセントしか雪が降らなかったと、夜のテレビで言っていた。

仙台から山形へ通じる幹線道路の入り口に、県境関山峠の気温を伝える電光掲示板がある。先週の冷えていた晩に「関山峠 マイナス6度」と表示されていた。いつもならそのくらいはよく見かける気温表示なのだが、「マイナス6度」と示されて、へぇ~今夜は寒いんだ・・・と、ちょっと驚いてしまうぐらい今年は異常な暖冬だった。

明日からの「春」までが、異常な気象ではありませんように!

2007年2月27日 (火)

まっぷたつのなりゆき(19)

4人の作曲家による共同作曲について、メモしておこう。

共同作曲は、私たちの共通の友人、知人たちに、どの場面を誰が作曲したのか推理する楽しみ(?)を提供したようだった。作曲の分担については、無料配布されたシートにも、公演パンフレットにも書いてあるから、秘密ではないのだが。

楽士の常連であるYさんは、ほとんどわかったと言う。さすがというか、私たちの音楽を多く弾いてくれているYさんには簡単なクイズだったかも知れない。だが、そういうマニアックな遊びは大半のお客様にとっては無縁だし、重要なことではないだろう。

場面ごと違う作曲者に受け渡されていくことについて、その繋ぎ目には違和感を感じなかったという感想が多かったけれど、内情を知り、繰り返し何度も聴いてきた者としては、4人の違いがかえってわかって面白かった。もちろんそれは、違和感というのとは違うけれど。

共同作曲の結果については、「どの場面も音楽が豊かだった」という感想と、「それぞれが力をこめて作曲しているために、息を『抜ける』場面がなくて疲れた」という意見と、まっぷたつに分かれた感じがある。だが、一人で作曲すれば息が抜けるところができるかというと、必ずしもそうは思わない。「ヴォツェック」や「モーゼとアロン」に、どこか息の抜けるところがある?「息が抜けない」のは、必ずしも共同作曲に原因があるのではなく、むしろ作劇上の問題なのではないかな。

これに直接答えるものではないが、24日マチネ終演後に行なわれたファンクラブ向けトークの中での一節をメモしておこう。

「それぞれの場面の曲想や繋ぎ目について、4人の間で打ち合わせなどはしたのですか」という質問に答えて光先生曰く、

「たとえば、ぼくらの上に『親玉』がいて、『この場面はこういう曲想で』とか『ここはこんなテンポで』とか指示するやり方もあるだろうけど、この中には『親玉』がいないから(そういう打ち合わせはやっていない)。」

そう、『親玉』になってもらえそうな先生は、一番初めに書き上げて涼しい顔をしていたもんなぁ。

萩さんが言った。「でも、もしそんなふうに『親玉』が指示をしたら、みんな『職人』に徹しちゃって面白くなくなったと思う。」

おそらくそのとおりだろう。『職人』になって、それぞれ自分だけの仕事場に閉じこもることを、今回誰もしなかった。ある場面の前後や全体の中での位置は、作曲者が各々で考えながら計っていった。他の3人を意識し、いわばライバル心を燃えあがらせて作曲するなどということは、少なくとも私はなかった。私一人で作曲したとしても、同じ場面には同じ音楽を書いただろう。他の3氏の存在は、ライバルではなくむしろ血を分けた分身の兄弟として存在していた。

オネゲル、ミヨー、プーランクらによる「エッフェル塔の花嫁花婿」を除けば、林-萩によるこんにゃく座のシェイクスピア作品、間宮-コルテカンガスによる「木々のうた」など、共同作曲の前例はそれほど多くない。けれどもこの創作方法は、今回の進め方が最善であったかどうかは別にしても、さまざまな可能性を秘めていると、今さらながら思う。

2007年2月25日 (日)

まっぷたつのなりゆき(18)

Photo_18 公演最終日。11時と16時の2回公演。

11時という開演時間はちょっと不思議だけれど、近年は需要の多い時間帯らしい。休日、朝少し早めに出かけて、終演後に遅い昼食を食べても、まだ夜までは時間の余裕があるというわけで、子ども連れで出かけてみようという場合などは特に都合が良いのだろう。

原作の翻訳者、河島英昭先生がいらしてくださった。公演パンフレット「おぺら小屋81」に書いていらっしゃる文章もとても興味深かったが、紹介されたので、いかがでしたかと伺うと、「大変結構でした」と嬉しそうにおっしゃった。高名なイタリア文学者だが、テッラルバの村からスーッと抜け出てきたような方だった。

19時、歌役者たちも演奏者たちも、最後の力を振り絞った(?)舞台は無事幕を閉じる。カーテンコールから引っ込んだ時の舞台裏には、初日以来の、だが初日とは少し違う高揚感が漂う。

・・・というわけで、この「まっぷたつのなりゆき」も、そろそろ終わりである。だが、事後報告や、今までにまだ書いてなかった考えなど、あと少しだけ書くことになるだろう。

ともあれ、たくさんのご来場、ありがとうございました!仙台や山形、大阪、京都、名古屋など遠方から、たくさんの方々がわざわざ来てくださったのも嬉しくありがたいことでした。皆さまの応援に、心より感謝申し上げます。

2007年2月24日 (土)

まっぷたつのなりゆき(17)

224 公演2日目。13時と18時の2回公演。

1回目が終わった後、こんにゃく座ファンクラブの企画で、4人の作曲家によるトークが行なわれる。適当なことを発言すると、別の人がもっと適当なことを言ったりするから、見世物としては面白かったのではないかな。

昨日の初演と合わせて3回の公演が終わったことになるわけだが、テンポや全体のテンション、逆に全体の落ち着き方などは、当然のことながらまだ揺れ動いている。

演者がそうであるように、作品も舞台の上で育つ。観客の息に触れることで初めて見えてくるものはとても多い。台本も音楽も演出も精査して上演を重ねることができれば理想だし、レパートリーとして定着させるにはそういった過程が不可欠だが、全5回だけの上演では熟しきらないうちに終わってしまうことになる。何十人もの人が、それぞれの持ち場を守りながら関わっている作品なのだから、すべての役割が機能し作品が熟成するには、観客に見守られる時間がたくさん必要なのだ。だが、この作品の再演は当分(二度と?)ないだろう。もったいないことだと思うが、それがこの国の音楽創作の現実なのである。

2007年2月23日 (金)

まっぷたつのなりゆき(16)

何も報告せずに寝てしまうわけには、いきますまい。

本日、2月23日午後6時30分、オペラシアターこんにゃく座公演「まっぷたつの子爵」、東京・世田谷パブリックシアターで無事に初演初日の幕を開けました。4人の作曲家によるオペラは、前代未聞の試みとして記録されるに足る作品に仕上がっていると思います。

今日は、14時から場面転換を中心に抜き稽古。演出の加藤さんは、ここにきて「ボク」役のまりさんにずいぶん厳しくダメ出しをしている。ひ弱な性格だったら、潰れてしまいかねないなぁ・・・とちょっと心配になるけれど、気合を入れるための確信犯的ダメ出しだったのかも知れない。4人の作曲家から出てくるそれぞれ違ったスタイルの音楽を、最も真正面に受け止めなければならないのが「ボク」で、その意味でも大変な難役だが、その大健闘ぶりについて、少なくとも稽古を多少なりとも見てきた人なら、誰も異論はないだろう。

カルヴィーノの原作は、小説で読んでも面白いけれど、かなり舞台芸術向きな構造を持っていると思う。このオペラの、音楽にしても歌唱や演技にしても、また台本にしてももちろん改善の余地はあるかも知れないが、良い原作に巡りあえてオペラ化できたのは、とても幸せなことだと思う。

明日から2日間、2回公演。チケットはまだありますよ~。詳細はこちら→ http://www.konnyakuza.com/

2007年2月22日 (木)

まっぷたつのなりゆき(15)

0222 午後から、抜き稽古。昨日まで仙台だったので、私は今日初めて会場に入る。

舞台はモノクローム中心だが、衣裳を着た歌役者たちが揃い、明かりが入り、大道具が動き出すと、そこには私たちの架空の村テッラルバが現われる。

午後6時から、本番とまったく同じ段取りでのゲネプロ。プレス関係などのカメラが何台も入り、客席では関係者とはいえ今まで以上の数のギャラリーが見守っているから、いよいよ総仕上げという心地よい緊張感が漂う。午後9時、カーテンコールまでを含むゲネプロは無事終了。上演時間約3時間という大作となった。明日は、午後から細かいダメ出しや部分稽古をして、午後6時30分、初日の幕が上がる。

あれ?「大魔女ビバリー様の部屋」がもう更新されているぞ。ビバリーとは、さっきまでみんなで一緒にいたんだけどな、三茶に。家に帰り着く時間の差かな。http://yamanekosama.cocolog-nifty.com/blog/

02221「大魔女ビバリー様の部屋」でも触れているが、この不思議な光景をご覧あれ。楽屋で、4人の作曲家がそれぞれ机に向かっている。4人とも、楽譜係・ともさんから出された宿題をやっているのです。宿題とは、楽譜の訂正や変更箇所などをそれぞれの自筆譜に書き込むこと。一番奥は、ひとり関係ないフリをしている演出の加藤さん。

「振り返ってみたりしようよ!」という音楽監督の提案によって、振り返ってみた。

02222

2007年2月19日 (月)

まっぷたつのなりゆき(14)

ピアノ以外の楽器も入っての通し稽古。衣装をつけ、メイクもして、もちろん本番と同じ道具を使っての稽古で、いよいよ初日が近づいているという緊張感と高揚感が漂う。

0219 きのこ平の人「ガラテーオ」。

0219_1 ユグノー教徒の人々。

今日で稽古場での稽古は打ち上げ。明日と明後日は、コヤ(劇場)に道具を運び込んでの仕込みが中心となる。今夜を持って、この稽古場のセットは解体され、トラックに積み込まれた。細かいダメ出しはまだ続いているものの、全体にはとても良い雰囲気でコヤ入りできそうだ。「まっぷたつのなりゆき」も、いよいよ最終段階である。

2007年2月14日 (水)

作曲日記って面白い?作曲はどう?

学校に行ったら、何人もの学生くんたちや同僚先生たちから、「おめでとうございます~」と言われる。このブログで、ようやく書き終えたことを読んでくれているのだ。完成までの道のりを読んでいると、「緊迫して固唾を呑むおもいでした」とメールをくださったのは、友人のM姐さん。ご心配かけてすみません!

作曲の過程をこういうかたちで人さまに読んでいただくことなど今までなかったし、読み手にとって面白いものなのかどうかもわからない。ただ今回は、残り4分の3をなす分身たちをはじめとして、協働する仲間がたくさんいるわけだから、どんな様子なのかを知らせる意味もあって、書いていた。けれども、残り4分の3の分身さんたちは、それぞれ全然違ったペースで作曲していたことだろう。だから、サッキョクカってこういうものなのかと、まっすぐ思われるのもちょっと困るかな。きっきぃせんせってこうなのか・・・ならば構わないけれど。

このブログの管理画面では、その日のアクセス数がわかる。わがブログ、普段は一日70とか80のアクセス数なのだけれど、昨日は328に跳ね上がり、ココログブログ「文化・芸術」カテゴリーのアクセス数ランキング31位に入ってしまった。こんにゃく座のページや mixi から来てくださった方も多かったのかも知れない。ご愛読深謝!

占拠していた演習室の前を通りがかると、しばらくは、昼間はヒーターが効き過ぎて暑く夜はしんしんと冷えるこの部屋に、自分で自分を軟禁しなくても良いのだと思いホッとする。試験は受けてきたぞ発表はまだだけどの受験生のような心境。次に何をしたら良いかわからないので、とりあえず、「まっぷたつの子爵」と同じ作者の小説「木のぼり男爵」を読み始める。以前に読もうとして、読みそびれていた本だ。詳しくはいずれ報告しよう。

明日から2日間、毎年恒例、学生くんたちの音楽祭(萩音祭)が始まる。私が担当する授業で作曲をしている6人も、明日新曲を発表する。今日の午後、リハーサルがあったので付き合った。

ようやくこの歳になって・・・というのも変だけど、ほとんどまったく経験のない学生くんたちに作曲をしてもらうのは、とても面白いことだなぁと思うようになった。そんな・・・面白がらないでください!って怒られるかも知れないけどね。何が面白いのかについては、また明日にでも書くことにしよう。

2007年2月12日 (月)

まっぷたつのなりゆき(13) 「別冊まっぷたつ~全曲完成記念号」とのリンク付き

午後6時過ぎ、こんにゃく座の稽古場を覗きに行ってみると、ちょうど休憩中で、テーブルを囲んで食事をしていた歌役者さんたちが拍手で迎えてくれる。

私の遅筆のためにこんなに完成が遅れたのに、このおおらかさというか太っ腹というか根性が座っているというか怖いもの知らずというか、何しろこのパワーが座の活動を支えているのに違いない。

休憩の後は、今日の昼に渡したばかりの譜面を中心とした音楽稽古。全体練習は昼間に終わっていて、この場面の登場人物役の人たちが居残って練習というわけだ。ついさっきまであれこれいじくっていた譜面がすぐ音になり歌われるのは、いつもながらちょっと妙な気分がする。

稽古が終わって、まずは完成祝い、音楽監督や大魔女ビバリーさまの声がけで、稽古場内通称パンチ部屋で数人で乾杯をしていると、その後も自主練習を続けていたメンバーが上がってきて、次々と輪に加わる。「あたしが出来上がった時も、こんなに祝ってもらってない」と、音楽監督がすねる。たしかに最後は「一人旅」になってしまったので、その分余計に応援してもらえたかも知れない。今日の昼間は、舞台衣裳のお披露目があったのだそうだ。初日はいよいよ11日後。

Photo_13 Photo_14

きのこ平の女たち+音楽監督+大魔女ビバリー、ユグノー教徒の男たち+トレロニー博士、そしてコワれるサッキョク家。

こんにゃく座ホームページ委員会(?)のとみやんは、宴会中も「座日記」を更新していました。

こんにゃく座「座日記」へのリンクはこちら→http://zakonnyaku.blog.shinobi.jp/

まっぷたつのなりゆき(12)

脱稿までのなりゆき。

2月9日(金)

留学生のための入試があったので、午後まで学校のお仕事。夕方は、来年度の研究プロジェクトの打ち合わせ。その隙間の時間に少し書く。研究プロジェクト関連のイベントのために、コントラバス奏者のKEIZOさんが仙台に来ているので、一緒に牛タンをもりもり食べ、夜は家に帰って書き溜めてあったところまで清書。

2月10日(土)

午前11時頃から学校の演習室にこもる。楽譜を翌日届くようにしようと、宅急便のサテライト店に駆け込んだのが20時。けれども、土日は発送できる受付が19時半までだというのだ。1枚でも多くとギリギリまで粘っていたのが裏目の大失敗!仕方がないから、演習室に戻って続きを書く。午前0時過ぎ、ざっくりとしたスケッチながら、ようやく最後の台詞まで到達。さすがに朦朧としてきたし、電気ストーブ1台では寒いので、細部を再検討するまでの元気はなく撤収。この日、外に出たりして休んだのは1時間くらいだけ。少なく見積もっても10時間は作曲していたことになる。

2月11日(日)

午前、研究プロジェクト関連のイベントを覗きに出かける。KEIZOさんが、ダンスのサトミ先生や朗読の早川氏とのコンボで演じた即興作品は、なかなか面白くて良いものだった。KEIZOさんは風邪気味、しかも車が壊れたと言うので、夕方楽器の搬出を手伝うことにする。午後のイベントは失礼して、いつもの演習室で昨日夜書いた部分が使い物になるかどうか見直す。概ね悪くはないけれど8小節書き替えて、約束の時間まで清書。KEIZOさんの搬出を手伝い、神奈川の家に戻る。深夜、清書など残りの作業を再開、午前2時頃すべてが終了。日付は2月12日とした。

そして本日2月12日13時、楽譜係ともさんに9枚を渡し、最後の受取りの仕事で稽古場に向かうのを握手して送り出す。いつも労をいとわず動いてくれたともさん、どうもありがとう!

たくさんのご声援、ありがとうございました。ご迷惑、ご心配をおかけしてすみません。4人で書いているのに、みんな早々と書き上げて私がぶっちぎりで遅れてしまったから、この数週間の声援は、他の選手はすでにみんなゴールしているのに、ひとりだけまだ走ってるマラソンランナーがもらうような暖かいものでした。

追記 「まっぷたつ」に関する記事は、「まっぷたつのなりゆき」というカテゴリーにまとめることにしました。バックナンバーは左側「カテゴリー」欄からどうぞ。